第9話 共に在りしは希望の光
声がしたのは村方向。そこにいたのは傷だらけのユーリスおじさんだった。
「え......おじさん!?」
「おじいちゃん!!」
僕とレンは同時に駆け寄った。
「なんで、そんなにボロボロなの......?」
荒い息をしているおじさんに聞く。やはり話のガイコツに?
「とりあえず応急措置をするわ」
ただ見ている僕らと違って、メイは顔を少し青ざめていても、いつも通り冷静で、回復魔法をかけながら、
「話を詳しく教えてくれるかしら」
と、動揺せずに話しかけている。
「突然現れたガイコツ共と戦った。だが後ろから襲われたんだ。この老いた身体では避けきれなかった」
おじさんが言うに、今、村はそのガイコツに占領されている、らしい。どうも現実味がない話だ。でも、おじさんのその傷が証拠になっている。かすり傷程度なら一瞬で治るくらい、メイの回復魔法は優れているはずなのに、ずっと使っていても治らないほど傷が深いのだ。
「やはり、私が戦わなくては......」
ふと、消え入るような声でそう言った人がいた。
「な、何言ってるのよサー姉......」
声の主はサー姉だった。サー姉の本名はサーシャル。僕らより4才年上の18才で、僕たちに回復魔法を教えてくれた人だ。
「で、ですがレンさん。私に出来るのはこれくらいしか......」
なぜか年下である僕らを「さん」付けで呼び、誰に対しても敬語だ。
「そんなことないわ、サーシャル。来てくれたなら一緒に治療を手伝ってもらえないかしら」
メイは本名を呼び捨てで呼んでいる。が、本人は気にしていないようだ。
サー姉が小走りで近付いて来てユーリスおじさんに回復魔法をかける。サー姉は杖を持っている。
杖や剣などの装飾に用いられている宝石は、ただの飾りではない。
その宝石には魔力を増幅させる力がある。ただの鉄であっても、その力は微量ではあるが存在する。
つまり、このような剣や杖から放った方が威力、効力が増す。使い慣れていて魔力も多いから、メイはサー姉に協力を求めた。
2人がおじさんに魔法をかけ続けている間、僕はずっと考えていた。自分には何が出来るのだろう、と。
ユーリスおじさんは唐突な事態であるのに即座に対応し、戦った。
メイはそのユーリスおじさんを回復させている。
そしてサー姉は、回復以外の魔法は僕たちとほぼ変わらない練度なのにも関わらず、一度は自らが戦いに行くと言ったのだ。
そんなことはさせられない。話から、おそらくガイコツは多数いる。その中で主に遠距離攻撃の魔法しか使えない人が行ったら、囲まれてやられてしまうだろう。
それなら、僕が戦うしかない。
この村をそう簡単に失うことはできない。だって僕は......。
その決意を、隣にいるレンに伝えるため、横を向く。
レンは顎に手を当て、何かを考えているようだった。
「レンも、今自分に何が出来るか考えているの?」
レンはハッとした顔でこっちを見て、
「な、なんで分かったのよ?」
と言った。
「分かるさ。長いこと一緒にいたんだし、僕も同じことを考えていたからね」
「そう......。で、答えは出たの?」
「うん。僕がやる。それが、あの村と、みんなへの恩返しなんだ」
レンは目を見開き、驚いたようだったが、すぐに目を閉じ、真剣な眼差しに変わった。
「当然、あたしも行くわ。カルムだけ行かせることなんて出来ない」
レンは僕のことを心配してくれている。僕も1人で行こうとは思っていなかった。すごく反対されたら無理矢理につれていくことは出来ないが、今まで一緒に鍛えてきた友達がいればどれだけ心強いことか。
「ありがとう。レン」
このやり取りを終えた直後、回復魔法をかけていたメイが立ち上がり、こっちに振り向いた。
「もちろん、私も戦うわ。あの村に恩があるのはあなただけじゃないから」
「でも、メイは回復を......」
「回復なら、私よりずっと優秀なサーシャルがいるわ。お願いできる?」
と、サー姉に聞く。
「はい! 大丈夫です。任せてください!」
サー姉は確かな声でそう答えた。
「決まりね。2人より3人の方が問題も早く解決するでしょう?」
「......分かった。ありがとう、メイ」
「ユーリスおじさん。僕たちが行ってくるよ」
3人で戦いに行くことをおじさんに伝えた。始めは驚いたような顔をしたが、やがていつも通りになり、こう言った。
