エピローグ

 目が覚めると、見慣れない天井があった。

 白い、無機質な天井。どこだかは分かる。病院だ。

 少し頭を動かすと、うたた寝をしている母さんの姿が目に入った。

「母、さん……」

 僕が呼びかけると、母さんははっと目を覚ました。

「良かった。本当に、良かった……」

 その目には涙が浮かんでいた。

 その後、僕はさらに数日の検査を経て退院した。

 母さんから話を聞くと、雨の中で気絶している僕を父さんが見つけ、病院に駆け込んでくれたらしい。

 気絶の原因は極度の栄養失調だそうだ。

 歩くのもやっとなほどやつれていたそうだが、僕にはその自覚がない。

 実際あの夜、父さんを突き飛ばし、たつみさんの元へ全力で走っていたのだから。

 母さんと父さんに、どうしてあんなことをしたのか聞かれたけど、たつみさんのことを話しはしなかった。

 説明したところで理解してもらえると思えないし、僕自身どうしてあんなことをしたのか理解できない。

 友人といざこざがあったとだけ説明をすると、多少叱られはしたけど、あまり深くは追求されなかった。

 始業式も終わり、僕が学校に行けるようになった頃には本格的に授業が始まっていた。

 五月の半ばを過ぎた頃には、あの時のことはあまり考えなくなった。

 それでも時折、雨が降るとたつみさんのことを考えてしまう。

 あの人はどうしてあそこにいたのだろう。

 あの場所で何をしていたのだろう。

 今となっては何も分からない。

 いや、あるいはそれで良いのかもしれない。

 たつみさんは言っていた。私のことは忘れて、と。

 分からないのなら、分からないまま忘れさってしまった方がいい。

 たつみさんもそれを望んでいるのだから。

 ……本当にそうだろうか。

 本当はたつみさんも忘れて欲しくなかったんじゃないかと思う。

 僕がたつみさんの期待に応えられなかったばかりに。

 そう思うと少し胸が痛む。

 けど、あの時ほど異常ではない。

 異常、そうあの時の僕はまさに異常だった。

 原因はきっとたつみさんだろう。

 もしも僕があの異常に耐えられていたら、たつみさんはあんな表情しなかったのではないか。

 ここのところずっと、雨は降っていない。

 また深夜に雨が降ったら、たつみさんは来てくれるだろうか。

 そんな期待をしてしまった自分を戒める。

 もはや僕にはたつみさんと会う資格がない。

 もうすぐ梅雨がやってくる。

 誰もが憂鬱になる梅雨の時期が。

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ミッドナイトレインストーリー 水金 化 @spider-lily

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