第三話「DM」

 結局、黒子娘ほくろこのTwitterは僕だけが彼女の呟きを覗き見できる得体のしれないツールと化していた。まってくれ、俺がまるで変態みたいじゃないか。俺、なにか悪いことしているか? 返信してるよ。ちょいちょい返信してるよ。

『今日は職場でいじめがあるのを見てみぬフリをしてました。私は最低…』→『最低だ、と思うあなたが最低なわけがない。最低なのはいじめてるやつだよ』

辛そうな呟きには大袈裟な言葉で彼女を包み、他愛ない日常には他愛ない言葉で返した。

 趣味の話、サブカルの話、なんだかなんでも意気投合して楽しく話せる。些細なやりとりが楽しみで仕方がない。なんなのだろう、長い間、永久凍土に閉じ込められた幸せというものが少しずつ溶けて滲み出てくる感じだ。30歳を超えたあたりから幸せの居場所がなくなる。自分には幸せなんて縁遠いものだ、と青春時代を閉ざしてしまった僕にとって、こんな居場所でも、幸せはありがたいものだ。そう思えた。


 もう大好きだ。僕は首筋黒子娘が大好きだ。

 これはねぇ、あれなんだよ。絵画なんだよ。あの黒子娘のアイコンはとてつもない美を備えた絵画のようなものなのだ。僕はその美に打たれた、それだけ。黒子娘は男かもしれないし、BOTかもしれないし、全然僕の好みの女性じゃないんだ。

 会いたい。会って謎を暴きたい。僕は探偵だ。怪しげなものに真理の光を当てる探偵なんだ。だから首筋黒子娘なる得体のしれない謎を解いてやる。そう、だから会ってやろう。え~と、『会いたいです』なんて呟きをリプライしたら第三者の目に付く可能性があるので、ダイレクトメールをするしかあるまい。


『突然のDMで失礼します<(_ _)>僕は都内まで1時間のところに住んでいるんですが、sakurakoさんはどちらにお住まいですか?』


 ちなみみにsakurakoが彼女のTwitterのID。

 非常にまずいことになった。DMを送ってからというもの、彼女の呟きが止まっている。もう二日もなにも呟いていない。呼吸をするようにTwitterで呟いていた彼女が呼吸を止めてしまった。原因は間違いなく、僕だ。もしかして、フォローを外されていないか彼女のフォローをチェックする。…大丈夫だ、まだフォローしてくれている。…だけど動きがない。

 まさか、ダイレクトメールが来たことでショック死してしまったの?


 ダメだ。気になってなにも手につかない。彼女のアイコンは見るたび僕を魅了する。笑うセールスマンのオチのようにDMを送ってしまった僕は永遠に彼女の呟きを待ち続ける人生を歩むのか。いや、おかしい、俺が笑うセールスマンとなんの約束を交わしたというのか。首筋黒子娘なんて頭が脳みそ丸出しの人造人間キカイダーのハカイダーのように脳みそ丸見えのロボットに違いない。忘れよう、黒子娘なんてラララ ラララララ~♪

 きっとDMに気づいていないだけだろう。TwitterではDMが送られていたことに気づかずに放置してしまっているなんてことがよくある。既読機能がオフになっている。オフになっている? なんでオフにする? Twitterの機能を熟知しているじゃないか。いや、関係ない。そんなこと僕の人生になんの関わりもない。

 DMは読まれたのか、読まれていないのか、それが問題だ。

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