「お前達がそう言うことは分かっていた。頼んだぞ」
僕らは深く頷いた。僕らの考えていることなんて、ユーリスおじさんには全てお見通しのようだ。
「しかし、お前達。武器はどうするのだ」
「「「あっ......」」」
そして、僕ら3人が気付かなかったことも。
「ここには俺が持って来た木剣がある。だが、1本だけだ。耐久力も心許ないぞ」
僕は咄嗟に考え、答える。
「誰か1人がその剣を持って、家まで行く。そしたら家には僕らが使ってた木剣があるはずだから、それに持ち変える。あとはそれで戦えばいいんじゃないかな?」
2人もその考えに納得してくれる。
「おい、お前ら。家に木剣があんのは確かなんだな?」
声を発したのはバライスおじさんだった。
「うん。それぞれの部屋に置いてあるはずだけど......それがどうかした?」
「なら好都合だ。採ってきてくれた岩をくれ」
そう言われ、採った岩の存在を思い出した。足元に落ちていた麻袋を拾い、バライスおじさんに渡す。おじさんは袋のなかから岩を取り出し、それを適度に太い木の枝に巻き付けた。
「こいつで木剣の柄と刀身の間にある丸い飾りを叩き割れ」
「? わ、分かったよ」
そう言われて、小さなハンマーのようなものを受け取る。
「じゃあ、こいつ《古い木剣》は家までの道で誰が持つんだ」
「もちろん僕が」
「当然、あたしが」
「私がやるわ」
「ったく......お前らは奢り合う同僚かっての」
言葉の意味は分からなかったが、ユーリスおじさんが騎士の頃の実体験だろうか。
「今回ばかりは俺が決める。カルム、こいつを持て。2人は家まではこいつを魔法で守れ」
一瞬、合点が行かなかった様子の2人だったが、すぐに頷いた。
「魔法の使い方は忘れてないだろうな?」
「えぇ。出したい魔法を思い浮かべて、投げ飛ばすんでしょ?」
レンらしいと言えばレンらしいが、そうやるように習っている。実際はもっと難しいらしいが。
「あぁ。 ......お前達、村を頼んだぞ」
僕らはユーリスおじさんに頷き、3人で目を合わせて走り出した。
救うべき村に。
村から森までは、歩けば20分かかる。しかし、走ればその半分で着くことが可能だ。
走りはじめて10分と少し、遠くに見えた村を見て、唖然としてしまった。
それはどうやら僕だけではなく、他の2人も同じようだ。
荒らされている道や畑。ところどころ壊れている家、舞台。
ガイコツ自体は見えなかったが、ソレが村をめちゃくちゃにしたのは容易に想像できた。
「なに......これ......」
という声が、聞こえた。誰の口から発せられた言葉なのかわからない。あるいは自分からかもしれない。
しかし、ここで止まるわけにはいかない。
「......行こう!」
村の中まで走っていく。
村に入ってすぐにはガイコツは見えなかった。このままなら家までは出会わずに済む、と思った時に「ソレ」は姿を現した。
家にたどり着くまでの最後の曲がり角を曲がる。そこに見えたのは同じように壊されている家々。そして、人型の白いものがあった。
ソレは、僕らに背を向けていたが、立ち止まるときに聞こえたであろう、「じゃりっ」という音でこっちに振り向いてしまった。
これが村の人が言っていた、ガイコツ。
絵本で出てきた悪役通りの、人骨。手には、手入れを全くしていないようなぼろぼろの鉄剣を持っている。
その暗闇に満ちた目を見た瞬間、とたんに体が動かなくなってしまった。
ガイコツは一歩、また一歩と近づいてくる。動かそうとしても動かない、口を開こうにも開けない僕の前まで。
僕から2メートルほど離れた位置で、ガイコツは手にした剣を振り上げる。
そこでようやく、硬直から解放された。
「っ......。やああああっ!」
動けるようになった瞬間に、ガイコツの剣を受け止めるべく手に持った木剣を思い切り振り上げた。
真上から垂直に下りてくる鉄剣に対し、僕が額の上で構えた木剣。
2本の剣は、当たった瞬間に━━。
鉄剣が木剣に刺さり、動かなくなった。
「え?」
ガイコツの剣が、木剣に深々と刺さっていた。
僕は剣を押し返すつもりで木剣に力を入れたから、その力で突き刺さったこともあり、びくとも動かなかった。
このままではまずい。そう感じた僕は、もう一度腕に力を入れ鉄剣を押し返そうとする。
