第4話
「ふふ、勇者様♪」「ふふ、勇者様♪」
「え、え、え……」
転生者の男は、自分の叡智を駆使しても理解できない事態に陥っていた。
あの時――まだ太陽が天高く昇っていた時に遠くのアジトに強行突入し、研究所から救出に成功した時、彼の体に柔らかい胸を当てながら優しく微笑む古代の王女の複製の数は1人だけだった。それだけでも、美しく可愛く、そして艶やかな彼女の価値は何億円、何兆円にも匹敵しそうなほどであった。そう、1人しかいないはずだったのだ。
それなのに、どうして何の前触れもなく、王女と全く同じ姿形をした美女が反対側にも現れ、微笑みを見せ続けるのだろうか。勿論あの美貌が2つ並ぶと言う事はとても嬉しかったのだが、それ以上にあまりにも唐突な事態に男はなかなか状況を把握できず、混乱の思いのほうが強くなってしまったのである。
「ま、ま、待った!ちょっと待ってくれ!!」
「ん……どうしました?」「ん……どうしました?」
しかも、どちらの『王女』も喋るタイミングから体の動きに合わせた胸の揺れ方まで寸分違わず、念のため魔法の力を使って体の構造などを確かめてみても、双方とも本物の彼女であるという結論しか出なかった。こうなれば、嫌われても彼女本人にこうなった理由を聞くしかない、と覚悟を決めた彼は、またも宝石を出そうとした2人の彼女を中断させ、どうして突然2人に増えたのか、と尋ねた。だが――。
「うーん……何故でしょう?私は分かりません……」
「うーん……何故でしょう?私も分かりません……」
「へ……!?」
――彼女たち本人ですらその理由に全く思いあたるものがないどころか、まるで元から自分が2人も存在したかのように振る舞い始めたのである。そして、2人のビキニアーマーの美女は相変わらず混乱する彼に対して次第に優勢になり始めた。
「そんな事より、また宝石を創りました♪どうぞ、受け取ってください♪」
「私もまた宝石を創りました♪どうぞ、受け取ってください♪」
「あ、ありがとう……」
それでも、男は何とか気持ちを切り替え、この不思議な事態を受け入れる事にした。一切伏線もなく、あまりに急な展開でも、5000兆円分の価値を次々に自分に授けてくれる絶世の美女が2人も傍にいるというのは天国以外の何物でも無い。もっとこの状況を楽しまないと損だ――そう考え、嬉しそうに体を摺り寄せてくるビキニアーマーの王女2人に鼻の下を伸ばしながらいやらしい笑みをつい零してしまった時だった。
「「また宝石が出来上がっちゃいました、勇者様♪」」
「おぉ、ありがと……え!?」
「「「「あれ、どうしたのですか?」」」」
先程以上に彼は驚きの表情を王女たちに見せてしまった。当然だろう、2人に増えたと思ったら、あっと言う間に更に新たな2人の王女が、ごく自然に彼を取り囲む輪に加わっていたのだから。とは言え、すぐ彼は何とか表情を取り繕い、驚いたのは宝石の美しさにびっくりしたからだ、と誤魔化し、不思議がる4人のビキニアーマーの美女を宥めた。また同時に、この事態に少しづつ恐怖のような感情を覚え始めた自分自身も誤魔化そうとしたのである。
「「「「ふふ、勇者様、大好きです♪」」」」
「あぁ、俺も大好きだよ、王女様……ぐふふふ……♪」
こうやって四方八方からあの柔らかい胸を押し付けられるという思いもよらぬ幸せな副作用を得る事が出来たからだ。
ところが、それだけでは終わらなかった。彼に体をすり寄りながら次々に嬉しさの証として美しい宝石を創造する王女様の笑顔や興奮具合が増すのと比例するように――。
「「「「勇者様、また宝石が出来ましたよ♪」」」」
「「「「「「勇者様、私の嬉しさの印です♪」」」」」」
「「「「「「「「「「「「勇者様、受け取ってください♪」」」」」」」」」」」」
「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「勇者様♪♪♪」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」
「ひ、ひいいいい!?」
――その数を次々に増やしていったのである。
あっと言う間に部屋の中は、美しい美女の体でぎっしりと埋め尽くされてしまった。男の視界は、右側も左側も、ビキニアーマーから露出する美しい肌やたわわに揺れる胸で覆われてしまったのである。しかも彼の目の前で、更に王女の数は増していった。既に入浴済みのはずの浴槽の方向からも、この部屋に続く幾つかの扉からも、嬉しそうな笑顔も同じ美女が次々にその広大な肉の海に加わり続けたのだ。
