第2話

「え、今さら自分達がどういう目で見られてるか気づいたんスか?」

「「…うん」」

「つーか、なに?お前らまだ付き合ってなかったのか」

「「だから違うって」」


 異なる二つの問いに、シンクロするように同じ言葉が別の口から吐き出される。

 まさしく同音異口、お前らほんとは付き合ってるだろと揶揄されても仕方ないほどの夫婦漫才っぷりに問いを投げた二人は乾いた笑みしか浮かばない。


 だがしかし、何度も言わせてもらうが、この二人の間には恋愛感情なんて皆無なのである(断言)。


 ではなぜ、恋愛という一側面においてここまで徹底的に冷めているのか。

 -それはとても簡単な帰結だった。




「でもさぁ、それだけ長い間一緒だったんスよね。普通は何かしら思うところはあるんじゃないスか?」


 明るくのりの軽そうな少女が思い浮かべた疑問を口にすると、その近くで待機していた目付きの悪い少年がうんうんと頷く。


 彼ら二人は中学に入ってから交遊ができた口であり、件の二人とは親友であるとは思っていたが、それでも長い間に一緒にいる彼らの仲程ではないと認識していた。


 実際今まで隠しているだけで付き合ってるか好きあってるのどちらかだと思っていたのだ。

 そりゃ幼馴染みで今の今までそれらしい不和もなく(喧嘩はあった)一緒に居続ける姿を見てたら誰だってそう思う。

 その問いかけにたいして、幼馴染みの二人の反応は




「こいつ将来大丈夫かよ、とは思うな。回りにうまく馴染めず孤独死しそう。」

「そういう優希は盛大に無駄遣いとかして借金まみれになってそうね、で海外に売り飛ばされると。」

「ハハッこやついいおるわ。」

「あら?もしかして浪費家としての自覚がないとでも?かわいそうな頭してるのね」

「よし柊、その喧嘩乗った。」

「先に売ったのはそっちでしょうに、でもいいわ。どっちが格上がわからせてあげる。」


 -一応、補足しておくが前半までは互いのことを心配して発せられた言葉だ。

 その後余計な一言が入ってしまうのは、それだけ遠慮の必要ない仲であるから。

 そして両者ともその言葉に反応してしまうのは、哀しいかな、多少なりとも心当たりがあるからだろう。

 実際に彼はいい加減なところが目立つし、彼女は人付き合いを苦手としている。


 二人とも図星を突かれて腹をたてる子供なのであった。年齢的にも精神的にも。


 そしてお互いに相手のことを手のかかる子供か弟妹としか見ていないことが、数ある恋愛感情が芽生えない要因のひとつでもあった。


 とはいえ、犬も食わないし、さらにはしょうもない小競り合いではあるがそれを目の前でやられてはたまったものじゃない。


「落ち着けって、お前らもう中3だろ?なぁ、樋ノ上もそう-」


 不良っぽい見た目をした少年が取りなすために、もう一人の少女-樋ノ上葵ひのえあおいにも援護してもらおうと同意を求めようとする。


 しかし、応答がない。

 何やら樋ノ上女子は真剣な面差しでなにかを考えていた。


「おい、樋ノ…」

「藤堂、一寸こっち。」


 直後樋ノ上はその様子をいぶかしんだ不良少年-藤堂信護とうどうしんごの声を遮り手を取り、そして険悪な雰囲気二人をおいてその場をあとに。


 連れられた藤堂は訳がわからないといった顔でフェードアウトするなか、幼馴染み二人のしょうもない口喧嘩は未だ収まるところを知らないのだった。



 ところかわって先程離脱した二人、樋ノ上と藤堂に視点を移す。


 未だに状況が理解できてない藤堂少年をつれ、樋ノ上は少し離れた人気のない空き教室へと至ったところで足を止めた。

 そして今度は回りを注意深くうかがっている。


 何を慎重になっているのかは当人にしかわからない、が藤堂からしてみればなかなか話を切り出さない樋ノ上に苛立ちを感じていた。


「おい、一体なんだってんだ。」


 そんな怒気のぶっきらぼうな言葉をぶつけても樋ノ上は動じない、単純にそれほど真剣になにかを考えていたのもあるしある程度の慣れも感じさせる。


 何故か?


 この二人、ただの知り合いというわけではないがかといって友人、と表すには些か拙い関係だからだ。


 じゃあなんて関係なんだ?と聞かれればこの二人は恐らくこういうだろう。

 「知人以上友人未満、友達の友達」と。

 

 詳しく言葉で説明しようとすると少々ややこしくなるのだが

 それぞれ柊、相川が個別で個人的に仲良くなった友人であり、その二人を仲介して知り合った仲なのだ。

 -そのきっかけとなったのがそれぞれ異性であるという事実が、さらに事態をややこしく-。


 そんな二人は根本的に反りが会わなかった。

 内面的に相反する性格だからか、それとも出会い方がいけなかったのか。

 とにもかくにも、彼らは互いのことを気を赦すような相手に成れず、かといって友達付き合い上あかの他人にもなれないもどかしさを感じて過ごしてきたのだ、しかして事ここに至っては少女のほうが様子が可笑しい。


