第4話 招かれざる客

 階段を上り切った先からは人の気配が全くせず、閑散としている。ジーナの『閑古鳥が鳴いている』という表現は、まさに的を射ていた。

 客室の数は全部で4つ。その内の、最も階段に近い部屋の扉にフェリスは鍵を差し込んで捻り、カイトを中へと通した。

 室内には、ベッドに簡素な机、クローゼットが備え付けられている。一人が泊まるには、十分なスペースが確保された部屋だ。


「あー、やっと人心地つける。ったく、散々な日だったぜ」


 ベッドに腰を下ろすと、カイトは疲れを抜くように息を吐き出す。だが、その目だけは、まだ活き活きとしている。

 そして、扉の方に立つフェリスにちらりと視線を向け、


「初っ端から人を不審者呼ばわりする女魔術師に会ったり、人の顔見た瞬間に『げっ』とか言う失礼なウェイトレスに会ったり、いきなりメンチ切ってくるヤンキーな村娘に会ったりな」

「全部私の事ですよね!? 何ですか、本人を前に喧嘩売ってるんですか!? それなら喜んで買いますけど!?」

「えっ? 別に一言もお前の事だなんて言ってないけど? ってか今のって、自分が『失礼なウェイトレス』とか『ヤンキーな村娘』だって認めたって事だよな?」

「腹立つ! この人、メチャクチャ腹立つ!」


 今にも感情を爆発させ、飛び掛からんとするフェリス。だが、一応相手が客という事もあり、自制心を働かせて何とか踏み止まろうとする。

 対するカイトは、そんな彼女に意地の悪い笑みで応えた。彼女の立場を理解した上で挑発するのだから、とことん質が悪い。


「ハハッ! お前、面白ぇな。ここまで的確にツッコミ入れてくれる奴は初めてだ」

「私は全然面白くないですけどね。ガラスで出来た私のハートはボロボロですけどね」


 自分だけ楽しみ、心底愉快そうにカイトは笑う。一方の標的となったフェリスが見せるのは、引き攣った笑みだが。

 だが、それは直ぐに鳴りを潜める。先程までの活発な雰囲気は消え、何かを堪えるような悲痛な想いが彼女の顔に浮かぶ。

 彼女は、荷物袋をその辺に放り、窓から月を眺め始めたカイトを見据えた。


「……何も聞かないんですか?」

「俺はサービス残業はしない主義なんだ。さっきは流れ的に聞いたが、好き好んで面倒事に首突っ込んだりしねぇよ」


 今までの言動から分かってはいたが、カイトは自分の仕事にしか興味がないようだ。

 ギルドの人間として、そちらに重きを置くのは良い事なのだと思う。だが、人間としてはどうなのだろうか。


「依頼を断りたい私が言うのもアレなんですけど、困ってる人を見過ごすのはどうかと思いますよ」

「転んだ婆さんを助けるくらいの事はするさ。けど、必死になって手を伸ばして、結局掌から零れ落ちたんじゃ意味ねぇだろ」


 ? ……、とその意味が分からず、フェリスは首を傾げる。

 窓に移ったそんな彼女の姿に苦笑しながら、カイトは言葉を続けた。


「英傑だろうが聖人君子だろうが、所詮はちっぽけな人間だ。その手に収められるものの量なんざ限られてる。なのに無駄な正義感を出して、大勢の人間を救おうとしたところで、結局はその手から溢れて、零れ落ちるのがオチさ」


 救いの手を差し伸べた本人にとって、それは善意からの行動なのだろう。だが、当人達にとってそれが最善となるかは分からない。

 例えば浮浪者。惨め者だと思う者もいるが、その助け方次第で運命は変わる。

 その境遇を憐れみ、無償で食べ物を恵んだとする。だが、それで相手が味を占めたらどうなる。自身で境遇の改善に乗り出そうとはせず、他者に寄生して甘い汁を啜り、切り捨てられそうになれば強奪するようになるのではないか。

 例えば奴隷。可哀そうだ思う者もいるが、ただ解放したところでどうなる。

 彼等は大抵親に売られるか、生きる為に自ら奴隷となった。それ故に解放されたとしても、帰る場所などない。生きる術も持たない彼等にとってその行為は、肉食獣の前に子兎が放り出されるのに等しい。