男の夢である大ハーレムとは言え、幾らなんでもここまで増えまくられてしまうと自分の精神の限度を超えてしまう。嬉しすぎるのも逆に体の毒、このままではとてつもない快楽と宝石の前に押しつぶされてしまうかもしれない――男の心の中に沸いた恐怖は、時が経ち王女が増える中でどんどん膨れ上がっていった。そして、とうとう彼は大声で叫んだ。頼むから少し待ってくれ、宝石も後で良いからこれ以上増えるのはやめてくれないか、と。
だが、一瞬沈黙した彼女たちを見て、自分の叫びを理解してくれたと安堵した彼は甘かった。幸福に包まれ、彼に宝石を授けることができる嬉しさで頭がいっぱいになっていた王女たちには、すでに説得は通じなかったのである。
「「「「「「「「「「「「どうしてですか、勇者様?」」」」」」」」」」」」
「「「「「「「「「「「「「「「「あれほど喜んでいたではないですか♪」」」」」」」」」」」」」」」」
「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「さあ、どんどん受け取ってください♪」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」
そして、次々に増える美女の大群は数十、数百人を超え、あっと言う間に古城の中はビキニアーマーの美女でぎっしりと覆いつくされてしまったのである。もうやめろ、と言う悲鳴のような彼の声も、どこまでも響く王女の宝石のような声の大合唱の中にかき消され、次々に彼の元にはあの柔らかい胸や輝かしい宝石が押し寄せてきた。最早5000兆円貯めるという事態ではない事をようやく実感した彼は、苦渋の決断を迫られることになった。彼女を魔法で一気に消し去ることは正直言って忍びないし、何より光り輝く宝石が勿体ない。そうなればやるべきことはたった1つ――。
「「「「「「「「「「「「「「「「「勇者様ー♪」」」」」」」」」」」」」」」」」
「うわあああああ……はあああっ!!」
――王女の大群に押し潰される前に、自分がこの場所から瞬間移動で脱出する事だけであった。
「はぁ……はぁ……何だよあれ……」
彼が何とか逃げ延びたのは、あの古城から少し離れた場所、結界に覆われた自分の本拠地の端に広がる丘だった。背後には宝石の輝きが次々に漏れる石造りの建物が聳え立っていたが、彼はそちらの方向を少し見ただけですぐに目を反らした。
そして、恐怖が収まってきたのと同時に彼の心にはふつふつと怒りが込み上げてきた。確かにあれだけ王女が増えに増えれば5000兆円は十分稼げそうなものだが、だからと言ってあれでは快楽どころか途轍もない大量地獄に呑み込まれるだけではないか、と。
「……畜生……畜生!あのデマ女神め!!この俺を騙しやがったな!!」
王女とは真逆、貧乳で幼げな顔を見せるあの姿が、今の彼には憎らしくて仕方なかった。次にもし会う機会があったら思いっきり罵詈雑言をぶん投げてやる――そう怒りを見せながら現実逃避を続けていた彼であったが、最早『王女』の姿をした大量の現実から逃げる事はできなかった。存分に喚き、息切れした男の耳元に、聞き覚えのあるあの可愛さと美しさを兼ね備えたような声が聞こえてきたからである。その瞬間、顔を青ざめた彼は見てしまった。古城を覆いつくしていたはずのビキニアーマーの美女が――。
「「「勇者様♪」」」
――ここにも現れてしまった光景を。
しかも、その数は数名、十数名だけでは済まなかった。暗い夜の帳を照らすほどの眩しさを誇る宝石を握りながら笑顔を見せる彼女は、次から次へとその姿を輝かせながら増え続けたのである。全員ともビキニアーマー越しにたわわな胸の谷間を見せ、満面の笑みと感謝の気持ちを込めた言葉を口々に話しながら、恩人である『勇者様』に迫ってきたのである。
そして男が気付いた時――。
「勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」勇者様♪」…
――彼の周りは、何千人ものビキニアーマーの『王女』に覆われていた!
「うわああああああああああ!!!」
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