第7話 狂乱の剣士たち
ヒューゼル・ネイオンが、軽く片手を上げた。
彼の率いて来た精鋭兵たちが、酔いどれ兵士4人を手際良く捕えて縛り上げる。
その間レギトは、ヒューゼルと睨み合っていた。いや、一方的に睨んでいるのはレギトの方だ。
ヒューゼルは、穏やかに苦笑している。
「そう喧嘩腰になるな。貴公らを捕縛しようというわけではない」
頭の弱い女の子であれば、一発で虜になってしまうような笑顔だ。
「だが私も役目として、街中での騒動を黙認するわけにはゆかぬのでな」
「だ……駄目ですよレギトさん、喧嘩腰になっちゃあ……」
エイヴェルが、ふらふらと店の中から歩み出て来た。
頭の弱い女の子、のような男の子が、虜になってしまった。
「すみません守備隊長殿、レギトさんは全然悪くないんです……この人は本当に純粋で正義感が強くて、困ってる人を見ると止まらなくなってしまうんです。止められなかった、ボクが……悪いんですぅ……」
エイヴェルの可愛い顔が、赤くなってゆく。吐息が、荒くなってゆく。
「ですから、捕縛するならボクを……あ、貴方のような美しい人に、捕縛されて監禁されてあんな事やこんなコトああんゴブッ」
レギトは、エイヴェルをぶん殴って黙らせた。
「ヒューゼルさん、とか言ったな。俺はレギト、流れもんだ。その酔っ払いどもをブチのめしたのは、ただムカついたからだよ。大した理由もなく、俺はあんたら官憲様に楯突いた……しょっぴいてくれて構わねえぜ? 出来るもんなら、な」
「その人は、あたしを助けてくれたんです!」
狼藉に遭いかけていた給仕娘が、懸命な声を発した。
「そこの兵隊さんたちが、お金も払わない上にあたしを無理矢理」
「まあ、そんなところであろうな」
ヒューゼルは言った。
「レギト殿、と言ったな。殴り足りないであろうが、このくらいで勘弁してやって欲しい。この4名は正式な裁きにかけねばならん。無論こちらの店への支払いは必ず済ませる。後クランシア王国正規軍の名において」
「下っ端のツケを、軍が肩代わりしてやろうってのか」
レギトは、喧嘩腰の姿勢を完全には崩さなかった。
「……今の王国軍に、あんたみてえにまともな人がいるたぁな」
「軍が、官憲が、腐敗の極みにある。それは我らとて充分に認識しているつもりだ」
ヒューゼルの、眼差しも口調も、真摯そのものだ。
「そして腐敗を口で嘆くだけなら、誰にでも出来る。我々は、行動を……改革を、必ず起こして見せる。だからレギト殿、官憲のありように腹が立つ事はこれからもあろうが、今少し長い目で見ていただけると嬉しい」
「改革……ね。期待しねえで待ってるよ」
苦笑し、背を向けようとして、レギトは1つ思いついて訊いてみた。
「なあ守備隊長さん。鎧の悪鬼、って奴を知ってるかい?」
「流れ者の殺人鬼だ。私が手勢を率いて、いや1人ででも討伐に向かわねばと思っていたところだよ」
「軍に情報が集まってんなら、ちょいと教えてくんねえかな……一体どんな奴なんだい、鎧の悪鬼ってのは」
「貴公まさか賞金を狙うつもりか。言っておくがな、殺されているのは非武装の民衆ではなく、王国地方軍の兵士なのだぞ。いくつもの部隊が、あやつ1人のために壊滅している」
「ほう、化け物ってわけだな」
王国軍の数個部隊を、皆殺し。
あの仮面の男であれば、その程度の事はやってのけるだろう。
「仮面と甲冑に身を包んでいる、くらいしか身体的特徴は明らかになっていない。そして、その甲冑の下にあるのは人間の肉体ではない、とも言われている。醜悪なる魔物が、鎧兜と仮面で正体を隠し、彷徨っている。そんなふうに噂されている怪物だ」
