第10話 虚空を穿つ勇気の剣

 まさか、8才の頃に渡されたこの木剣の中に本物の剣が入っているだなんて、思ってもいなかった。


 僕のだけではなく、2人の木剣にも剣が入っていた。


「これで、多少は楽に戦えるかしら」

「そう、だね。つばぜり合いで負けることはないと思う」

「でもなんでバライスおじさんはこんな風に作ったのよ?」

「それは......分からない。だけど今はおじさんに感謝しないとね」

 しかも、腰のベルトに刀身部分の木を差しておけば、剣の鞘になる。それぞれの左側に、その木を差すことにした。

 僕らはそうして、3分かからない程の時間で家を後にした。


「こ、これは!?」

「まさか......いや、予想通りというべきね......」

 外に出た僕らが見たのは、左右からゆらゆらと近づいてくるガイコツたちであった。

 家々が並んで建っているこの村は、道との区別がはっきりつく。

 家のドアを出た前には同じように家が存在し、道はその向かいに建つ家までの間ということになる。

 横に並ぶ家と家の間には子供であっても通り抜けられるスペースはない。


 つまり、ここで逃げられる道はない。


 いや、もとより逃げるつもりなんてない。

 こいつらを倒すために、ここまで戻ってきたのだから。


 こっちに来ているガイコツは5体。右から2体、左から3体だ。


 1人が右へ、2人が左へとなるだろうか。


「おそらくだけれど、奴らに意思はないわ。だから、そこまで複雑な攻撃はしてこないはずよ」

 メイがそう言った。

「なんで、そうなるのよ?」

「これもただの予想なのだけれど、あれだけの魔力で、あの身体を動かすのは到底無理なことよ」


 ガイコツが動く詳しい仕組みはよくわからないが、言われてみれば、意思がないのは納得できる。

 なんせ、動けない僕を狙ったガイコツはあえて上から剣を振った。

 考えたくないが、「確実に殺す」という意思があったのならば、心臓を一突きにしているはずだから......。


「じゃあ、もし、メイの言う通りならばあいつらは上からしか剣を振って来ない。っていうことだね?」

「本当に、合っていたらよ。確実ではないから、危険でしかないわ」

 メイはそう言うが、一筋の光が見えた。他に手がない以上、その希望を信じて戦うしかない。


「大丈夫。僕ら3人なら、きっとできるさ」


 メイはふぅーっと息をはいた。

 そして、

「私の出した案なら、あなたは何でも信じてしまうの?」

 と、聞かれる。


「もちろん、何でもという訳ではない、と思うよ。でも、君の言葉はいつも正しいことを言っている様に思えるんだ」


 本当のことだ。ガイコツが魔力で出来ているというのも、それであるから行動が制限されているかもしれない、というのも話の筋が通っている。


 メイはもう一度深くため息をつき、言う。

「そういうことなら、わかったわ。それじゃあ、もう1つ案を出させてちょうだい」


「左の3体は私がやるわ」

「っ......。それは......」

 その案にすぐ答えることは出来なかった。


「大丈夫よ。だって、私の出した案だもの、1番大きい危険を背負うのは私でいいはずよ」

「そうだとしても!だったら右でもいいじゃない!」

 レンも少し焦っているように言う。そう、危険を背負うつもりであっても、ならば2体の右でいいはずだ。しかし......。


「いいえ、私がやらないと。それに、そうすれば何か......」

「え?」

「......いえ、なんでもないわ」


 何か、そこまで譲れない理由があるのだろうか?


