リユニオン

第1話 ピクト村 1-1

 鳥の囀りが心地よい。生温くも冷たくもない爽やかな風が頬を撫でて眠気を誘う。干し草の上に寝っ転がって晴れやかな空を眺めていると、ふとこちらへ向かってくる足音が聞こえた。


 どうやら自分がターゲットであるらしい。鼻息荒く走ってくるその必死さと気味悪さに若干引きつつも、干し草のベッドの上から身を起こした。立てかけてあったピッチフォークを手に取り、柄の部分を前にし、腕を引いて突きの構えを取る。



「ムスビィイイ!鍛錬をすっぽかしてこんなところでサボるとはたるんどるぞ!そんなだから贅肉が増えるんグボホォッ!!」

「うっせージジイ!!標準体型だ!」



 こちらへ突進してきたジジイが目の前で止まるタイミングを見計らって思いっきり前へ突きをかました。鳩尾に入ったのだろう、変な奇声を上げてヒゲと筋肉の塊は吹っ飛んでいく。我ながらお見事!


 腹を抑えて悶絶するクソジジイは置いといて、奴の戯言が余りにも語弊があるため、撤回したいと思う。


 まず私は標準体型だ。痩せてもなければ太ってもいない。強いて言えば同年代より少し筋力と体力に自信があるくらいか。


 次に鍛錬を抜け出してきたのは理由がある。このクソジジイは何をトチ狂ったのか、王都の軍顔負けの鬼畜メニューを組んで実行しやがるのだ。国規模の戦争があるわけでも種族同士の小競り合いになることもない平和な村で、何故軍人を育てようとするのだろうか。嘆くべくは、このクソジジイと私は身内であるという事実だ。この村にはモヤシみたくヒョロヒョロの男がいるんだからそっちを鍛えろよ。


 そして私は女子だ!!


 花の十代、今をときめくムスビ・サカミチ16歳。ガチムチの女の子なんてどこに需要があると思う?せいぜいオーガくらいだろ見初めてくれるの。


 すべからくして、ジジイのスパルタは何のメリットもない。女子力的に。


 未だ悶絶するジジイへ歩みより、ピッチフォークを肩に立てかけながら、呆れた顔で皺だらけの顔を見下ろす。



「ぐおおおお…!ムスビ、お前この稀代の名将ゲンイチに一矢報いるとは…さすが我が孫よ」

「自分から飛びこんでっただろーが。ていうかさぁ、私よりもっと適任がいるでしょジュリとかさ」

「ジュリアンはアルバーティ家の嫡男だと知っておろうが。あちらさんは大事な跡取り息子を預けてくださっとる。ワシが現役時代に課された地獄の鍛錬を課すわけにもいくまい」

「アンタの大事な孫は地獄でのたれ死んでもいいってかクソジジイ」

「それに嫌々行う人間が伸びるわけなかろう」

「今まさに嫌がってる人間が目の前にいるんですがそれは」



 顔に影が落ちる。苛つきが収まらないのでピッチフォークを持ち直し、刃の部分で細かく素早く刺していく。大袈裟に痛がるジジイを見て少し溜飲が下がり、フォークを顔の横に突き刺して次はないぞと目で訴えた。ジジイは溜息を吐きながら項垂れる。



「最近の若者は我慢が足らんのォ…ワシが現役だった頃は、サボれば鞭が飛んで連帯責任で罰を受けたものよ。我慢してこそ自身の力が培われていくのだぞ。ワシの現役時代の同胞はそりゃあもう強く逞しく…」

「自分が元王都の将軍だったからっていつまで栄光を引きずってんの。過去の自慢話はひけらかせばするほど人が離れていくんだよ、おわかり?」

「孫キビシイ…オジイチャンツライ…」



 顔に両手を当ててさめざめと泣くジジイに同情心など湧かない。「今も現役です」と言っても違和感ない筋肉モリモリの完全武闘派ジジイが泣いていてもかわいくないし、むしろウザいです。


 苛々を通り越して呆れが湧いてくる。こっちが溜息吐きたいくらいだ、と肩を落としていたところ、私の名前を大声で呼ぶ声が聞こえた。振り返ると見慣れた小さな男の娘がこちらへ向かって走ってきている。噂をすればなんとやら。あれは先ほど話に出ていたジュリアンだ。



「ムスビこんなところにいたのか!ったく…毎回探すこっちの身にもなれよ!」

「ようジュリちゃん。相変わらず女の子みたくかわいいな。惜しむらくはその声か…いや、ハスキーボイスだと思えばいける?」

「僕は列記とした男だー!あとジュリちゃんって呼ぶなッ!僕の名前はジュリアンだ!あっ、お久しぶりですゲンイチさん」

「お、おおう…ゲンイチ忘れられてるのかと思ったわい」

「男ったって、私より背が低いくせしてよく言うわ」

「たった二センチしか変わらないだろ!馬鹿にしやがって!」



 怒る姿すらかわいいとは、容姿に恵まれたなジュリよ。くせ毛の私とは違うサラサラのストレート、大きな瞳に華奢な体。女にしては低い声と癇癪持ちが玉に瑕だが、それすら凌駕するかわいさはもう神の領域だ。


 ジュリことジュリアンは私の幼馴染だ。王都に居を構える貴族アルバーティ家の嫡男なのだが、不思議なことに幼い頃からこの辺鄙な村と王都を行ったり来たりする毎日を送っている。


 なんでもご当主がジジイと親しく、その所縁でジュリは時々このピクト村、しいては私ん家にやってきては居候している。


 顔を合わせれば悪態はつくし、よく癇癪を起こすし、意地っ張りでそのくせビビリで泣き虫なジュリ。だがいい奴だと思う。そうでなければ、私たちに会うためだけに都心部から遠く離れた村にわざわざ十年以上も通い続けるわけがない。


 生暖かい目でジュリを見ていると、彼は高揚感に頬を赤く染め、目を輝かせて身を乗り出すように距離を詰めた。口をわずかに緩ませて、上ずった声を上げる。



「何こんなところで呑気にしてるんだよ。あの旅一座が久方ぶりに来たんだぞ!村の人たちはもうお祭り騒ぎさ!」



 遠くで断続的な太鼓の音が響いている。拍手と共に歓声を上げる野次馬の声が途切れては消えていく。


 ジュリは急かすように私を急き立て、私たちは人が群がる広場へ急いだ。

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