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啓生棕
早春
第1話
◆
幼馴染。
それは家が近所であり子供の頃から、更には家族ぐるみでの付き合いがある
主に男女の間柄のことを言う。
狭義的な条件がまだあったり、これが年を経る毎に古馴染み、腐れ縁と言ったものにクラスチェンジしたり。
はたまた生涯のパートナーになったり…
多くの可能性をもったパワーワードなのである。
◆
とある中学校の、人があまり出入りしない空き教室にて。
一組の男女が、二つの机を挟んで向かい合うように座っていた。
その表情は、それぞれ顔を隠すようにうつむいていたり、手で覆っているため詳しくはわからない。
しかし、その様相からただ事ではないことは理解できた。
やがて、どちらからともなく口を開く。
「「どうしてこうなった…!」」
-原因は、少し前まで遡る。
「俺、今年中に彼女作るわ。」
まるで、さも出来て当然のように少年-名は
お世辞にもイケメンとは言えなくもなくなく…、いわゆるフツメンの、特徴と言えば四角いフレームの眼鏡をかけている少年だった。
そしてその傍らには
「ハイハイ妄想乙、とでも言えばいいのかしら?」
辛辣な返しをする、長い髪の一部を後ろでまとめている、学年で上位には入る容姿の少女だ。
名前は
彼女はその語らいの最中にも鉛筆片手に手元にある教本を読むのをやめない。
見るからに真面目に聞こうとは思ってなさそうだ。
「頭ごなしに無理って言うなよぉ!?てかそれは少し意味違くね?」
「うるさいわね、大事な話があるって言ってたからわざわざ残ってあげたのにその態度はないんじゃないの?」
「それならせめてもう少しまともに話を聞いてもらえませんかね?手元の教本閉じるとか。」
それを聞いた柊は、さすがに非があると感じたのか閉じることはしなかったが一先ず目を相沢へと向けた、それはもう盛大な嘆息と共に。
「あの、…その「やれやれしょうがない子ね」的なため息やめてくれない?」
「今年受験だというのに放課後無理に引き留め挙げ句ふざけた虚言しかいわない子供には妥当なものだと思うけど。」
柊は早口にそれはもうバッサリと切り捨てる。
するとどうだろう、目の前の少年は傍目からでもわかるほどに落ち込んでいくではないか。
まるで植物が萎びていく画像を早送りにしているかのようだ。
それを見た彼女は、頬をひくつかせながら鉛筆を持つ手をゆっくり机へと投げ出す。
「まさか、さっきの本気でいってたの?」
違っていてほしいと言外に訴えるような顔で問いかけると、彼は小さく頷く。
それから数秒、時が止まったかのような錯覚に陥るほど動きが止まった-。
刹那、その少女の細腕から予想だにもつかないほどの膂力が発揮され、鉛筆が真っ二つに-!
と、言うのはさすがに冗談であるが、圧力に耐え切れず鉛筆の芯は折れどこかへと飛び去っていく!
「馬っっっ鹿じゃないの!?今いつどんな状況なのかわかってるの貴方は!?」
「も、もちろんわかってるさ。中学最後の一年、泣いても笑っても戻ってこない自分の進路を決める大切な時期だろ?」
「何でそこまで分かってて今から恋人作ろうなんて話に繋がるのよ!一年どころかこれからの人生棒に振る気?」
「たかが高校受験でそんな大袈裟n…いや確かに重要だよネッ!それも踏まえてきちんとした理由があるんだって!だから振り上げた辞書はそのままゆっくり机に降ろして、下ろしてくだせぇ…!」
その後、般若となった少女をなだめるのに数分要し、そこから話を聞かせる体制に持ち込めるまで話を進める。
「最近さ、よく「誰と誰が付き合ってる」ていう話を聞くようになったんだよ。」
「確かにそうね。まぁ早い段階では小学生の頃からの子もいたけど。」
「いや、さすがにそれは早すぎだろ。…ともかく、それも踏まえて一寸考えたんだ。」
「………何を?」
「日を追う毎にカップルが増えていけばそのうち俺たちだけはぶれて華のない灰色の人生を送るんじゃないかって。」
まさしく子供の妄想と差のない話に、聞いていた少女は座った姿勢で器用にずっこける。
そして体制をすぐに建て直したかと思うと、素早い手つきで帰り支度を始めるのだった。
「って一寸柊さん、なして一人で帰ろうとするの?」
「なんでもなにもこれ以上無駄な時間を作りたくないからに決まってるじゃない。」
「待って!これからだから大事な話ってのは!」
無体な態度をとる少女に話を聞かせようと必死にすがり付く少年。
男としての矜持とか、体裁を取り繕うことのないその姿はあまりに情けない。
すがりつかれた方も、その必死さにやや引いていたのは言うまでもない。
最後には、少女が根負けする。
「あんまりもったいぶると、今度こそ帰るから」
と釘を指して対面に座った。
少年も色々と言いたいことがあったが、一先ず本題(の副次効果)を語りだす。
「受験という試練を乗りきるための、ひとつの原動力にするんだよ。」
「…ああなるほど、言いたいことは何となくわかったわ。」
あえて暈した言い方をする少年であったが、何年もの付き合いのある少女には何が言いたいのかを察する。
というか、察しのいい方々はお気づきかもしれない。
だがあえて説明させてもらうと端的に『もう少し分かりやすい目標がほしいよね』であり、その目的の一つとして『好きな人と一緒の高校に入りたい』という動機を推しているのである。
なんとも下心満載な動機、軟弱といってもいい。