 メイがじっと僕を見つめてくる。いつも、何もかもを見透かしているようなメイの目に。


 そう、彼女はいつも、冷静に物を考える。今だって、取り乱した姿を見かけない。


 だから、今回も。


 全てを見据えてのこと......なのかも知れない。


 ならば、僕ができる事は彼女を信じる事だ。


「......わかった。絶対に怪我をしないで」


 僕がそう言うと、メイは少し微笑み、家から左の方向へ走って行く。

 そして僕とレンは視線を交わしてから頷き、右の敵へと目を向ける。さっきの時間はとても長いように思えたが、ガイコツの距離が少ししか近付いていないことから、そう長くない時間であったらしい。


「僕らも行こう」

「えぇ、分かってるわ」


 ガイコツに向かって、走り出す。ゆらゆらと揺れながら1歩ずつ、ゆっくりと近付いてくるその敵は、白い身体......いや、人の骨格に、錆びた剣を持った者だ。

 もともと魔力で出来ているのならば、実体が無いのと同じなのだろうか......?そう考えている間に、すぐ近くまで接近する。考えるのは後だ。


 今は、こいつを......!


「行くよ! レン!」

「任せなさい!」


 そう叫びながら、レンが前にでる。

 ガイコツはその人陰を捉え、錆剣を真上に振り上げる。

 メイの言っていた通りだ。ならば。


 垂直に振り下ろされる剣を、レンが迎え撃つ。

 しかしそれはさっき、僕がしたようなつばぜり合いではなく、弾き返すような迎え撃ち方だった。


 剣を左から右に思い切り振って、大きく身体をずらしたレンの背後から飛び出す。


 当然、あれほどの衝撃を受けきれるような体ではないガイコツは、頭の真上よりも後ろの位置まで剣を弾き返され、全てががら空きであった。


 剣を両手で強く握りしめ、胸の右側に構えて切っ先をガイコツに向ける。


「はああぁぁっ!」


 そのまま腕をつき出し、剣をガイコツの胸に突き刺す。

 次の瞬間、刺した剣を中心に、白い蒸気のようなものを発して、ガイコツは消えて行った。


 レンとのコンビの成功に喜ぶ気持ちと、唖然とした状態でいたのも束の間、正体が魔力の塊だと言うことを考えれば当然のことだったのだろう。

 それに、まだもう1体いるのだ。即座に次の敵へと目をやる。


 同種を撃ち取られても何か反応を示す様子が見られないから、意志が無い、というのも当たっているのだろう。

 そう思いながら、2体目へと走り出す。今度は僕が剣を弾く番だ。


 顔を睨む。目があった様に感じられた。そうなると、次は剣を振り上げるはずだ。


 しかし、違った。


 2体目のガイコツは、剣を振り上げず、地面と平行に剣を倒し、上半身の部分を捻るような姿勢をとった。


 本来ならこっちが横から切り上げるつもりであったが、そうも行かないらしい。


 立ち止まり、剣を自分の右上に振り上げる。同時に、右足も少し後ろにやる。


 構えたまま少しずつ近付いてくるガイコツを正面から見つめる。


 本当の騎士なら、こんな時だって自らの剣と流派を信じて戦うのだろう。僕が今までユーリスおじさんから教わっていたライズ流は、腰を落として身構えた状態から連撃を喰らわせる、というものであるが、僕の今の構えは全く違うものだ。


 爪先から剣の先端までを、1つにしている。そんな表現が的を得ているだろうか。


 こんな状況を予想していたわけではない。けれど、どんな構えからでも二撃目、三撃目と繋げられるように1人で練習していた。


 今なら、その成果を発揮させる機会だ。そう思ったから、この構えを取っている。


「カルム、なによ......それ......」


 後ろからレンがそう言ってくる。


「レン。ちょっと離れて見ていてくれ。そして、今だけは任せて」


 それだけ告げて、また集中をする。


 待つ。ガイコツの腕が動き出すその時まで。


 そして、剣が動き出す。

 横薙ぎに振られるであろう剣を見た瞬間、足を踏み出すと同時に自分も剣を振り下ろす。


 ガキン!という金属同士がぶつかり合う音を経て、2本の剣の先端は下を向いていた。


 僕の剣がガイコツの剣を叩き下ろすようになったのだ。当然、腕にかかる反動と有り余った勢いは計り知れないものであった。


 しかし僕は、姿勢を崩すギリギリのタイミングで、左足を動かす。

 一瞬だけガイコツに背中を向けるような形をとり、左に回転し......。


 胸を一閃する。


 さっきの様に霧散するガイコツを見届けるより前に、僕は顔から地面に滑り転がってしまった。


「ちょっ、カルム!」


 反射的に閉じた目をすぐに開け、上体を起こしてレンの方に向き直る。

 一応、成功したのか......?