醜悪な魔物。あの男の素顔を見て、そう思う者がいても不思議はない。
「悪い事は言わん、賞金目当てで命を粗末にするな。ああいう相手は軍に任せておけ。軍は信用ならん、と言いたいのはわかるが」
ヒューゼルのその言葉には応えず、レギトはただ曖昧な笑みだけを浮かべた。
ヒューゼル・ネイオン率いる精鋭兵の一団が、酔っ払った兵士4名を連行し、整然と去って行く。
見送りつつ、エイヴェルがぽつりと言った。
「レギトさん、鎧の悪鬼という方を……討伐に、向かわれるのですか?」
「ああ。最近この辺りに流れて来てる、って言ってたよな」
王都近辺で大いに人を殺めた。手配書には、そう書かれていた。
ここパルキア地方に王都近辺から流れ入って来たのだとしたら、方角としては南である。
「おめえらは、どうする。無理に付き合ってくれなくても」
「もちろんボクは行きますよ! レギトさんと御一緒なら、たとえ72の魔王が住まう暗黒の魔界へでも」
「あたしも行く……レギトさんには、ボルドーとの戦いを手伝ってもらわなきゃいけないから」
フェリスが、いつの間にか店の外へ出て来ていた。
「それまでは、あたしがレギトさんのお手伝いをするの」
「……悪いな。おめえらの人探しが全然、進んでねえのによ」
もっとも、レギトの人探しがこれで劇的に進んだと言えるかどうかは、まだわからない。
ラディック公の仇である仮面の男と、鎧の悪鬼なる賞金首が、同一人物であるか否かも不明なのだ。
「ひいぃ……い、命だけは」
助けてくれ、などと言われる前に、ルチアは長剣を振り下ろしていた。
ゼイヴァー・アルデバロンより贈呈された、片刃の剣。美しく反り返ったその刃が、強盗の頭蓋を滑らかに両断する。血と脳漿の混ざったものが、噴水の如く噴き上がる。
後クランシア王国、パルキア地方の原野。強盗団十数名の屍が散乱する、殺戮の光景の真っただ中に、ルチア・ドールは佇んでいた。
今は、女性騎士用の甲冑を身にまとっている。胸はいくらか無理矢理、鋼の胸甲に押し込めてあって、いささか窮屈ではある。
そんな姿をゆったりと進ませながらルチアは、強盗の最後の1人を威圧した。
もはや強盗行為で命を繋ぐしかなくなった兵士たちを、頭目として取りまとめていた男である。
兵隊長、あるいは騎士であったのだろう。なかなかに腕の立つ男で、ルチアの斬撃を1度は剣で受け止めて見せた。その剣を、ルチアは2合目で叩き落とした。第3撃を打ち込もうとしたところで、彼の手下たちが一斉に襲いかかって来たのだ。
結果、こうして皆殺しにする事と相成った。
ルチアが皆殺しを行っている間、この頭目は剣を拾う事もせず、ただ呆然と尻餅をついていただけだ。
「拾え」
片刃の切っ先を突き付け、ルチアは命じた。
「それとも素手で戦ってやろうか? 私の身体に裸で組み付いて、あれこれするのが目的だったのだろう?」
「……そのような、愚かな妄想はもはや捨てた……頼む、心優しき女傑よ。どうか命だけは助けていただきたい」
頭目が土下座をしながら、硬貨の詰まった革袋を差し出してくる。
「もちろん、有り金は残らず差し上げる。だから」
「金は当然、貰ってゆく。命も貰う。生かしておいて何の役にも立たぬ輩……」
ルチアは、微笑んで見せた。
「……だが今、私の役に立ってくれると言うのなら」
「何でもする! 誠心誠意、貴女にお仕えいたすとも!」
「貴様の忠誠など要らん。私が欲しいのは、情報だ」
ルチアは言った。
「……オデリウス・レオム侯爵は、どこにいる?」
平伏していた頭目が、顔を上げた。その顔が、青ざめている。
ルチアは問いを重ねた。
