だれだっていいかっこしい(下)

「―はっ俺ァいったい何を…」

「なにもしてないから勘違いするなよ不良。」


 それから復帰に随分費やした藤堂。

 気づけば空が茜色の染まりかけていた。

 そして何故か場所は柊の家―では藤堂家の門前。

 理解が追い付かないなか現状を鑑みて一つの推測に至った藤堂は膝から落ちてゆく


「幻術か!?幸せな夢を見ていただけに過ぎないっていうのか!!!???」

「往来でワンワン喚かないでくれるかうっとおしい」


 目の前には先ほどの夢(ではない)に出てきた柊の関係者らしき人物。とっさに 


「お義兄にいちゃん!?」

「」


 あまりの気色悪さに言葉が出ず拳が出た秀樹はおそらく悪くない。

 あと、夢見心地と現実じごくのミキサーにかけられたため一番記憶に残ってるワードが出てきてしまっただけなので藤堂もたぶん…悪くはない。

 まぁ藤堂もきついの一発見舞われたことで夢見心地から完全に冷めたし、秀樹も変態を矯正する感覚で殴ったので罪悪感を感じてないのから無問題モーマンタイである。


 そしてようやくどこまでが夢かを把握した藤堂はその持ち前のけんか腰で食ってかかかった。


「まてや、勉強会はどうなった?柊は…!?」

「おひらきだ」

「ああん!?」

「貴様のせいでお開きになったと言ったんだド阿保!!!!」



 ことは数時間前までさかのぼる―


 柊のギャップ攻撃をうけひん死状態にまでHPヒットポイントが削られた秀樹。

 だがしかし耐えきってしまえばあとはこちらのもの、自尊心やら目の前の敵への優越感やらでもりもりと回復していき柊が帰ってくる頃には平常心を保てるようになっていた。

 ―え、鼻にティッシュが詰まってるって?些事だよ些事。

 一方、見せつけられた藤堂は―未知の刺激に耐え切れず、脳内がオーバーフロウし回路が焼き切れそのまま夢の国へダイブイン!!

 ―いまごろ彼は幸せな家庭生活を送っていることでしょう…VR(脳内)で


 さて、ここで困ったのは藤堂、でも秀樹でもなく―お花を摘みに行っていた柊だ。

 なんせ一緒にお勉強会をやろうと声をかけた相方が、何故かブリキの人形(比喩)になってしまったからだ。

 これでは勉強会の意味がないし、何より臨時で手伝いに来てくれた秀樹に申し訳ない。

 すこし悩んだ末勉強に集中できる空気でもなくなり、そして時間も押してきたのがとどめとなり、ここで今日はお開きにしようと提案を持ち掛けた。


 そしてここで焦ったのが秀樹だ。

 お開きになったこと自体は惜しくはあるが野郎を柊のうちに留め置くこと自体がそもそも嫌なので全然気にしてないというそぶりでその提案に乗った。

 問題はここからだ。

 なんと柊女子、この魂消たまげた状態の藤堂を家まで送っていくというのだ。

 これにはさすがのお兄ちゃんも大反対。

 妹分でもあり初恋の相手でもある少女がいくら腑抜け状態とはいえ同年代の野郎の送り迎えをするなぞたまったものじゃない。

 それこそ世間体的にもどうみられるかわからんし、野郎の親御さんももしかしたら勘違いするかもしれんし、もしくは途中で野郎が送り犬にならないとも限らない。正しい判断だともいえる。

 帰路くらい大丈夫だろうと一人で帰らせようとしたら今度は柊のほうから猛抗議だ。

 そもそも家に招いたのは自分だからその分の責任は持つべきだとかこんな状態で一人で帰らせたら事故にあいそうで危ないとか、それに彼は信頼できる人だから問題ないだとか。

 この女、身内にガード甘すぎである―頭織田信長か?


 ともあれ最後の一つ以外はまぁ筋道通ってるはずなのと将来の頑固さがここで出て平行線になりつつあったところ妥協案として野郎が野郎送り迎えするというむさくるしい展開になったわけである。

 3人で行くという案も出たものの、せめて柊には試験勉強を頑張ってほしいという願いの元(かっこつけるため)秀樹が蹴ったのでそんな世界線なんてなかったのだ。

 そして送り迎えの後も「さすがにこの時間帯だと迷惑になる」だろうということで勉強会後の秀樹'sアフタープランの世界線も同時に泡と消える運命にあった―。


 ―割と綿密(当社比)にアフタープランを組み立てていた秀樹の眼はうっすらにじんでいるような気がするが気のせいである。

 男が泣いていいときは親しい人の冠婚葬祭か全米がまな板とかナキゲーとかそこら辺のときだけである。悔し涙は、流さない―(溜め)!!