「僕は大丈夫。それより、メイの方は?」

 そう言い、道の向こうの方に目を向ける。

 すると、走ってこっちに向かって来ているメイと目が合う。


「メイも大丈夫。すごいわ......。

って! あんたは大丈夫じゃないでしょ!?」

「え?」


 自分の身体を見てみる。右側から転んだから、服の腕の部分が破れ、擦り傷が出来ている。そこから血が流れている。


「あ......いたっ」

 後から来た痛みに顔をしかめてしまう。


「応急処置をするわ。腕を見せてちょうだい」

「うん......お願いするよ」

 メイが回復魔法を僕にかけてくれる。


「にしてもあなたたち、いいコンビだったわ」

「え、戦ってたところをみてたの?」

「えぇ、横目ではあるけどコンビを決める瞬間はしっかり」

「な、なんという余裕......」


 メイは多才だ。剣も魔法も例外なく。故に、そんなことが出来たのだろう。


「それより、2人とも敵の剣を振り払う力が強すぎるわ」

「「え?」」


「もっと弱い力でも充分防ぐことは出来たのよ。だから私は3体の相手を出来た訳だし」


「そう......だったのか......」

 少し拍子抜けしてしまう。


「恐らくだけど、まだ敵がいるわ」

「そんな気はしてた。だって、たった5体であそこまで壊せるはずがないもの」

 確かにそうだ。ならば、はやくこの傷を治して、残りを倒しに行かなくては。


「じゃあ、もう行かなきゃ。僕はもう大丈夫だから」

「いえ、ちょっと待って。まだ血も止まってない」

「けど......こうしてる場合じゃ......」

 メイを説得しようとしたとき、突然立ち上がったレンが言った。


「あーもう! ならあたしに任せなさい! さっき何もしてなかったし!!」

 と。


「いや、待ってくれ......」

「えぇ、あなたもあの程度の敵なら簡単に倒せるわ」

 止めかけた僕の声を、メイが遮った。

「そ、そうは言っても......」

「何? まさかあんた、あたしのことが信じられないわけ?」

「そうじゃないけど......あ、危ないじゃないか!」

「大丈夫よ! メイに出来て、あたしに出来ないことなんてないわ!」


「2人とも、あまり大声を出すと集まり出すわよ?」


 メイに言いくるめられ、レンには逆に説得され、僕の手当てが終わるまで1人で残りの敵の所へ行かせることになってしまった。

 信用してないはずがない。けれど、身を案じることくらいはしてしまう。


「レンは、行ったわね」

「うん......早めの手当てをお願いします......」

「尽力するわ。......ところで、1つ言うことがあるの」

「?」


 突然、メイが声を潜めてそう言う。


「強い魔力が、近くにいる」

「......そ、それは......」

「えぇ......主格でしょうね」


 血が止まったことを確認したメイは、ゆっくりと、しかし無駄のない動きで立ち上がる。


 そして。


「いるなら出て来なさい。帝国の魔術師よ!」


 いつもは出さない、大きな声を出した。


 すると、その声に答えるように吹く風が強くなった。

 思わず左腕で目を隠してしまう。

 風がひとしきり吹き荒れて止む。

 腕を目から離し、家とは反対方向の道の先、正確にはその道より少し上の方を向く。


 そこにいたのは......。


「クックックッ......。私の気配に気付き、あまつさえ呼び出すだなんて......。なんと勘の良い、そして身の程知らずなお嬢さんなんでしょうなぁ!?」


 空中に浮き、黒いローブに身を包んだ魔術師であった。

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禁戒の首輪〜Forbidden Choker〜 明鷺けいすけ @keisuke_akasagi

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