しかし、ただ押されるだけのガイコツではなかった。動いてる原理は未だわからないが、さっきより強い力で押しているのは明確だ。
「うっ......」
向こうの力が強すぎるのか、僕が全力で押し切れていないのか。完全に僕が負けていた。
木剣ももうすぐ断ち切れてしまう、そうなったとき、後ろから声が聞こえた。
「カルム! 避けて!」
叫ぶレンの声が聞こえた。振り返ると火の玉を手から生成させたレンとメイが今にも投げつけんとばかりに構えていた。
「えーい!」
「はっ!」
というか、すでに投げていた。
「えっちょ、あぶ、うわっ!」
あまりに唐突で、咄嗟にどうすべきかわからなくなった僕は、木剣を離して、左側に倒れるようにして避けた。
そして顔を上げると、火の玉はガイコツの中心、胸の位置に当たっていたようで、ガイコツは炎をあげて燃えていた。
灰になって消えるまでただ呆然とガイコツを見ていた。
「カルム、早く家に入りましょう。おそらく、というか絶対に敵はこいつだけではないわ。こいつらが魔法で作られている以上、作り出した本人だっているはず。追手が来てしまう前に戦う用意をしないと」
そんなメイの言葉に、引っ掛かるところがあった。
「なんでこいつが魔法で出来てるって分かったの?」
「家に行くまでの間に説明するわ。あと少し、急ぎましょう」
家まで走っていく時、メイはこう言っていた。
「人は誰しも魔力を宿している。それが肉体を全て失い、骨だけになってしまえば宿していた魔力は無くなってしまう。それなのにあいつらから感じた魔力は普通の人よりわずかに少ないだけのものだった。
であれば、大元が魔力で作られているって予想したのよ」
この説明には納得した。メイは他人より敏感に魔力に対して反応できる。そんなメイが言うのなら間違いない。
「ってことは、あれは本当の人の骨じゃないってことよね?」
レンがそう言った。
「えぇ、そうよ」
「じゃあ、倒すときに躊躇とかしなくてもいい訳ね?」
「そういうことになるわ。......あら? レンはそんなに戦闘狂だったかしら」
「ち、違うわよ! もう、なんであんたはこんなところでもあたしをからかうのよ!?」
「ふふっ。ごめんなさいね」
「全部倒したあと、リンゴのパイ作ってくれなきゃ許さないわ!」
そんな戦場とは思えない会話を聞いている間に、家についた。
家の状態は、もう目も当てられなくなってしまうほどであった。
窓は割られ、家の外側に剣で引っ掛かれたような無数の傷跡があった。
物心がついてから今まで、少なくとも10年は、ずっとこの家に帰ってきていた。
みんなと過ごしたこの家が、こうもあっさりと
ガイコツを作り出したであろう災いの元凶に、更なる怒りを覚える。
他の2人も、やはり同じように家を眺めていた。
それでも僕は......。
「入ろう。ドアが開いていないってことは、中にいることもないはずだ。早いうちに僕らの剣を取ってこよう!」
悲しいのは、辛いのは、僕だって同じだ。
でもここで、ここまで来て何もしなければ、何も変わらない。
家のドアに手をかけ、開ける。
僕の言葉で未練を断ち切ってくれたようである2人も、続いて入ってくる。
家の中はほぼ変わっていない。
大丈夫。何もいないさ。
「自分の木剣を見つけたら急いでテーブルに来て!」
そういって僕らは、それぞれの部屋に駆け込む。
みんなが自分の木剣を取ってテーブルに集まるまで、30秒とてかからなかった。
「なんで、3本の剣を集めたのよ?」
レンが聞いてくる。
「それは......僕にもわからない。でも、このバライスおじさんのこのハンマーがすぐに答えを教えてくれるさ」
そう言い、僕は自分の剣の刀身を抑える。
中心の飾りを叩き割れ......。その言葉を思い出し、ハンマーを高く上げ、振り下ろす。
「えいっ!」
バリン!と、刀身と同じ木で出来ている丸い飾りが粉々になり飛び散る。
何が変わったのか......。残った割れた破片を払い落とし、刀身を見ると......。
少しだけ銀色の光が見えた。
ハッとして、すぐに柄を握り、動くようになった刀身から抜き出してみると......。
「こ、これって......」
姿を現したのは、銀に輝く、一振りの
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