以上、回想終了


 藤堂にもわかりやすいことのあらましをやや語尾強めで説明しきった秀樹。

 若干息切れを起こしているものの、今度は殴ることはなかった。偉い。


「―ッそうか、ワリィ早とちりしちまって。それと勉強会のこともすまねぇな。…お前や柊にも迷惑かけちまって」


 とかくある意味では自業自得だと気づいた藤堂は一度両手で頬を打ち鳴らすと先の暴挙と、勉強会での失態をわびた。

 決して対面した瞳に移しだされた幻想けしきに思わず共感と憐憫がさしたから、というわけではないよ!(目そらし)


 そしてその真摯な態度にだいぶ前から平静を立て直した秀樹は少しだけ好感を持った。

 まぁ兄貴分目線として妹が信頼する男が悪い奴ではないと理解していたところに強面の男がここまで真正直に謝罪をしてきたのだ。そりゃ一目置くのも仕方ないことかもしれない。―なおこれを不良と猫ちゃんの釣り橋効果ともいう



「はぁ、過ぎたことだしもういい。それとこれ貸してやる」 


 秀樹自身もクールダウンが終わったところで手提げ袋から数冊の冊子を取り出す。

 手には参考書、柊から現在の学力でも教えてもらったのか思わず流し読みした範囲では藤堂でもわかりやすいタイプの丁寧なつくりのものだった。


「…いいんかこれ…恋敵なのに」

「もとは秋穂に渡すつもりだったが、もう自分で買ったみたいでな。で、うちのバカはまだ勉強する気なさそうだし―その時が来たら直接優希に返してくれ。」


 今恐らくどこかで遊び呆けている弟を思って眉根を寄せながら冊子の入った手さげ袋を前へ付き出す。

 ここで藤堂は生来のあまのじゃく気質が現れ思わずこう返した。


「ハッ俺がこのまま持ち逃げするかもっての思わねぇのかい優等生さん?」

「なに問題ない。この程度なら俺でも教えられるし、…いや待てよ貸し出した参考書が紛失したと言う体で優希をつれて秋穂のところで勉強会を開くのもありかもしれんな。うん多いにアリだ是非貰ってくれ」

「わかったわかった返すよ!こえぇなお前!?」


 だが相手は人生の先達、腕っぷしはもとより頭と話術でも渡り歩いてきた男。

 見栄ととある目的のため精力的に動いていたらなんか前生徒会長になっていた奴である。

 当時は恐怖の生徒会役員+風紀委員なぞと蔑称だか尊称だかわからないあだ名もつけられたこともあったがそれはまたの話で―

 そんな秀樹に成績がよろしくない藤堂が舌戦で勝てるわけがないのである。

 すぐに降参して参考書の入った袋を押し返した。

 今回は全面的に藤堂の完敗だった。

 少しスッキリした様子の秀樹、しかしここでふと口を開いた。


「不良ひとつ聞いていいか?」

「不良じゃねえ藤堂だ…で聞きたいことってなんだよ」

「学校での秋穂の様子を聞きたい…嫌なことされたりとか、陰口言われてたりとかないか?」


 もっと込み入った話題をつかれる思っていた藤堂は拍子抜けしたように話し出した。


「んだそりゃ…あー、すくなくともいじめはねぇな。あれば優希がとっくに気づいてるし、気づいた時点で俺がしばいてやるしな。陰口はわかんねぇや」

「思っていたほど情報量が少なくて聞いて損した。」

「んだとてめぇ!?」

「少なくとも、俺が在学してた頃はそこそこあったよ」

「は?」

「当たり前の話だがな、他人が優れたものを持つのが気にくわないっていう輩はそれなりにいる。秋穂も協調性よりも善し悪しのほう優先する子だ。余計敵をつくって逆恨みされることも多かった。軋轢が深まれば行動に起こすものもいる、茶飯事とまでは行かないがそれなりに耳には入ってきたよ」

