第2話 ピクト村 1-2
ジュリに急かされて村の入り口に向かうと、そこにはすでに村の住人でできたぶ厚い壁があった。誰もが我先に旅一座の顔を拝もうと、躍起になって前へ前へ進もうとする。閉鎖的な環境では得られない新鮮さを勝ち取ろうと、必死に足を運んでいる。
とてもこの野次馬の中を抜けて一番前に出られそうにない。けれどもジュリの好奇心からなる火事場の馬鹿力は相当なもので、人々が押し合いへし合いひしめく中を無理矢理くぐり抜けて、一番前へ躍り出た。驚くべきガッツだ。その情熱をもう少し運動神経へ向けていただきたい。君は同年代に比べて少し細すぎる。
押しくらまんじゅう状態の壁を抜けると、一気に視界が開け、爽やかな春風と共に一座が奏でる異国の感覚が目に、耳に届く。弦楽器の艶めく音色に、打楽器の芯に届くような重低音が渦を巻いて私たちを異空間へと誘う。彼らが奏でる一音が心を弾ませ、村人の期待を極限まで高めた。
座員の衣裳は千差万別で統一性がなく、色も形も様々だ。故郷の風習なのか、首から下にびっしりと刺青を掘っている者や、目元に紅を引いている者もいる。なにもかもがチグハグで、しかし、だからこそ私たちは彼らにここよりずっと遠い異国の街へ思いを馳せるのだ。
旅一座は宣伝用の馬車が二台、先頭と後方に配置されており、その間に荷を乗せた馬車が三台ゆっくりと歩を進めている。団員はざっと20人ほどだが、ほとんどが裏方か補佐で、本格的に芸を披露するのはたったの五人だ。
怪力自慢のカベルネ。空中ブランコのピノとメルロ。猛獣使いのプティ。語り部のルージュ。そして一座の長にしてピエロのヴァン。
カベルネは銀髪褐色肌の大柄な筋肉質の男だ。持ち前の怪力を駆使した、豪快な芸を披露してくれる。暑がりなのか、上半身には何も身に着けておらず、いつも刺青だらけの鍛え上げた腹筋を惜しげもなく晒している。しかしその豪快な芸と粗野な外見とは裏腹に、動植物をこよなく愛し、スタメン以外の団員とは業務連絡であってもあまり言葉を交わそうとしない。常に外部の者と一線を引き、私生活でも口数は少ない方だ。
ピノとメルロは一卵性の双子で、皆は髪のわき目で区別している。茶髪ストレートのおかっぱ兄妹で、とても人懐っこい性格だ。よく村人と話しているのを見かける。二人とも小柄なので、敏捷性だけを評するなら一座トップをいくだろう。その身軽さを生かして、空中ブランコ以外にも様々な空中ショーを魅せてくれる。
プティは普段は比較的穏やかだが、本番になると途端に性格が激変する。いわゆる二重人格というやつだ。短い黒のくせっ毛を持ち、紅を引いた目元は妖しい魅力に満ち溢れている。元々は気の利くおっとりお姉さんな性分なので、そのギャップに落ちる男も多いそうだ。高圧的な態度で猛獣たちを意のままに操る様は、まさに獣の女王と称するにふさわしい。
一座の長にしてピエロであるヴァンは紫色の髪と瞳を有した美丈夫だ。飄々としていて、非常に掴みにくい人物でもある。彼の役柄がそうさせるのかはわからないが、話をしても彼の本心が全くと言っていいほど読めない。生まれもっての曲者・策士、とでもいうのだろうか。万人に受ける表情と性格というものを理解している。胡散臭い、といえばそれまでだろうが、何分見た目がいいせいでかき消されている。
新入りであろう語り部のルージュに関しては、他のメンバーより一層謎に包まれている。ある程度気さくな性格の座員に対し、彼女はカベルネ以上に全く人と関わろうとしなかった。語り部としての仕事を全うした後は、用事がない限り奥に引っこんだまま出てこない。金髪碧眼の、そんじょそこらでお目にかかれないほどの美貌は、語り部というある種浮世めいた役割と相まって、彼女はますます私たちとは違う存在に見えた。
「よってらっしゃい、見てらっしゃい!本日午後五時から、広場にてショータイム!」
「見どころ満載、話題の芸が目白押し、楽しさてんこ盛り!」
「あなたをめくるめく夢の世界へ!」
メインメンバー5人と裏方・アシスタント15人、計20人で構成される大道芸一団は【ヴァン一座】という。一台国家リユニオンを中心として活動する、小さな旅一座だ。放浪者らしく、出自や経歴は誰も知らない。彼らは積極的に自分自身の話をしないので、服装や化粧で「この場所から来たんだろうな」と推測できる程度だ。
この村の住人のほぼ全員が彼らの不透明さについて、なんら疑問すら抱かない。けれども村に住む、ほんの片手で足りるほどの者たちは彼らを訝し気に観察している。ジジイもその一人だ。祖国にあだなす敵を見るような、はたまた親愛を向ける相手を心配するような目線を向けている。あるいは、相手の正体を知りつつも動向を探るために静観しているようにも見えた。
決して聡明ではない私が見えるものは身内の変化と、直感で感じる違和感だけだ。頭のいいジュリよろしく、普遍的な事柄に目を向けているわけではない。世界情勢に詳しいわけでもないし、むしろ世間一般に疎い方だ。村の賢者にすら、知識は遠く及ばない。
そんな私がただ一つだけ、彼らを見て言えることは、彼らはとても仲間を大切に思っているということだけだった。互いが互いを想い合い、信頼し、時には本気でぶつかり合う。まるで家族のように。たとえ血の繋がりはなくとも、彼らの間には血縁よりも深い親愛があった。
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