第2話
とある山奥で行われている極秘の研究。その犠牲となり、実験対象にされている1人の美女を救い出す事が出来れば、僅か数日で目標の5000兆円――いや、それ以上の価値を手に入れることができる。女神ライラから授けられた情報を得た転生者の男は、早速行動を開始した。瞬間移動、電撃、猛毒など様々な魔法の力や叡智を駆使し、直接彼らのアジトに乗り込んだのである。
「なんだおめえは……ぐはぁっ!!」
「決まってるだろう、お前たちを倒すために来た者だ!!」
勿論、彼を動かしていたのは『5000兆円』と言うとてつもない欲望であるのは間違いなかったが、それ以上に彼を掻き立てていたのは正義を遂行し続けているという自身への自惚れであった。
女神ライラから授かった情報の通り、このめったに人間が通らない山奥の中には、光り輝く液体が詰まった多数の容器やそれを繋ぐ無数の管、そして魔法で作られた幾つもの灯が光り輝いていた。間違いなく、ここで大規模な実験が秘密裏に行われていた証拠である。しかもその内容は、か弱き女性を痛めつけ、自分たちだけ美しい宝石を無限に得ようと企む、欲望に満ちたものだ。
「ま、まさかこいつ……!!」
「や、やべぇ……ばれちまったようですぜ……!!」
そんな場所の護衛を行っていたであろう魔物や屈強な男たちは、彼の姿を見た途端先ほどまでの威勢をあっという間に失ってしまった。幾多ものダンジョンを誰の手も借りずたった1人で挑み多額の報酬を勝ち得たり、単身様々な盗賊や海賊のアジトに潜入しては彼らの財宝や討伐への謝礼金を次々に手に入れていたこの『転生者』の噂は、彼らの耳にも響いていたのである。勿論、やけくそになって男の体を真っ二つにしようと挑んだ者もいたが――。
「うわあああああああ……がはぁっ……!!」
「ったく……無駄に力使わせるなよ……」
――女神から授けられた力の前に勝てるはずもなく、そのまま物言わぬ肉の塊と化してしまった。
そして、彼はあっという間に山奥にあった秘密の研究室の最深部へとたどり着いた。
そこで何らかの研究を行っていたらしい科学者たちが口々に自分たちの目的、『魔法』を超えた『科学』への信仰心を語っていたが、彼は一切聞く耳を持たなかった。5000兆円分の財宝を貯めるために幾度となく繰り広げてきた戦いの中で、このような詭弁はとっくに聞き飽きていたからである。そして、話しても無駄だと分かった相手が次に何をしでかすか、特にこのような新たな命を生み出す力を持つ連中がどんな形で抗うかは、目に見えていた。
「……はぁ……やっぱりそうなるか……」
それから数分後、科学者たちが送り込んだ異形の生物――秘かに研究し、各国へ売りさばき戦乱をもたらそうとしていたらしい生物兵器は、転生者の男が放った魔法をたった一撃食らっただけで息絶えてしまった。急所を一瞬で見抜き、そこに当てた事も大きいが、それ以上に彼の力は科学者たちが驚愕するほどだったのである。当然、彼らはすぐ失敗作への関心を捨て、男に自分たちに協力をしないか、と申し付けた。金はいくらでも支払う、と言う謳い文句も添えて。
だが、もう男にはそんなはした金など興味なかった。哀れで愚かな科学者たちからの誘いを無視しながら階段を進んでいった先に、一番の目標――彼の助けを求めている存在がいるのだから。その階段に向かうな、そこにいる者は君には危険すぎる、と言う計画のような響きも聞こえたが、女神から授かった無敵の力を得ていた彼には単なる雑音にしか感じなかった。
そして、最期までうるさかった科学者たちの意識を失わせた後、長い階段を下った男が見たものは――。
「……すげえ……」
――つい驚きと感銘の言葉が漏れてしまうほどの1人の美女が、鎖に繋がれて織の中に閉じ込められている光景であった。