「そんな話初耳なんだが…」


 しみじみと昔を思い出し何か嫌な記憶でも掘り起こしたのか苦虫をかみつぶしたような顔で兄は語る。


「自分が苛められてた頃の話なんてわざわざするような性格か?彼女が」

「そりゃそうだがよ…」


 一転何を当たり前なことをと若干勝ち誇ったように秀樹は笑い、対照的に藤堂は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

 なぜなら秀樹の在学中に起こった出来事であるなら、藤堂が秋穂達と知り合ってからの出来事でもある。


 ―さらに当人同士の預かり知らぬところではあるが優希と柊が付き合っているというデマが流行ったお陰で柊に手を出す=優希は弟なので生徒会長公認のカップルに手を出すと同義=なにか粗相したら直々の報復活動があるという大前提が間違っている等式が成り立っていたためさらに強固な防壁を産み出すことに成功していた


 その間慕っていた女の子が影で辛い思いしてることにも気づかず、なにかしらの助けにもなれなかったのは男として恥ずべきだと藤堂は思っていたからだ。

 完膚なきまでの敗北に藤堂の表情はくらい。

 


「まぁ去年の一年間で、生徒会長権限も使ってあらかた潰せたからな。優希がそばにいたらそこまで心配しなかったんだが…」


 さらっと物騒なことを言う目の前の人物に今さら恐怖を感じた藤堂、しかしすかさず彼はつづけた。


「だからこそ、せめて学校にいる間は秋穂の安全を確保してほしいのだよ」


 それは言外に、自分を認めているのだとは受け取った。

 そして秀樹はまた手提げ袋から辞典並みに分厚い参考書を手に取る。


「この参考書はひとまずに預けておく。もし終わったなら優希に直接渡してくれ。秋穂と勉強会をするのもいいが、ある程度基礎ができていないとお互いのためにならん。」

「は、なんだって?」


 まるで参考書の内容ができるまで柊家に来るなという物言いである。

 藤堂もそこがおかしいと思い口を挟もうとしたがその機先を秀樹が制した


「おや、これは難しすぎたかな?仕方ない、ではこれよりも簡単なものを―」

「で、できらぁ!甘く見んじゃねぇぞ!」

 

 売り言葉に買い言葉、挑発されたと思った瞬間にはすでに言葉出ていた。

 その反応を見た秀樹は父親のような慈愛に満ちた顔を浮かべる。―少なくとも藤堂にはそう見えた。

 そしてくるりと踵を返し振り向きざま―


「藤堂、次会うときは、せめてその参考書くらいは履修してから来いよ」

「あ。ああ!こんなの余裕だぜ!」

「ふ、さすがの妹分が信頼しているだけはある。…期待しているよ藤堂


 そういって、秀樹はこれ以上何も語らずそして振り返ることもなく帰路をたどっていく。

 それを見つめる藤堂の胸には期待に応えようとする意志と負けん気の炎がごうごうと燃え盛っていた。







 なおこれは後日の話である。

 意気揚々と勉学に取り組むことにした藤堂だったがあまりこういう缶詰作業には縁がなくすぐに燃料切れを起こした。

 そして冷静になったところでこれが柊との勉強会を阻止するための策だと看破するところまで成功。

 じゃぁ別にやらなくてもいいじゃないと開き直り、すぐに柊にお誘いをかけたのだが―


「ごめん藤堂、秀兄しゅうにいから『これから受験で忙しいのに他人を見てる暇があるか』って言われちゃってね。せめてその参考書が理解できるまでは誘うなって。」


 すでに根回し済みだった。

 さらに末尾のやり取りを若干脚色が入り「これは男同士の約束だ。」などといった覚えのない(そんな雰囲気はあった)さらに熱いやり取りになりズルをすると柊の評価もダダ下がりする仕様に。

 ただでさえなれない勉強明けにさらに追い打ちのごとくかかる秀樹の仕込み。

 藤堂の脳内はもうボドボドだ!


 そこに降り注ぐのは天から導き―


「あ、でもこの参考書がわかりやすいというのは本当よ。私も同じやつ持ってるから。」

「あん?」

「ほら、ここの問題なんだけど―」


 そういって参考書の問題を解説しだす柊。

 最近はご無沙汰だったが以前補修の授業を手伝ってもらったのを思い出し、すこし気持ちが安らいだ。

 それから、休み時間の間だけでも勉強を教えるという形に収まりなんだかんだで少し前に進んだ藤堂なのであった

 

 


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