「侯爵の率いていた兵隊が、こうして強盗などに落ちぶれている……その時点で察しはつくが、まあ私が王都に連れ帰らねばならんのはオデリウス侯などではない。愚かな反乱貴族によって拉致同然の形で連れ出された、アスミラ・リスティウス第8王女。その御身柄の確保が、私の任務だ」
ゼイヴァー・アルデバロンより与えられた、最初の任務である。
「幼い王族を担ぎ上げての政権狙い……よくある話なのだろうな。そのような話の常として、大抵は失敗に終わる。大失敗であった事、貴様たちとて認めざるを得まい? 現実を受け入れ、王女を返せ。もちろん生きた王女をだ」
「な、何を……貴女が何を言っておられるのか皆目、見当も」
ルチアは長剣を一閃させた。
頭目の片耳が、すっぱりと切断されて刀身に貼り付いた。
「事情を知らぬなら教えてやる。ゼイヴァー卿からいただいた説明を、そのまま語る事になるが……よく聞けよ。聞く耳持たぬ、などとは言わせんからな」
転げ回って悲鳴を上げる頭目に語りかけながらルチアは、剣に貼り付いた片耳を引き剥がし、弾いて捨てた。
「ひと月ほど前の事であるらしい。王都の有力貴族に、オデリウス・レオム侯爵という人物がいた。この男が、御年9歳のアスミラ・リスティウス第8王女を擁立しての反乱を企み、だが準備の段階で軍資金を使い果たし、愚かにも王宮の宝物庫に手を付けたそうな」
とてつもない量の財物が、オデリウス侯爵の手の者たちによって盗み出されたという。
「そのせいで反乱計画は発覚し、オデリウス侯は幼い王女を連れ去って逃亡した。それきり行方知れず……軍の探索網に引っかからないのは、オデリウス侯がすでに死んでいるからではないか、というのがゼイヴァー卿の見立てだが、まあ身の程知らずの反乱貴族などどうでも良い。アスミラ王女は、どこにおられる」
「……死んだ……そうに、決まっている……」
のたうち回りながら、頭目は呻いた。
「あの化け物に、連れ去られて……喰い殺されてしまったに違いない……」
「ほう。化け物、とは?」
「知らん! 化け物は、化け物だ!」
頭目は喚いた。
「おい女、貴様あのゼイヴァー・アルデバロンの手の者か。我らは最初、あの男が自らオデリウス侯を討伐しに来たのかと思ったぞ……全身甲冑をまとい、首から上も鉄の仮面で包み隠した大男がな、いきなり現れて私の部下や仲間たちを殺したのだ。あれは殺戮と言うより破壊だ。私はな、人間の身体が物のように叩き壊される様を初めて見た」
ゼイヴァー・アルデバロンならば、その程度の事はやってのける。
「あの鎧兜の中身は、間違いなく人間ではない。オーガーかトロールの類、いやもっと恐ろしい怪物であるに違いない……その化け物がな、オデリウス侯を側近数名もろとも粉砕し、アスミラ王女をさらって立ち去ったのだ。行方など知らん」
「なるほど。お前たちはその現場から命からがら逃げのびて、とはいえ王都に帰る事も出来ず、こうして追い剝ぎを働いていると」
「我らは、愚か者のオデリウスに騙されて道を誤っただけだ! 被害者なのだぞ!」
「ゼイヴァー卿に似た……全身鎧の怪物、か」
無論ゼイヴァー・アルデバロンとは別人であろう。王女の身柄奪還をルチアに命じたのは、ゼイヴァー自身なのだ。
「……もう1つ、訊きたい事がある。お前たちが王宮の宝物庫から盗み出した物の中に、純銀の筒があったはずだが」
「あれか……あれは、アスミラ王女が肌身離さず抱え込んでいた。逆賊に渡すわけにはゆかぬ、などと言ってな」
「つまり、私が持ち帰らねばならないものは2つとも、その化け物に強奪されたままであると」
純銀の筒に関しては、出来れば取り戻すように、とゼイヴァーから言われている。優先順位は、アスミラ王女の方が上である。
