第2話 梅の木に吊るされた死体
「一体誰がこんなことを?」
斎藤君の問に俺は少し考えた後、淡々と応えた。
「……おそらくだが、犯人は新撰組の内部にいるな」
「何故そう思う」
「昨日は芹沢先生と平山先生の葬式だった。人の出入りが激しかったから、外部犯の可能性がないとはいえない。だがな、お梅さんの亡骸が此処にあることを知っているのは、新撰組隊士だけだぜ」
俺の言葉に、斎藤君はしばし考え込んだ後、納得したように頷いた。
「亡骸を取り返すことはできないのか?」
「……わからん。調べてはみるがねぇ」
せめて芹沢のそばに埋葬してやりたいと俺は思っていた。
新撰組が梅を悪女と言おうとも、あの二人が純粋に愛し合っていたのを、俺は知っていたからだ。
それは斎藤君も同じだったのだろう。
「頼む。これではあまりにかわいそうだ。俺はこのことを山南先生に報告しておく」
「頼んだ」
「お梅さんの死体が盗まれた?」
斎藤の報告を聞いた山南は心底驚いた表情を浮かべた。
「一体何故……どうやって……誰が?」
「わかりません。今朝方、お梅さんの弔いの準備をしようとしたところ、死体がなくなっているのを確認しました」
山南はしばし考え込むような仕草を見せた後、斎藤に訪ねた
「このことを知っているのは?」
「俺と尾形副長助勤のみです」
「……わかりました。尾形君にはこのことを内密にしておくように伝えておいてください」
「かしこまりました」
山南の言葉に、淡々とした口調で斎藤は応えた。
それにしても仲が良いものだと、山南は思った。
「随分と仲がよい友人ですね」
「……こちらに来て、暫くの間一緒に暮らしていたので、他の者より気心がしれているだけです
それでは俺は巡察があるので、これで失礼します。」
そう言うと斎藤は山南の目の前から立ち去った。
「誰が……何のために一体……調べてみるか」
新撰組が公式にお梅の亡骸を探すことはなかった。
だが、事件は動き出す。
文久三年九月二十六日・北野天満宮
「ぎゃあああああああああ」
参拝者の悲鳴が響き渡った。
天満宮一の梅の巨木に、浅葱色の小袖をまとい、首がない死体が吊るされていたからだ。
その様は、妖怪・小袖の手を思わせた。
俺と斎藤君は、同じ副長助勤・原田左之助から話を聞いて現場に急行した。
死体を見せてほしいと奉行所に頼み込み、俺は亡骸を確認した後、天を仰いでしまった。
どういうことだ。これは。
「何かわかったか?」
「奉行所の検死が終わったら、この亡骸なんだが俺名義で引き取ってくれ……この亡骸、新撰組から盗まれたお梅さんのものだ」
「なんだと?」
「……傷口、生前の身体の特徴から考えて、間違いない。だがなんで首だけだ?……」
俺は奉行所からお梅さんの亡骸を引き取り、知り合いの寺の住職に読経を頼んだ。
死してなお、くだらない権力争いに巻き込まれているお梅さんが、哀れだと思ったからだ。
読経が終わり、亡骸を墓に納めた後、俺は一人墓の前でその墓を見つめていた。
手元には黒壇で作られた数珠がある。
俺は墓に向かって話しかけた。
「すまないな。芹沢と一緒に眠りたかったろうに……」
武家の争いに一般人を巻き込むことは、俺が一番嫌いなことだ。
それは、隠密・土蜘蛛としても新撰組副長助勤・尾形俊太郎としても変わっていない。
だからこそ、新撰組副長助勤の俺は、昼行灯と渾名されるほど剣ができない男を演じていた。無駄に人を殺さないようにするために。
「アンタの首は見つけてやるから、少し待っていてくれ」
お梅を殺した犯人と、亡骸を盗んだ犯人、首を切り梅の木に吊るした犯人はおそらく同一人物
まあ、共犯はいる可能性があるが……
考えていたときだった。
斎藤君とともに、山南副長が花を手にして、こちらにやってきた。
「尾形君……君のお知り合いの墓はこちらですか」
山南の問に、尾形は静かに頷いた。
言外に、この墓がお梅さんの墓であることを確認したかったのだろう。
「手を合わせてもよろしいでしょうか」
「どうぞ」
山南は斎藤とともに墓の前に手を合わせた。その様子を見ながら、尾形は周りに意識を向け、盛大ににため息をつき、斎藤に視線を向けた,
斎藤も周りの様子に気づいたのだろう。盛大にため息を付き、一言、つぶやいた。
「無粋だな」
「そうだね。どうする?」
「片付けてくるか。俊さん、どうせ俺しかいない。手加減しなくていいぜ」
「そうだな」
「山南さんを頼む。俺はあっち側行く」
そう言うと斎藤は己が来た方向へ向かっていった。
敵は5人。
この人数は、尾形にとっては肩慣らしにもならない。
彼は小太刀を抜くと、賊を右手のみで一刀両断で斬り殺した。次の瞬間、反対側から襲い掛かってきた族に対しても尾形は、左手で小太刀を抜くと、一撃で首を刎ねた。
山南に襲いかかろうとした賊の心臓を右の小太刀で一突にして殺した。
山南は尾形の太刀筋にぎょっとした表情を浮かべた。
小太刀二刀流。
「失せろ」
尾形が短くそう言うと、あっというまに賊は消え去った。
「そっちは終わったか。斎藤君」
「ああ」
「早いな」
姿を表した斎藤君に俺は笑った。
「何故、殺したのですか?」
新撰組の原則は捕縛である。俺の今回の行動はその原則から逸脱している。
「武士ならば、刀を抜いた意味を理解していると思いましてね」
俺の言葉に斎藤君も頷いた。
「なるほど。妥当な判断ですね」
「どーも」
「ところで、君が奉行所から引き取った亡骸はお梅さんに間違いないのですか?」
山南の問に俺は応えた。
「死亡時期、亡骸に残された傷跡、生前の体の特徴からほぼ、お梅さんに間違いないと判断しましたが何か?」
「いえ。君の観察力に驚いていただけです」
ニコリと笑う山南に、正直俺は思った。やりづらい。
「用がありますので、俺は此処で失礼します」
無礼にならないよう、俺は山南さんから離れ、ある場所へ向かった。
離れる尾形の背を見送りながら、山南はポツリと呟いた。
「尾形くんは、非常に興味深い男ですね。彼は何者何でしょうか」
尾形の正体をしっている斎藤は山南の問いに答えず、笑うだけだった。
隠密・土蜘蛛伝 小袖の手 瀬古刀桜 @tubaki828
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