第5話

 僕は全身ずぶ濡れになってあの場所へ駆けた。

 たつみさんに会える!

 たつみさんに会える!

 ふらつく足を無理やり動かす。

 もうすぐ、もうすぐ会える!

 そしていつもの場所に着くと、たつみさんはいた。

 いつものように、僕のことを待ってくれていた。

「たつみさん!」

「こんばんは、○○」

 たつみさんから声をかけられ、至福を覚える。

 振り向いたたつみさんは哀しそうな顔をしていた。

「どうしたんですか、たつみさん?」

「それは私が聞きたいわ。どうしたの、その格好?」

「なんのことですか?」

「傘は差してない。パジャマのままだし、靴も履いてないじゃないの」

「それがどうかしたんですか?」

 たつみさんの言っている意味が分からない。

 僕の格好が何おかしいだろうか。

 いや、そんなことどうだっていい。

 問題なのはたつみさんが哀しい顔をしていることだ。

 一体、誰がたつみさんにこんな顔をさせたのか。

 許せない。

 今すぐにでもそいつのところへ行ってぶっ殺してやる。

「僕なんかのことはいいです。それより、たつみさんにそんな顔をさせたのは誰ですか?」

「本当に、分からない?」

「わかりません。教えてください!」

「……あなたよ、○○」

「えっ?」

 僕は自分の耳を疑った。

 今、たつみさんが言ったのは僕の名前だったからだ。

 僕が、たつみさんを哀しませた?

 困惑していると、たつみさんはかぶりを振った。

「いいえ、違うわね。悪いのは私。全部私が悪いの」

「そ、そんなことありません! たつみさんは悪くありません!」

 僕は必死に答えた。

 たつみさんが悪いはずがない。

 悪いのは僕だ。僕が死ねばいいんだ。

 たつみさんにこんなことを言わせるなんて、僕はなんて奴だ。

 死ねばいい。殺してやる。僕が僕を殺してやる。

 僕は自分の首に手をかけ、爪を立てた。

「やめて、お願い」

 たつみさんが駆け寄って僕の手を取った。

「お願いだから、私のことは忘れて」

「そんなこと、できるわけないじゃないですか!」

 と、おもむろに足から力が抜けた。

 その場にへたり込んだ僕に合わせ、たつみさんもかがみこむ。

 そんなことしたら、着物が濡れてしまう。

 いや、もう濡れてる。

 傘は、ああ、そうか。駆け寄ってくるときに投げ出したのか。

 不思議と雨に濡れている方が、たつみさんは自然に見えた。

「たつみ、さん」

「ごめんなさい、私のせいで」

「そんな、たつみさんのせいじゃありません。僕が悪いんです。僕が」

 言葉が続かなかった。

 視界がぼやける。

 朦朧とする意識の中で、たつみさんが僕の身体を壁にもたれかけたのが分かった。

「さようなら、○○」

 そう言ってたつみさんが背を向ける。

 追いかけたいのに身体が言う事を聞かない。

 どこかから叫び声が聞こえる。

 誰かを呼んでいる。

 誰の名前だ?

 ああ、そうだ。僕の名前だ。

 僕は気を失った。

 雨が止んでいたかどうかは分からない。

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