第3話

 10年もの無駄な苦労がわずか数時間で一気に報われた1日も、終わりが近づいてきた。転生者の男が強力な魔法で作り出した本拠地にも夜の帳が降り、あたりはすっかり暗闇に包まれていた。

 そんな外の世界とは対照的に、男が暮らす小さな城の中は魔法の灯が明るく照らし、まるで彼の心を具現化するかのように輝き続けていた。ふかふかの椅子にもたれかけながら今か今かと待っていた彼の元に、お楽しみの存在が明るい笑顔と共に現れた。


「お待たせしました♪」

「おぉ……!」


 彼の視界に映ったのは、元の世界の価値で何億、いや何兆円にも匹敵しそうなほどの湯上りの美女の姿だった。生まれてからずっと暗く狭い研究所の中で暮らしてきたであろう哀れな実験動物の面影は一切なく、健康的な色を見せる肌や動くたびに揺れる大きな胸を嬉しそうに揺らす、好奇心旺盛さを見せる絶世の存在がそこにあったのである。そして、彼がこっそり彼女に着替えとして用意した、胸の谷間や滑らかな腰、そしてむっちりとした太腿を思う存分見せつける、所謂『ビキニアーマー』と呼ばれる露出度の高い衣装が、よりこの美女の美しさを際立たせていた。確かにこの艶やかさは、古代にこの世界にいたという不思議な種族の王女が蘇った姿にふさわしい、と男は勝手に納得した。


 とは言え、折角警戒心を解いてくれたのにここで変な欲望を見せてしまうと嫌われてしまう。男は慌てて紳士的な素振りに戻り、お風呂の心地はどうだったか尋ねた。答えの代わりに戻ってきたのは、彼をどこまでも尊敬することを示すような満面の笑みだった。


「こんなに『お湯』が気持ち良いものだったなんて……知りませんでした」

「そうかそうか……ふふ、もう心配ないぜ。君はいつでもこの気持ち良いお風呂に浸かる事ができる。俺と一緒にいる限り、な」

「本当ですか……ありがとうございます!」



 相変わらず嬉しそうな微笑みを見せ続ける王女であったが、そんな彼女の変化に彼は気づき始めた。あの時――研究室の中で非道な研究をしていた連中をなぎ倒し、『5000兆円』を手に入れるために救出した時の彼女は、見た目こそ全く同じであったが言葉がたどたどしく、幼げな雰囲気があった。だが、この場所にたどり着いて以降、急に流暢な喋り方になり、表情も少しづつ大人の女性のように変わり始めてきたのである。



「……そう言えば、少し見ない間に雰囲気が変わったんじゃないか?」

「そうですか?私はあまり感じないですが……」

「……悪い悪い、俺の勘違いかもしれない」



 あまりその旨を追求しすぎるのもまた警戒心を生み出してしまう要因になってしまう、と考えた彼は、これ以上追及するのを止め、しばらく彼女との幸せな時間を堪能する事にした。


「……ふふ……」

「どうしました?」

「……いや、何でもないさ……」


 彼の心の中は、まさに満ち足りていた。当然『5000兆円』という欲望こそまだ心の中にしっかりと息づいていたのだが、それに加えて絶世の美女、しかもその艶やかな肌を存分に露出しても全く恥ずかしがる事無く、むしろ助けてくれた上にちゃんとした衣装まで用意してくれたことに感謝をしてくれる『王女』の生まれ変わりを侍らせる事ができるという嬉しさが、彼が持つ欲の心をたっぷりと癒してくれたのである。それはまさに、彼の本当の故郷である元の世界で何度も見た、たっぷりと金を入れた浴槽の中で美女を侍らせるという大金持ちのイメージそのものだった。


 無言で共に肩を並べ、暖かな家の中で最高の時間を過ごしていた時、そっと王女が彼に感謝の言葉を語りかけてきた。何度聞いても聞き応えの良い、最高の声色と共に。


「私を助けてくれた事、本当に感謝いたします……」


 そして、彼女は男を『勇者様』と尊敬を込めて呼んだ後、そっとその美しい手を男の大きな掌に乗せた。突然の行動に一瞬顔を真っ赤にした彼であったが、直後にその中で置き始めた異変に気が付いた。いよいよその時が来た、とつい興奮しつつも、念のため彼は驚きの表情を見せながら彼女に尋ねた。一体手の中で何が起こっているのか、と。