とはいえ、憧れや好意といったものは時として馬鹿にならない力を持つ。
さすがに『思い続けたら不思議な力で両思いになれました☆ミ』や『愛が次元を越える』などとファンタジーめいたものがあるわけでもないが、それでも実力以上の力を出すための鍵代わりには持ってこいなのだろう、たぶん。
実際そういう事例もあるらしいし、彼女も否定はしない。
しかしその理屈にはいくらかの欠陥があった。
「でもそれって相手がそれなりに頭がいいこと前提よね、好きな人に会わせて底辺校に行くのはさすがに…」
「そ、その時は逆に教える側に立てばいい。ほら、教えることも勉強になるって言うじゃん。」
「それにしたって限度はあるし、そもそもそんな片手間で恋も試験も通るはずないじゃない。どっちもいい迷惑よ。」
これ以上ない正論が相川少年に突き刺さる。
それでも、彼は堪えるように震えた声で宣言した。
「俺-
これから告白する」
端から見れば爆弾発言にも近い一言が投下された。
流石の少女も予想外の宣言に半ば思考が停止しかける。
しかし、思いの外早く衝撃から復帰したようだ。
平時の口調で会話を再開した。
「…嘘でしょ?」
「マジだ、大マジ。今日、部活終わりの帰宅時間を狙って告白してくる。」
「相手は誰?」
「隣のクラスの月宮さん。ほら、学年で一番人気の。」
「あー、あの子ね。確かに可愛いし評判もいいから納得だわ。でも無謀すぎない?」
「言ってろ。目にものを見せてやんよ」
まるで世間話でもするかのようだ。
同性同士の恋ばなと何ら遜色はない内容と雰囲気。
-もしも二人の知り合いに目撃されていたら、いつこの空気が破綻してしまうのかとはらはらと見守ってしまうに違いない。
まぁ、
その爆弾は地下深くに埋められた不発弾並みに心配の要らない産物なのだが。
周りからの評価と個人の考えが食い違うことなんてわりとよくある話な訳で-。
それはともかく、この歓談にも終わりというものが当たり前のごとく近づいていた。
「で、私は何をすればいいのかしら。」
「いや別にこれといったことはしなくていいよ。単に付き合いが長いからいっておこうかなって話だし。」
「あっそう。まぁ、残念な結果になっても受験勉強には差し支えのないようにね。」
今度こそ少女は荷物をまとめあげ鞄を手に取り立ち上がった。
「え、帰っちゃうの?」
「なにもすることないのに残る必要ある?それにこれから図書室に用があるの。」
「-用事があるのなら仕方ないね…。OK、明日の朗報楽しみに待ってろよ!」
「期待しないで待ってるわ。」
そして会話は途切れ、その場は解散の流れとなった。
さて、あらかじめ言っておくと。
この二人はいわゆる幼なじみの関係であり、長い間交遊関係を保ってきた仲でもあった。
その上で先ほどの会話も踏まえて補足すると、彼らは別に付き合ってるわけでもなければ、互いに恋愛感情があるわけでもない。
極めて健全(?)な交遊関係なのだ。
異性間の友情は芽生えないとはよく言うが、この二人の場合何かあったのか…特殊というほどでもない人間関係も相まって恋だとかの甘い感情も芽生えていなかった。
あるいは、長い間一緒にいたことでこの関係にも愛着があるのだろう。
だから彼らの間に横たわるのは友情でも恋慕でもない別のなにかで、友人以上家族未満、≠恋人な関係が続いていた。
少し突っ込んだものいいだと、実際の優希家の兄弟と比べても遜色ない仲なのだ。
で、である。
唐突に話は変わるが、人間とは噂話を好む生き物だ。
その噂話のネタと言えば、日常にあるすこし不可解な事象をもとにすることが多い。
さらに言うなれば年頃の男女ともにこと好いた惚れたの話には敏感に反応するものだ。
そんななかにずっと一緒にいる男女二人を放りこもうものなら。
結果は火を見るより明らかである。
そして幸か不幸か、今の今まで噂の当事者の耳に届くことはなかったのだった。
…だったのだが
「…へ?何でそこで柊の名前が出るの?
え、なんの話一寸詳しく-」
その日、彼は知ることになる。
そこから、彼の口からもう一人の当事者の耳に入るのもすぐであった。
そして話は冒頭へ。
かたや机に突っ伏し、かたや額に手を当てうつむいて放心していたが、やがてどちらからともなく口を開いた。
「ねぇ、私たち何かしたかしら?覚えがないんだけど」
「んなもんこっちがききたい…」
男女二人、その原因となる大本を探してみるも、無意識下の行動故かどうしても答えに行き着かない。
まぁ、そもそも過剰なスキンシップのような分かりやすい所作なぞしているわけでもないし、この噂事態『幼馴染』という一単語がなければたつことはなかったのだ。
強いて言うなら長い付き合いのなかで、まるで兄弟姉妹のような距離感を自然体で続けていたのが一番の要因なのだが…。
「ともかく、兎も角よ。こうしていたって仕方ないわ。どうせ私たちだけじゃわかりっこないもの。誰かに相談してみるしかないんじゃないの?」
「だよなぁ…ついでに誤解も解いて回らないとだし。明日から大変だぁ…」
結局その場での議題解決は彼方へと投げ捨て、二人揃って帰り支度を始めてしまった。
勿論この行動は問題の棚上げにしかならないし、明日からの行動指針に関して言えば騒動のきっかけにもなるのだが。
重い足取りで仲良く家路につく二人、少年少女の未来は何処へ行くのか。
-その時の二人は、きっと自分の行動の理由も、理解できていなかった。
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