第6話 村の老騎士

「帰ったぞ」


 家にユーリスおじさんが帰ってきたのはレンがメイを認めた直後だった。ドアを入ればすぐ見える机を挟んで座る僕とレン、その他に僕の隣に座っている白い髪の女の子を見て何を感じただろうか?


 この村はもともと子供が少ない。数えるならば両手の指では少し足りないくらいだ。ゆえに村の人は全員の子供の顔と名前を覚えられる。それはもちろんユーリスおじさんも覚えている。となると家にいる見覚えのない子供をおかしいと思うのは必然だろう。


 僕らが「おかえり」という前に、ユーリスおじさんの視線がメイに留まる。その時、村の他のみんなのように、例えばバライスおじさんのように驚いて問われると思った。


 しかしバライスおじさんと同じくらいの年齢であるユーリスおじさんは、冷静な声でこう言った。

「その子供は誰だ。見覚えがない」


 そう言われて、今日何度目になるかわからない説明をもう一回した。


「ふむ、なるほど。記憶のない子供か」

 定位置に座って説明を聞いた後もユーリスおじさんは冷静である。

「それで、メイスィア、と言ったか。お前はこれからどうするつもりだ?」

 そうだ。僕はこのことを相談するために戻ってきたんだ。


「おじさん!その事なんだけど、記憶が戻るまでここ村で僕たちと一緒に暮らせないかな?」

 こうして、村に入って30分、ようやく要件を伝えることが出来た。


「この村に住ませたい、と?」

 ユーリスおじさんが確認するように聞いてきた。

「うん!行くあてもないみたいだし、村の人さえ良ければって思ったんだけど……」

 やはり難しいだろうか。急に村に連れてきて、住ませるなんて……。

 自分で言いながら、もしかしたら無理かもしれないと考えてしまう。


 すると、メイが口を開いた。

「私からもお願いしたい。私が言うのもおかしいと思うけど、この村にいたら何かを思い出せるかもしれない。それに、少し話しただけでわかった。この村の人たちはみんな優しい。だから、少しだけでもいい。この村にいたい」


 さらに、レンも、

「お願い!じいちゃん!メイをここにいさせてあげて!」

 と言った。


 少しだけ間が空いて、ユーリスおじさんが言った。

「いいだろう。この村に住め。村の者には俺から伝えておく」


 そうして、村の住人もとい子供が1人増えた。



 私がこの村に住み始めてからもう数日経つ。ユーリスという老人は家でゆっくりしているといい、と言ってくれたがカルムやレンが家の手伝いをしているのを見ていると、やはり自分だけのんきにゆったりしていることは無いと思い、ユーリスにこう言った。

「私にもなにか出来ることはない?」

「メイか、そうだな。

……しかし、何かしてもらう前に1つだけしてもらいたい事がある」


 そう言って連れてこられたのは1軒の民家、の外見の書物庫だった。

「お前はまだこの世界について思い出せていない事があるのではないか?ここで歴史書を読んでいてくれ。生きていく上での最低限の知識だ」

 そう言われて渡されたのは50ページほどしかない薄めの本。

「歴史書…?家にある小説よりも薄いと思うのだけれど。私が忘れた世界の歴史はこんなもので伝え切れるようなものなの?」

「こんなもの、か。まあ確かにそれだけでこの世の歴史すべてが分かる訳では無い。最低限の知識だと言っただろう」

 しまった。少し早とちりしてしまった。

「あら…そうだったわね」


 そして私はその歴史書を読み始めた。私が書物庫に連れてこられたのは正午ごろ、いつもの速度で読んでいたら多分1時間もかからなかっただろうが一文字いちもじを吟味して読んだため、読み終わり家の外に出た時はもう、日は沈みかかり空は紅かった。歴史書を読んで思い出せたことは無かった。

しかし、新たに思ったことはある。


 私がいたのが、「光側」で良かった────。

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