「さ、さあ知っている事は全て話したぞ。約束通り、私を生かして」
「私の言った事、最初から思い出してごらん。そんな約束はしていないぞ」
ルチアは長剣を一閃させた。頭目の生首が、転げ落ちた。
硬貨の詰まった革袋だけを回収し、ルチアは殺戮の現場に背を向けた。
「さて、と。手がかりは掴めた……という事になるのかな」
その化け物は、少なくともこんな強盗たちとは比べ物にならない強敵となる可能性が高い。もっとも、戦いになると決まったわけではないが。
「ゼイヴァー卿と戦うよりは、まし……と思っておこうか」
あのゼイヴァー・アルデバロンという男に関して自分が知る事は、ただ1つ。とてつもなく強い。それだけだ。
とてつもない力で、あの男は何かをしようとしている。
それが何であるか、を急いで知る必要はない。自分は、与えられた仕事をするだけだ。
歩きながらルチアは軽く、己の頭を押さえた。
この国が腐っている。まず思い出せたのが、それだ。
その腐敗の元凶が宰相アフザム・ボルゲインである事も含め、この後クランシアという王国に関しては、様々な記憶が蘇りつつある。
なのに自分自身のことに関してルチアは何1つ、思い出す事が出来ずにいるのだった。
「まあ、いいさ……記憶はなくとも、仕事はある」
「ひいぃ……い、命だけは」
助けてくれ、などと言われる前に、ヒューゼルは長剣を振り下ろしていた。
両刃の刀身が、兵士の頭蓋を叩き割る。鮮血と脳漿の混ざったものが、部屋じゅうに飛び散った。
ガレード市内、守備兵詰め所の一室である。
隊長ヒューゼル・ネイオン以外には兵士が4人いて、うち3人はすでに血まみれの屍と化し、床に転がっている。
町の酒場で泥酔し、醜態を晒していた4人だ。
その残る1人が、尻餅をついて震え上がりながら、どうにか言葉を発した。
「せ……正式な裁きって、言ってたじゃねえか……」
「ゴミ見たく叩ッ斬ってブチまける! てめえらクズどもにふさわしい正式な裁きだろぉーがああああッッ!」
迸る怒声を抑えられぬままヒューゼルは、叩き付けるように長剣を振るった。
その一撃で、4人目の兵士は鮮血を大量に噴き上げ、ほぼ真っ二つの死体に変わった。が、ヒューゼルの動きは止まらない。
「悪いのぁ上の連中じゃねえ! テメエら下っ端1匹1匹の駄目ダメさが集まって軍ってのは、国ってのは! どんどん腐ってくんだよ! わかんねえかクソボケが! ゴミが! カスが!」
普段は貴公子然としている美しい顔立ちが、今は目を血走らせて歪み、牙を剥き、返り血に汚れ続ける。
長剣が幾度も幾度も、さながら豪雨のごとく、兵士の屍に降り注ぐ。臓物の塊が、高々と噴出しながら細切れになった。
「生きてくのが大変で腐ってくぐれぇーならなあ、とっとと自殺しちまえゴミどもが! もしくは最初っから生まれてくんじゃねえよバァアーカ! 誰も! テメエらにっ! 生きてて下さいってお願いしてるワケじゃねえぞゴルゥアッ!」
もはや人の形をしていない死体に、ヒューゼルは思いきり蹴りを入れた。様々なものがビシャアッと部屋じゅうに飛び散った。
「はあ、はあ、はぁ……ふぅ……」
切り刻むべきものを失ったヒューゼルが、ゆっくりと呼吸を整え、長剣を鞘に収めながら目を閉じる。凶暴に歪んでいた顔が、貴公子の美貌に戻ってゆく。
「……いかんな。また、やってしまった」
息をつき、目を開く。血走っていた両眼に、物静かで理知的な眼差しが戻っている。その目が、室内の惨状を見回す。
また、やってしまった。
容易く頭に血を昇らせてしまうのが、お前の欠点だ。あの人物に、そう言われたばかりなのに。
ヒューゼルよ、お前の戦いの力量は申し分ない。あとはもう少し、己を抑える術を身に付けるのだな。