「つまりだ。一人がやった善意の行動が、万人にとっての幸福になるとは限らないんだよ。まぁ、当然だよな。人の数だけ思惑があるなら、人の数だけ自分の行動の意味も変わってくるんだから」

「……じゃあ、貴方は目の前で必死に手を伸ばす人がいても、それを無視して……それどころか蹴り倒すって言うんですか?」


 死に体の人間に蹴りを入れるなど、それこそ人間の所業ではない。フェリスは更に、カイトへの嫌悪感を募らせる。

 だが、睨まれている当の本人は、涼しい顔を浮かべていた。


「そいつは少し違うな。俺が言いたいのは……」


 宥めるような口調で言葉を紡ぐカイトだったが、その続きは遮られた。

 どうやら、思いの外話し込んでいたらしい。階下から、フェリスを呼ぶジーナの声が飛んでくる。


「フェリスー! 案内が終わったなら、こっちを手伝ってくれないかーい?」

「ほら、呼ばれてるぞ」

「……分かってますよ。鍵はここに置きます」


 今行きまーす! と母親の呼び掛けに答えた後、フェリスはもう一度カイトに鋭い視線を向ける。だが、特に何も言わずに階段を下りていった。

 元々の性格なのか、自分が魔術師だから力の差があると思っているのか。どちらかは分からないが、中々に気が強い。あまり人付き合いに興味のない彼にとって、ここまで突っかかってくる人間は久しぶりだった。

 次はどう揶揄からかうかを考えると、自然とカイトの口角は吊り上がる。そのまま何の気なしに頭を搔こうとするが、その手が直ぐに自分の髪に触れた事に、彼は違和感を覚えた。


「あ……。ったく、気ィ緩み過ぎだっての」


 思えば、ジュラとの話し合いを始めた時から、フードは脱ぎっ放しだった。

 何をやってるんだか……、と自嘲気味に笑うカイト。そして、室内にも拘わらず、目深にフードを被る。


「こんなんだから、不審者なんて呼ばれるんだよな。ま、寄ってこないでくれた方が有り難いんだけど」


 何度も言うが、格好は怪しくても、中身は至極全うだ。不名誉な呼び名を付けられたくはない。

 それでも、カイトは自分の素顔を晒したくはない。もっと言うなら、人と接する事も可能な限り避けたい。

 故に、彼にとって嫌な呼び方をされても、誰も彼に近寄ろうともしないのは最高の状況と言える。


「……不審者扱いが有り難いって、自分で言ってて悲しくなってきた」


 墓穴を掘ってしまい、カイトは一人、ベッドの上で項垂れる。だが、身体の方は彼の心情などお構い無しである。

 しばらくすると腹の虫が鳴った。どんなに憂鬱でも、やはり腹は減るらしい。

 尚も落ち込みながら、彼は階段を下りて食堂へと向かう。

 どうやら今からがピークの時間帯らしく、先程よりも客の数は増えていた。空席はあるが、辛うじてといった状態であり、早く座らないと埋まってしまうだろう。

 早々に、カイトは手近な席に腰を下ろそうとする。そこで、忙しなく客達の間を動くフェリスと目が合った。


「あれ? お出かけですか?」

「何で飯食いに下りてきて、いきなりお出かけか聞かれないといけないの? 帰れってか? 土に還れってか?」

「そんな酷い事言ってませんけど!? フード被って下りてきたから気になっただけです!」

「あー、これか。依頼人の前だからさっきまでは取ってたけど、俺って本当は人と顔突き合わせるのが苦手なんだよ。だから、こいつが俺のデフォだ」


 もっとも、あくまで興味がないだけで、人付き合いが苦手というのは嘘だなのだが。それでも、彼の事情を全く知らないフェリス相手なら、騙すには十分過ぎる。

 実際、カイトの説明に、『ふーん……』と一応フェリスは納得している。


(顔立ちは良い方なんだから、フードを取れば少しマシになるのに……)


 彼の本心など知らず、そんな事を思うフェリス。だが、また口論になりそうなので、ここは敢えて黙る事にした。

 その間にカイトは席に座り、メニューを手に取る。


「お、さっきフェリスとやり合った兄ちゃんじゃねえか! ここの飯はどれも美味いぞ!」

「何せハインツは、帝都のレストランで修行した一流のコックだからな!」


 そんな人間が、どんな経緯があってこんな田舎で宿屋を営むに至ったのか。凄まじく気になる。

 だが、そこは他人の事情という事で、聞き流す事にした。それよりも、今のカイトには空腹を満たす事が最優先である。


「じゃあ、お勧めは?」

「そりゃミノタウロスのステーキに決まってる! 値段は少し高いが、それだけの価値はあるぜ!」

「へぇ。なら、それにしてみるか。すいませーん、ミノタウロスのステーキお願いしまーす!」

「あいよー!」


 朝食と夕食代は宿泊費に含まれている為、金の心配をする必要はない。

 注文すると、元気のいいジーナの声が返ってくる。これだけ忙しいのに、あそこまで声を張れるとは、肝っ玉母さんは伊達ではない。


(さて、料理が来るまで大体10分くらいか)


 他の客の料理を提供する事を考えると、恐らくそのくらいの時間は掛かるだろう。

 カイトがこのキスク村を訪れたのは、あくまで仕事の為だ。それだけの時間は、ただ座って過ごすような無意味な真似はしない。

 料理を待つ間、標的である魔獣の情報の聞き込みをする。丁度先程お勧め料理を教えてくれた男が傍にいる為、カイトはまず彼から話を聞く事にした。


「ところで、少し聞きたい事があるんだが」

「あぁ、例の魔獣の事だろ?」


 どうやらカイトが傭兵で、魔獣討伐の依頼を受けに来た事は、既にこの場にいる人間に知れ渡っているらしい。あれだけフェリスと騒いだのから、当然と言えば当然だろう。

 何にせよ、これで余計な気を遣わずに、仕事の話に集中出来る。


「それで、その魔獣について何か知ってる事はあるか?」

「って言われてもなぁ……。恥ずかしい話、奴の身体の一部を見ただけだってのに、すっかりビビっちまってよ」

「俺もだ。しばらくは動けなかったぜ」


 殆どの人間が恐怖で足が竦んだらしく、碌に魔獣の姿を見ていないらしい。あまり有力な情報は得られないだろう。

 だが、その威圧感だけで身動きを取れなったという話から、相当な手練れである事は分かった。いくらD級以上の腕があっても、そういった相手は真っ向から挑んだところで、返り討ちに合うのは目に見えている。

 どんな些細なものでもいい。情報を纏め、罠を張った上で仕留めに掛かるのが得策だ。


「どんな小さな事でもいいんだが。大きさとか何か、分からないか」

「大きさ……大体、5mくらいはあったかな」

「あと、アイツが出てから、他の魔獣があんまり出なくなったな」


 危険度は分からないが、その全長からすると恐らくは中型種だろう。しかも、他の魔獣を捕食している可能性がある。

 そう考えると、道中で遭遇したゴブリンに抱いた不自然さにも説明がつく。

 彼等は馬鹿ではあるが間抜けではなく、策を練り、気配を殺し、集団で獲物を狩る魔獣だ。にも拘らず、今回カイトが相手をした連中は、馬鹿正直に真正面から挑んできた。明らかに、ゴブリン本来の狩猟方法とは異なっている。


(大方、新参者に縄張りを荒らされて、飯にありつけなかったってところか。アイツ等も腹が減ってたんだな)


 絶対的な力を持つ捕食者の登場により、森の生態系が崩されたのだろう。故に、ゴブリン達も半ばヤケクソで狩りに出るしかなかったという訳だ。

 そんな彼等を追い詰めた相手は、元々魔獣を食すような種族なのか。それとも自分の主食とするものがなく、あまりの空腹に耐え切れず魔獣を食したのか。

 後者だとすれば最悪だ。多少腹を満たしているとは言え、空腹の獣ほど凶暴なものはない。


(それじゃまずは、ゴブリンでも狩って餌でも作るか)