「……あの時、貴方――いえ、勇者様は、私を『王女』と呼んでくれました。その時に、私は思い出し始めたのです」

「思い出す……何をだ?」

「私が為すべき事、助けてくれた貴方への恩返しを……ほんの僅かな力ですが、勇者様にこれを授けます……」



 そして、そっと王女の手が離れた時、彼の掌に現れたのは、どんな灯よりも明るく夜の家を照らす、今まで一度も見たことがないほど美しい宝石だった。あまりにまぶしく輝くせいで、その詳細な形や色すら肉眼ではっきり見る事ができないほどであったが、彼は間違いなくこれが途轍もない価値があるものである、と確信した。これ1つだけで、元の世界で言う数百、いや数千億円もの評価額が余裕でつくものに間違いない、と。

 当然、彼は喜びの声とともに彼女の柔らかく美しい肌を抱きしめながらお礼を言った。王女にふさわしい柔らかい胸や滑らかな肌、ビキニアーマーの感触、そして突然の行動にもかかわらずうれしそうな笑顔を見せる彼女もまた、その宝石に負けず劣らずの価値がある存在だった。


 とは言え、目標の金額である5000兆円にはまだまだ足りない。例え途轍もない価値があったとしても、本気でその金額を狙うとなるとこの宝石があと数千、数万個は必要になってしまうのである。そして彼は、彼女を怯えさせないよう愛玩動物のように優しく撫でながら、この美しい宝石をもっと出すことは可能か、と尋ねた。


「……ふふ、勇者様なら構いませんよ、幾らでも出してあげます♪」

「ほ、本当か……!?」

「ええ。勇者様のために私の力を見せるって考えますと、私もどんどん嬉しくなってきます♪」


 貴方のためになら、どれだけ出しても惜しくない――まさに彼にとって、これ以上ない言葉であった。

 興奮と喜びで全身を沸騰させ、心臓の鼓動もあっという間に早くなってしまった男に向けて、楽しそうな笑顔を見せる王女は早速新たな宝石を掌の中で創り始めた。その眩しさの中には、間違いなく彼に向けた尊敬の念が込められていた。


「はい、どうぞ。また創っちゃいました♪」

「構わないさ、君がうれしければ、俺だって嬉しいよ……」

「あはは、そんなに喜んでくれるなんて……♪でしたらもっともっと、創りますね♪」


 途轍もない価値を持つであろう宝石をいとも簡単に創り出してしまう王女の力を見ているうち、男はほんの僅かだが恐怖に似た感情を覚え始めた。勿論ビキニアーマーのみをまとうこの美女を嫌う気持ちは全くなかったが、女神ライラから与えられた力を駆使し、散々苦労しながらため続けた財宝に匹敵する価値をここまで呆気なく創造する彼女の力に、一瞬圧倒されてしまったのである。それでも、やがてその心は、満面の笑みを見せ続けながらどんどん宝石を生産する王女の姿の前に消えかけていった。

 これなら間違いなく数日以内に念願の『5000兆円』が手に入り、自分はどの世界の大金持ちよりも遥かに優れた叡知と能力、美女、そして財産を手に入れた、文句なしのチートになる事が出来る――そんな薔薇色の未来に、涙すら浮かべかけた、まさにその時だった。



「……?」



 四度目に宝石を受け取った男は、その時の状況が明らかにおかしい事に気が付いた。

 先程から王女が佇み、嬉しそうに宝石を創り続けているのは自分の右側であり、受け取る掌は自分の右手だけであった。それなのに、どうしてにも王女の美しく滑らかな掌とあの眩く光る数千億円単位の宝石の感触が広がり始めたのだろうか。

 その原因を確かめるべく、左側を振り向いた彼の視界に――。



「ふふ♪」



 ――王女がいた。


 もう一度右側を振り向いた彼の視界にも――。



「ふふ♪」



 ――王女がいた。


 そして、もう一度左右を振り向いた彼の瞳に、美しい笑顔を見せる王女の姿が二度、間違いなく映ったのである。


「ふふふ、勇者様♪」「ふふふ、勇者様♪」



 両耳に入る全く同じ響きを聞いた途端、男はようやく事態に気づき、驚きのあまり立ち上がった。

 一体どうしたのか、と呑気に尋ねる王女を見て、彼は叫んだ……。



「な……な……な、なんで王女が……2人もいるんだ!?」

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