あの人物は親身になって、そう助言をくれた。
肝心な時、冷静でいられなくなるようでは、いかに力と技に優れていようが一人前の戦士とは言えぬぞ……と。
「はい……私は、まだまだ未熟です……」
この場にいない人物に対して、ヒューゼルはうなだれた。
「私では、まだ……貴方様の、お役には立てません……」
「それなら、私の役に立ってもらうわ」
女の声だった。
振り向きながらヒューゼルは、鞘にしまったばかりの長剣の柄を握った。
扉の近くの壁にもたれて、その女は立っていた。
成熟した身体の線がぴっちりと明らかな、まるで下着のような薄手のドレス。その上から、黒いマントを羽織っている。
長い黒髪に囲まれた顔は、美しいがどこか暗い。
全体的にいささか下品なほどの色香を漂わせた、その女に、ヒューゼルは詰問の声を投げた。
「メビィラ・バレス……殿か。いつから、そこにいた?」
「とっとと自殺しちまえゴミどもが! ……の辺りから、かしらね」
呆れたように暗く微笑しつつメビィラは、室内あちこちに散らばりぶちまけられた兵士たちの様を見回した。
「こんな無駄に使う力があるなら、私に協力してくれない? マーガス・レインの娘が、この辺りに流れて来ているはずなのよ……例の物を持って、ね」
「ボルドー殿が取り逃がしたという小娘だな」
「小娘小娘と馬鹿にしたものでもないわ。レイン家の娘は、姉妹揃って厄介者」
「姉の方は死んだ、と聞いたが」
「そう簡単に死んでくれるような子なら、苦労ないのよね……」
「隊長、失礼いたします」
部屋の外から、声が聞こえた。
「至急、お耳に入れたい事が」
「入りたまえ」
ヒューゼルが許可すると扉が開き、兵士たちがぞろぞろと入って来た。
計7人。うち2人は、あの人物がヒューゼルの配下につけてくれた精鋭兵。他5名は、部屋じゅうにぶちまけられた連中の同類である。
その5人が、室内の有様を見て固まった。
精鋭の2人が、顔色も変えずに報告をする。
「この5名は、先程まで城門の警備に当たっていた者たちであります」
「気になるものを所持しておりましたゆえ、連行して参りました……さあ貴様たち、我々に話した事をもう1度、包み隠さず隊長に御報告せよ」
「は、はい……」
5人の1人が、手に持ったものを、おずおずとヒューゼルに向かって差し出した。
純銀製、と思われる筒である。短剣ほどの大きさで、中は空っぽのようだ。
ヒューゼルの顔色が変わる、前にメビィラが血相を変えた。
「これは……! お前たち、これをどこで手に入れたの? それに中身は! どこにあるのよっ」
「落ち着きたまえメビィラ殿、まずは話を聞こうではないか」
にっこりと、ヒューゼルは貴公子の笑顔を作った。
「と、いうわけだ。こちらのメビィラ殿に落ち着いていただくためにも、君たちに話を聞きたい。何故これを持っているのか、どこで、いかなる状況で手に入れたのか。まず、そこから話してみてはくれないか」
「は、はい……実は、おかしな3人組が街道の北の方からやって来まして、町に入れろと騒ぐわけですよ。若造2人に小娘が1人、でしたな」
兵士たちが、語り始める。
「若造2匹の片方は教会の下っ端で、女みてえな顔したガキです。で、もう片方ってのがヤバい奴で、真面目に仕事してるだけの俺らに、いきなり殴る蹴るの暴行を」
「ほ、ほら! やっぱ怪しい奴を町に入れるワケにゃいかねえじゃないですか。だから丁重にお帰り願ったんスけど」
教会関係者で、女のような顔をした少年。それに、何やら暴力的らしい若者。
先程ヒューゼルは、そんな者たちと確かに出会った。
(奴……か?)