 だが、空腹なら相手の行動は単純。森の中を徘徊し、餌を探し回っている。それでも食料が見つけられなかった時は、人里に降りてくるといったところだろう。

 ここまでで予想外の出費が多かった為、店で食材の買い出しは出来ない。なので、現地で調達するしかない。

 問題となっている魔獣だけでなく、今までも頻繁に出没していた小型種まで駆除されるとなれば、村人にとっては一石二鳥と言っても過言ではない。


「ところで兄ちゃん。俺もちょっと聞いていいか?」

「? 別にいいけど……酒の肴になる話なんてないぞ」


 気にはなるだろうが、彼等が今回の仕事の話を聞いたところでしょうがない。恐らく、これまでカイトが請け負ってきた仕事に興味があるのだろう。

 もっとも、何処で何の魔獣を狩ったかなど、本人からすれば特に面白味もない。それらを話したところで、彼等が満足するかは疑問だ。

 だが、そんなカイトの考えを、彼等は首を横に振って否定した。


「あぁ、そういう話じゃなくて……ぶっちゃけフェリスちゃんの事どう思ってる?」

「………………は?」

「うわ……! すっげぇ嫌な顔してる……」


 フードの下からでも分かるほどだったのか、それを見た男達は一斉にその場から退く。虎の尾を踏んだとでも思ったのかもしれない。

 対するカイトは仏頂面でこそあるが、責め立てる事はしなかった。そもそも彼は、こういった類の話を、下らないとしか思っていない。


「……何でそんな話になるんだ? 俺とアイツは、今日会ったばっかりだぞ」

「いやだってよぉ。ここ最近、ずっとフェリスちゃん暗かったのに、今日はあんなに楽しそうに笑ってたからさぁ」

「しかも相手は、少しアレだけどそれなりにイケメンと来た。こりゃ何かあると思うのが普通だろ?」

「普通じゃねえよ。アンタ等の頭がお花畑なだけだよ。それも満開のな」


 何処をどう見たら、あのやり取りでそこまで勘繰る事が出来るのだろうか。

 仲が良さそうにも見えなかっただろうに。寧ろ、犬猿の仲といった表現の方がしっくりくると思う。


「はっきり言うが、俺はアイツの事は何とも思っちゃない。第一俺、女に興味ないし」

「え……。まさかお前、そっちの趣味が……」

「鉄板ネタ、ゴクローサン! 色恋沙汰に興味がないって言ってんの!」

「まだ若い男が何言ってんだよ! その歳で枯れてどうすんだ!?」

「心は10代でも、身体はとっくに枯れ果てたオッサンに心配されたくねぇよ!」


 余計な事を言ってくる男達に、カイトの怒声が飛ぶ。人が誰を好きになろうが、誰とも結ばれなかろうが、彼等には関係ないので放っておいてほしい。

 疲れたように溜め息を吐いた後、彼は話をフェリスの件に戻した。


「っつうか、フェリスちゃんフェリスちゃんって言ってるけど、あれの何処が良いんだよ」

「はぁ!? 滅茶苦茶可愛いだろうが! ウチの息子の嫁にほしいくらいだ! ってか、絶対もらうわ! 決定だわ!」

「顔は良くても性格は最悪だろうが。今はまだ大丈夫だけど、ありゃ絶対手が先に出るタイプだぞ。ボクサーも真っ青なレベルでジャブ繰り出すぞ。実はあれ、ゴリラに育てられたんじゃ―――」