 そんな彼女が、未だ怪訝な表情を崩さない藤堂へとかけられた言葉は、彼の予想だにしないものだった。



「藤堂、ここは一つ共同戦線といかない?」



 ところかわって幼馴染み二人が下らない喧嘩を展開する教室まで戻る。

 今も仲良く口論を繰り返し、このまま休憩時間を使い潰すかという勢いだ。

 教室と言うからには他にも生徒がいるはずだが、誰も彼らを止めることはしない。

 下手をうたなくても飛び火することが明らかだからだ。

 で、下手を打つと長い間拘束されることになる、それこそ時間が許すまで。

 はた迷惑な二人である。


 本来ならこうなった時の人身御供スケープゴートがいるのだが、そのうち一組は別のクラス、もう一組は先程どこかへ去っていった。


 こうなればあとは誰かが溝浚いをするか、台風が過ぎるのを待つばかり。

 全員が後者を選んだのは、英断と言えよう。

 「こいつらほんと仲いいな」と全員がため息をはきつつ余り嫌な顔をしないのは、それが日常となっているからであった。

 ご丁寧に、声量もうるさくない範囲でとどめていることも理由の一つ。


 それでも誰もが「夫婦喧嘩は他所でやれ」と内心叫びたがっている頃、ようやく事態は動き始めた。


「やぁやぁ少し落ち着くっス二人とも!」

「お前ら痴話喧嘩はみっともないぞ。」


 どこか芝居じみた声が外野からかけられる。

 その主の正体は先程離脱した生贄ともだちの二人だ。


 その無謀なる背にあるものは合掌、またあるものは小さく敬礼してその行為を称える。-もちろん悪ふざけ以外の何者でもない。


 -要は誰もが真面目に、興味をもって彼らを注視していなかった。

 或いは少しでも気にかけていれば微かな違和感に気づいたかもしれない。-



 話を戻して、では突然割ってはいられた二人はどうなのか。

 考えるまでもない。


「おいこら何が下らない痴話喧嘩だって藤堂?」

「樋ノ上さんも止めないで、この馬鹿は一度分からせてやらなきゃ止まらないんだから。」


 当たり前のように仲裁者へと飛び火して、食いかかってく柊と相川。

 それでも樋ノ上と藤堂は余裕を崩さず、逆に不適な笑みを浮かべている。


「二人の言いたいことは大いにわかるっス。でも口で負かしたところで何が変わるわけでもないっスよ?」


 そう樋ノ上が口にすると、先程まで口論していた二人は少しの間押し黙る。

 それを見計らって藤堂が口を開いた。


「論より証拠ってなぁいい言葉だと思わねぇかお前ら。」

「「はい?」」

「つまりだ、こんなところで管を巻く暇あったらさっさと相手の一人や二人作っちまえばいい。結果が全てだろ?」

「おお!冴え渡ってるっすね藤堂!ナイスアイディア!」


 先程まで言い争っていた当事者二人をおいてく勢いで、樋ノ上と藤堂は言葉を重ねていく。

 恐らく柊相川両人は話の内容の半分も理解していないだろう。

 ーそれでいい。まともに考えさせてはならない。

 そんな思惑を胸にさらに彼らは捲し立てた。

「そう。世はまさしく大恋愛時代、少年少女が大志を抱いて彼氏彼女という見果てぬ夢に突貫する時代なんスよ!」

「なにを-」

「負けてもいいのか?ナアナアのまま先を越されて挙げ句人生の落伍者になり下がるのをよしとするのか?」


 ピクリ、と藤堂の言の葉が二人の琴線に引っ掛かる。

 少なくとも自分のをほうが優位に立っていると確信している幼馴染み組にとって、勝ち負けの話は絶好の餌になるのだ。

 

 「さあどうする?」とでもいいたげな笑みを浮かべる藤堂。樋ノ上も問いかけられた二人の出方をうかがう。


 そして真っ先に口を開いたのはー


「そんなの勝負にもならないな、そもそも俺が一歩リードしてるしね。」

 すでに告白までしていた相川のほうだった。

 そこへ柊が待ったをかける。


「告白してふられた時点でリードもなにもないでしょうが。どちらかというとマイナススタートじゃない。」

 

 ぐさりと刺さる至極当然な反論、しかし相川少年はくじけない。


「ふっ…俺とてただでは転ばんさ。きちんと誤解を解いた上でメルアドの交換は済ませといた。-いやまぁ友達として、だけども。」

「なん…ですって…!」


 思わぬ展開に柊は愕然とし、相川は誇らしげであった。

 -その脇では樋ノ上が密かにダメージを食らっているが今は置いておく。

 因みに、最後の一言は(小声でいったこともあって)柊、樋ノ上の二人には届かなかった模様。


 それでも、彼女の瞳には諦めというものがなかった。

 強いて言うなら、逆に心の中のナニかに日がついたようで

 

「ふ、フフフ。いいわ、これくらいハンデにもならないもの。恋愛対決?馬鹿馬鹿しいにもほどがあるけど、受けてたとうじゃない!」


 女子であることを忘れ去れるほどの勇ましい宣戦布告を宣い、相川に叩きつけたのだ。

 対する相方も、引っ込みがつかなくなったのだろう。


「いいぜ、その勝負のってやんよ!あとで吠え面かいても知らねぇからな!」


 売り言葉に買い言葉。

 ついでに虚勢混じりのヤジまで飛びかい、もう本当にあとには引けなくなってしまう。


 こうして幼馴染み二人は、恋愛対決等という、字面だけみても意味のわからない勝負をすることになるのだが。


 -その脇ではとある二人組が、黒い笑みと申し訳なさが入り交じった苦笑いを浮かべていたのは、誰も気づかなかったとさ。


 

 

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