ずっと長い間この中に閉じ込められ、そこにやって来た者たちに酷い仕打ちを受けてしまったせいか、(一応)助けに来た彼が近づいてきた途端に美女は怖がり、その場にうずくまってしまった。ただ、その怯える姿もまた、彼にとって非常に魅力的だった。この美女が、かつてこの世界にいたと言う、宝石を生み出す不思議な力を持つ種族の王女の欠片から生み出されたクローンである、という女神ライラからのわかりやすい解説が真実である事に納得しながら。
あの悪の科学者たちに生み出されて以降、ずっと実験対象としてのみ扱われていたことを示すような僅かばかりの布からは、まさに宝石のごとく綺麗な肌が存分に露になっていた。勿論胸も大きく膨らみ、怯える瞳も含め、そのままずっとこの檻の中で愛でてもよい、と一瞬彼は思うほどの美しさだったのである。だが、このまま怖がらせてばかりはいられないと言う事も知っていた。この王女の複製を助ける事が、最大の目標である『5000兆円獲得』への最大にして唯一の近道なのだから。
「……大丈夫だよ、俺は君を助けに来た。虐めたりはしないよ」
「……ほん、とう?いじめない……?」
「勿論さ……俺を信じてくれるなら、少しその場所から離れてくれないか?今からこの檻を壊すから」
「……うん……」
可愛らしい声と共に頷きながらそっと王女が檻の端に移動したのを見た彼は、気合を込めて檻に攻撃魔法を当てた。一応魔法は通じない仕様になっている事を事前に確認はしたが、転生した時に女神から凄まじい力を授かった彼の力には敵わなかったのだ。そして、驚きの表情を見せる王女を助けるべく、男はもう一度優しい言葉をかけながら、その自由を奪っていた鎖を粉砕した。単なる頑丈さのみならず、何らかの魔法の力でこの美女をがんじがらめにしていたようだったが、やはり彼にはそんな障壁など関係なかったのである。
「うごける……うごける!あるける!」
「大丈夫?立てるかい?」
「うん、たてる!!わーい、うごける!!やったー!!」
物理的に魔法的も雁字搦めにされていた足枷がようやく解けた嬉しさに大はしゃぎする美女を、男は様々な思いで見つめていた。まるで子供の用に嬉しそうな彼女への純粋な共感だけではなく、彼女から信頼を勝ち得たことへの優越感、飛び跳ねるたびに揺れ動く彼女のたわわな胸への心、そして5000兆円という大きな欲望が、彼の中に生まれていた。だが確かだったのは、これで今まで以上に明るい未来が待っている、と言う事実だった。
「……よし、ここから逃げ出そう!このままだと、君も危険だ」
「きけん……きけん、こわい……わかった、にげる!」
「分かった、じゃあ俺の体にしがみついてくれ。一気に遠い所へ移動するから」
「しがみつく……うん!」
あの大きな胸に加え、滑らかな肌の感触が服越しに伝わる事への喜びを感じつつ、彼はこの場所から魔法の力で一気に瞬間移動した。勿論行き着く場所は、強力な結界によって何重にも防御され、認められた者以外立ち入ることが許されない彼の本拠地である。
研究所の地下のような暗く狭いどんよりとした空間とは真逆の、どこまでも青く澄んだ空と清らかな水が流れる川、そしてたくさんの緑に包まれた光景に、王女は口を大きく開きながら喜びを存分に溢れさせていた。そして、そんな彼女の顔や胸、腰回りにそっと視線を当てながら、彼はこの空間の中に佇む小さなお城のような家――男が10年もの間暮らし続けていた場所へと案内した。
「ようこそ、王女様。ここが、これから貴方と俺が暮らすことになる場所です」
「おうじょ……王……女……?」
「そう、君は王女。永い眠りから覚めた、凄い力を持つ人なんだよ」
「……王女……様……」
「……ふふ、ゆっくり思い出せば良いさ」
少しだけ、彼女の表情が凛々しくなり始めた事に、男は全く気付かなかった。
今の彼は、能力を使ってこの美女の真実を調べるよりも、ついに長年の苦労が報われようとしていた事への嬉しさを味わう事で忙しかったのである……。
(この美女が……俺に5000兆円をもたらす……やった……やったぞおおお!!!)
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