 サコンッ! と。小気味の良い音と共に、一本のナイフがテーブルに刺さる。丁度、カイトの指と指の間に入るように。

 油の切れたネジ巻き人形のように、ギギギ……と首を後ろに回すカイト。そこには、料理を乗せたトレイを持つフェリスが立っていた。―――底冷えする笑顔を浮かべて。


「すっかり皆さんと仲良くなったみたいですね。随分楽しそうな話してるじゃないですか」

「うん。ついさっきまで楽しかったけど、たった今冷え切ちゃった」


 口喧嘩に応じる事はあっても、これまで直接手を出しはしなかったフェリス。

 だが、今の投擲には僅かに殺意を感じた。危うく指を切り落とされそうになった事も含め、カイトは怒りの琴線に触れた際の女性の恐ろしさを思い知らされた。

 そんな彼の心情など気に留めずフェリスは、鉄板の上でじゅうじゅう……! と音を立てる肉料理をテーブルの上に置く。


「お。ひょっとしてこれが……?」

「『恵みの風』お勧め、ミノタウロスのステーキです。変な話なんてしてないで、鉄板が熱い内に食べてくださいね」

「話を振ってきたのは、そこのオッサンなんだけどな」


 言われるまでもないというように、カイトはナイフとフォークを手に取る。

 通行税と宿泊費は何とか払う事が出来たが、彼の財布の中身は既に空だ。その状況で、ここまで豪華な食事にありつけるとは、ツイているとしか言い様がない。

 直ぐ様手を合わせ、食事を始める際の挨拶を口にする。


「いただきま―――」


 す、とまで言い切ろうとした瞬間、カイトの頭上を影が覆った。

 見上げると、その視線の先には一人の男が浮いていた。っというか、飛んでいた。

 一直線に、彼の座るテーブル目掛けて。その結果は当然、


 ―――ガッシャァァァン!! と。

 盛大にテーブルが薙ぎ倒され、乗っていた料理も呆気なく宙を舞った。


「……………………」


 ピキリ……! と静かに、だが確実に、カイトの額に血管が浮かぶ。もっとも、この状況でそれに気付く者など、誰もいないが。

 店内にいた人間の視線は、全て入り口に集中している。そして、先程の男がぶち破った扉をくぐり、この事態を引き起こした者達が姿を現した。


「邪魔するぜぇ」

「けッ! 相変わらず湿気た店だなオイ」


 失礼な物言いと共に現れたのは、粗野な印象を感じさせる、腰に剣を提げた3人の男達。

 彼等はその身に鎧を纏っているが、お世辞にも良質なものとは言えず、粗悪品だと思われる。加えて、装着しているものも、兜や胸当、手甲ガントレット脛当グリーブなどと、一般の騎士に比べるとかなり軽装だ。

 肩当に天使の紋章が描かれている為、彼等が帝国軍に所属している事は間違いない。だが、必要最低限の装備しか身に着けていないところを見ると、恐らくはかなり地位の低い、軍の中でも末端に位置する人間なのだろう。

 そこへ、料理の準備していたフェリスとジーナ、そして白いコック服を着た筋肉質の男―――料理長であるハインツが慌てて奥から出てきた。


「またテメェ等か! テメェ等に出す飯も酒もないって、何度言えば分かるんだ!?」

「おぉ、上さんも怖ぇが旦那も怖ぇな。それが客に対する態度かよ」

「人を殴り飛ばした上、扉を壊して誤りもしない人を、お客だとは認めません!」

「ハハッ! 親が親なら子も子ってか。娘までおっかねえな。けどな、そいつは帝国の悪い噂を口走ってたんだ」

「本来なら国家反逆罪でしょっぴいてやるところを、その程度で済ませたんだから感謝してほしいな」


 2人から凄まじい剣幕で怒鳴られた上、大勢の客から敵意の視線を浴びる男達。だが、彼等の顔に焦燥の色はない。寧ろ、自分達に恐れて震える者や、抵抗してくる者達の反応を見て、楽しんでいる節がある。

 その推測を肯定するように、果敢に声を飛ばしてきたハインツとフェリスを、彼等は愉快そうに眺めている。まるで、檻の中で走り回る小動物を見るような目で。


「だが、あんまり無礼な口を利かない方が良いぜ? 何たって俺等はここら一帯の土地を治める領主、ウルド様直属の騎士なんだからな」


 領主という単語が出た途端、騎士達に向けられていた複数の視線が、一斉に逸らされる。

 村人達にとって、ウルドという領主の存在は鬼門だ。その直属の騎士に逆らったとなれば最後、晒し首になるのは目に見えている。


「それにテメェ等、誰のおかげでこうして平和に飯が食えると思ってるんだ? 俺達が汗水垂らして守ってやってるおかげだろうが」

「昼になりゃ、男衆は皆畑や狩りに出ちまうからな。その間俺達がいれば、襲ってくる奴なんていねぇだろうよ」

「どの口が……!」


 ギリッ……! とフェリスは、奥歯を砕けんばかりの力で強く噛み締める。

 彼等を含めた、領主直属の騎士が村を守ってくれた事など一度もない。その理由は、賊や魔獣が現れなかったなどという、平和なものでもない。

 危険が迫って来ても、彼等は自分達の住処である騎士舎で遊び呆けているのだ。酷い時は全てが終わった頃に、泥酔した状態の騎士がやってきた事もある。しかも、騒ぎを聞きつけて来たのかと思えば、『賭けで負けた罰ゲームで騒動の鎮圧に来た』というのだから、もはや呆れて笑うしかない。