思い返してみる。兵士4名を、1人で圧倒していた若者。
ヒューゼルは思う。あの場で戦いになっていたら、自分は勝てただろうか。
兵士たちが、喚くように報告を続けた。
「あと小娘がねえ、何と黒魔法使いで。火の玉とか出して俺らを脅すんです。偉い人に言いつけたら町を燃やす、とか言って」
「黒魔法使いの小娘……」
反応したのは、メビィラである。
先程ヒューゼルの視界の中に、それらしい女の子が確かにいた。店の中から、じっとこちらを見つめていた美しい少女。
虚ろなほど澄んだ瞳をしていた。その瞳に、何か禍々しいものを見え隠れさせてもいた。
「その小娘が賄賂だっつって、こいつを俺らに押し付けて来やがったんです」
「という事は、お前たちの目の前で筒の中身を取り出して見せたのね? その娘は」
メビィラが言った。
「……もちろん、しっかりと見ておいたのでしょうね」
「は、はい。何か大層な……巻物、だったような」
巻物。それさえ聞けば、もはやこの者どもに用はなかった。
「賄賂受け取ってんじゃねえよこのクソどもがああああああああッッ!」
喉が痛くなるほどの叫びが、迸る。
ヒューゼルの身体が、ほとんど勝手に動いて長剣を抜き放つ。
兵士の首が2つ、3つ、舞い上がり吹っ飛んで壁にぶつかり、転がった。
「賄賂は禁止! 俺そう言ったよなあ!? まあテメーらクソゴミどもが俺の言うコト聞くたぁ最初っから思っちゃいねえけどよォオ!」
凶暴な怒りに突き動かされるまま、ヒューゼルは長剣を振るった。
背を向けて逃げようとした兵士の後頭部が割れ、脳が溢れ出し、潰れて砕けた。
すでに生きてはいない兵士たちに、ヒューゼルはなおも長剣を叩き付ける。
「わかってんだよ! てめえら俺の事ナメてんだろ!? 新任の若造だからってナメてんだろうがあ! 別に構わねえよ、ナメてん奴ぁこうしてブチ殺すだけだからなぁああああああああッッ!」
「……隊長さんがこんなんだから私が指示を出すけど、いいわね?」
ヒューゼルの背後でメビィラが、精鋭兵2人に声をかけている。
「聖職者の男の子に、黒魔法使いの小娘、その他1名。だったわよね。貴方たちに見つけられるかしら?」
「お任せを。実はそれらしき者たちと先程、隊長が接触をなさいました」
「あれからすぐに町を出たとしても、まだ追えます。指名手配するよりも我々が直接、追捕した方が早いかと」
そんな会話をぼんやりと聞きながら、ヒューゼルは呼吸を整えた。
先程にも増して血生臭く汚れた室内を呆然と見回し、呟く。
「……また……やって、しまった……」
わかってはいる。これだから、自分は駄目なのだ。すぐに頭に血が上る。
戦士にとって、時として肉体的な戦闘能力よりも重要となり得るもの……冷静さが、自分には根本から欠けている。
だから、あの人物はヒューゼルを傍に置いてはくれないのだ。
「まだ私では、あの御方のお役には立てない……いや」
認めてくれるはずだ、とヒューゼルは思った。
ゲペルの逆呪文書・下巻。
大いなる改革に必要なものの1つが今、手の届くところにある。
それを、奪取して見せる。
そうすれば、あの人物も、自分を一人前の戦士として認めてくれる。傍に置いてくれるようにもなる。
この場にいない、偉大なる主君に対し、ヒューゼルは血まみれの長剣を恭しく掲げ、誓いを呟いた。
「必ずや、お役に立って見せます……ゼイヴァー卿」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます