第3話 ピクト村 1-3
午後五時から始まったショーは満員御礼、広場には村の住人のほとんどが集い、見晴らしのいい観覧席を取るのにとても苦労した。けれどもその頑張りもあり、私とジュリは特等席で誰にも邪魔されることなく、ヴァン一座の芸を観覧できたのだった。
夢の時間と称するにふさわしく、一座のショーはどれもこれも目を見張るものだった。怪力自慢のカベルネによる豪快な岩砕きに、ピノとメルロによるアクロバティックな空中ショー。獣の女王、プティが魅せる猛獣との妖艶な演武や、語り部ルージュの嘘か誠か判別つかないフェアリーテール。芸の合間に登場するピエロ・ヴァンが繰り広げる喜劇は私とジュリアンを含む、観客全員を笑いの渦に巻きこんだ。
閉幕はアンコール含めて約3時間後。ショーが終わってもジュリの興奮は冷めやらず、きらきらとした瞳で先ほどの夢の時間を思い返しているようだった。祈るように指を交差させ、夢見心地で頬を紅潮させる様はまるで恋する乙女だ。
「あー!面白かったー!やっぱり世界を股にかける人が語る伝承は現実味があっていいよな!なんだか妙にリアリティがあって…」
「ジュリちゃんは伝説とか昔話とか、そういうの本当に好きね。私聞いてる途中で眠くなっちゃったよ」
「ジュリちゃんって呼ぶな!…ったく、お前は逆に興味なさすぎるんだよ。世間に疎すぎ。リユニオンの王様の名前も知らないんじゃない?」
「知らない!!」
「それ胸を張って言うことじゃないからね!?」
ジュリのツッコミは頼もしいくらい、いつも正確である。「大体お前は…」から続くお小言を躱すため、彼に最近はどうかと世間話をふった。あからさまな話題転換であるのに、ジュリは素直にその話に乗った。表情が曇る。どうやらあまり上手くいっていないようだった。
「最近、自分の本当にやりたいことがわからないんだ。父さんは早いこと僕に家名を継がせたいみたいだけど、今の僕にはその自信はないし…当主になったとしても、何もかもが中途半端な僕にアルバーティの長が務まるのかなって、不安なんだ。僕に期待してくれるのは嬉しいけど…僕が一族の最優と言われる父さんを超えられはしないだろうし」
「へー、そっかー」
「なんだよ、その感情が一片たりともこもっていない返事は!どうでもいいってか、幼馴染がこんなに悩んでるのに自分には関係ないってか!」
「いやいや、そんなこと一言も言ってないでしょうに。ジュリちゃんは昔っから被害妄想強すぎだよ。その自虐精神やめよ?もっと前向きになろ?レッツセイ、ポジティブ!!」
「そのからかい交じりの励ましが余計ムカつく」
まったく怖くないメンチ切りを軽くスルーし、ジュリにもっと深く込み入った質問…これは顔が厳つすぎるジジイから頼まれたことなのだが、王国中心部の情勢やら、隣国とのつばぜり合いなどを尋ねる。彼は快く答えてくれた。
まずリユニオンの都心部では、御世継ぎ問題が勃発中だという。現国王はまだ健在だが、長男と次男の間で言葉なき冷戦が繰り広げられているそうだ。彼らの名前は最初の一文字たりとも覚えていないが、彼らの政局は全くの正反対らしい。
智の兄に豪の弟。知略によって隣国を攻略せしめんとする兄と、軍事力を拡大しようとする弟との間には、埋めようもない確執が存在した。
どちらも国を治めるには正しく、また双方に欠点もある。ジュリの話では、現在リユニオンでは兄と弟で支持層が真っ二つに別れ、真っ向から対立し、内戦も起こりえるかもしれないのだそうだ。すでに兄弟の派閥間で衝突が起きていて、都心は荒れつつあるという。
ジュリのアルバーティ家は中立を保ち、なんとか双方を取り持とうとしているが、未だ上手くいっていないらしい。打開策を生み出そうとも、互いが自分の理想を押しつけあい、対話の場を設けても幾度となく交渉決裂するそうだ。そのたびにアルバーティ家は胃潰瘍になる者が続出し、医療魔法道具にお世話になる日々が続いているという。
「嫡男のウォルター様と次男のユイル様、それからお二人の取り巻きは皆曲者でさ。家の者は上から下まで憔悴してる。父さんだってそう。はぁ…過労ならまだしも、これで当主の死因が胃潰瘍でした、なんてなったら末代までの恥だよ…うう、直接関わってない僕ですら胃のあたりがキリキリする…」
「(過労でもダメなような)アルバーティ家は元々ストレスに弱いからね…」
青白い顔で腹を摩るジュリを見て、なんとか兄弟で手を取り合えないものか、と心底そう思う。どうせ迷惑をこうむるのは戦に巻きこまれる国民なのだし、ましてや国力を自ら減らしてどうする。加えて隣国とは緊迫した冷戦状態にあるのに、国が真っ二つに割れれば、それを好機と見た敵国が攻めこんでくる可能性だって否定できないのに。
知略と戦争に長けた二人の王様が互いの手を取りあえば、この国は無敵になるはずなのに、どちらが次世代の王となるかだけでこんなにも揉めている。多少に意見の違いは否めないだろう。けれども人の上に立つ者というものは、常人には理解しづらいプライドを兼ね備えているのだ。
それが腹立たしいくらいに、悩ましい。兄弟なのだから面と向かってとことん話し合い、妥協すればいいのに、なまじ我が強いものだからそう簡単にはいかない。王族という奴はとてもやっかいだ。
まぁ、かといって、都心部から遠く離れた村の一般人があれこれ言ってもしょうがないのだけれど。
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