「そう怖い顔すんなよ、お嬢ちゃん」


 騎士の一人が下卑た笑みを浮かべながら、フェリスに近付く。

 そして、くいっと彼女の顎を手で持ち上げ、その顔を無理やり自分の方へと向けさせた。


「俺達は栄えある帝国の騎士として、そしてこの村の防衛を仰せつかった身として、お前達を守ってやってるんだ。少しくらいサービスしてくれたって、罰は当たらねぇだろって話だ」

「ッ! フェリス……!」


 彼がフェリスに何を要求しているかなど、分かり切っている。

 娘へと向けられた魔手に、ジーナは怒りと焦りが入り混じった声を張り上げた。

 当然、そんな粗野な振る舞いをされた当人であるフェリスも、我慢出来るはずがない。男を睨み付けると、返り討ちにしようと掌に魔力を集束させ、


 パシッ……、と。

 事が起きる寸前で、カイトの手が騎士の腕を引き剥がした。


 今まで黙していた少年の突然の行動に、店内にいた全員の動きが止まる。

 そんな中で、彼に腕を握られている騎士だけが、怪訝そうに眉をひそめた。


「おい、テメェ。一体何の真似……」

「なぁ」


 地の底から響いてくるような声だった。

 それが目の前の怪しげな風貌の少年が放ったものだと気付き、騎士達は思わず身震いする。一体どれだけの修羅場をくぐれば、こんな悍ましい声を発する事が出来るのだろうか。

 一方でカイトは、戦慄する騎士達の様子など気にも留めず、ゆっくりと右手を挙げる。

 何を仕掛けてくる? と後ろに控える2人の騎士は身構える。そんな彼等の前に掲げられたのは、―――木製のプレートだった。


「これ、何だと思う?」


 誰もがその質問の意図が分からず、首を傾げる。

 その形状から、恐らくステーキ用の鉄板に敷かれていたものだという事は分かった。だが、果たしてそれが何だというのだろうか。

 一方でカイトは、質問に答えようとしない騎士に向け、もう一度声を掛けた。


「答えろ」

「……木のプレートだ」

「そうだな。で、何でこれは転がってるんだと思う?」

「……そこの男が飛んできたからだろ」


 未だ倒れ込んでいる男に視線を向け、騎士は答える。原因と言ったら、そのくらいしか思いつかない。

 対するカイトはその回答に満足したのか、『うんうん』とフードの下で何度も頷いた。


「正解だ。じゃあ、何であの男は飛んできたんだ」

「俺達が殴り飛ばしたからだろ?」

「っつうか、何が言いたいんだテメェはぁ!?」


 遂に苛立ちが最高潮に達したのか、腕を掴まれている騎士は声を荒げる。何なら、見せしめにここで斬ってしまおうか。

 そんな邪まな考えを抱いて笑う男だが、それは実行される事はなかった。


 ゴ、ドンッ!! と。

 にやけた笑みを浮かべる騎士の顔面に、カイトの拳が突き刺さる。


 反応する暇もなかった。直撃と同時に騎士の意識は消え、その身体は宙を舞う。

 更には、先程殴られた男が壊した扉を通って外に飛ばされ、地面に何度も身体を打ち付ける。その光景はまるで、川遊びの定番とされる水の石切りのようだった。

 幸か不幸か、道に止められていた荷車にぶつかり、そこでようやく彼は止まる。

 だが、彼を助け起こそうとする者はいない。突然目の前で起こった暴挙に、誰もが身体を硬直させていた。

 そんな呆然とする人々を尻目に、ふぅ……とカイトは小さく息を吐き、


「撃っていいのは、撃たれる覚悟のある奴だけだ」

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