七月二日昼夏休み:東京都指定重要文化施設よみうりランド流れるプール外縁
=武田美貴サイド=
「動画撮っちゃった、暴力振るうところ。これアップしちゃおうかな、してほしくなかったら今日半日くらい彼女になってくれてもいいじゃん?」
ちなみにPパスの動画機能は、GPSと連動して公共の場とか個人宅では動作しない仕様のはずだが、それを解除するアプリもあるというし、ガチ違法だけど。
「ここ公共施設だから、動画アプリ起動しただけで逮捕案件だぜ。出るところでても私は構わないけどね」
あー私の方がキレてるのに、両手に持った焼きそばが邪魔くさい。私の後ろにはスーちゃんがいるが、私の目の前にはキレかけの美咲がいる。
サキがキレるのは不味い。
スーちゃんに手出そうとしたのバレたら、きっと手加減無しで殴り倒す。
先月の一件以来、サキちゃんのスーちゃんに対する愛情は、象の親子に近い。きっとスーちゃんに害を与えると思ったら、素手でジープでさえ横転させるだろう。
「なあ、一緒に遊んで傷ついた僕のハートをいやしてよ!」
一番背が高くて、やたら筋肉質な男がサキちゃんの腕をつかんだ。
で、掴まれた手を少し右にズラして、重心乗った相手の左足を蹴り払った。綺麗な足払い。
「で、私の怒りは誰が癒やしてくれるのかな」
「サキちゃん、手加減してやれよ」
相手が四人で男といっても、おそらくサキちゃんの敵じゃないだろうな。見た目グラビアアイドルなのに、運動神経はめっぽうすごい。力任せの勝負でなかったら、だけど。
「それ体崩し? 柔道でもやってるの」
とはいえ、筋肉でこられるとちょっとピンチかも。デライがいれば良いんだけど。
ま、そろそろ時間か。
時計の針が十時になる。
「おはようございます、お取り込み中ですか?」
「時間ぴったり、よく似た姉弟だね」
「ありがとうございます、でご学友ですか?」
助っ人登場、身長は私より二十センチは低い男、というよりはまだ顔にはいくつかのニキビと、薄い成熟しきっていない胸板、なにより声変わりが終わっていない。
「絶賛絡まれ中、強引にナンパしてきやがって困っている所だ」
「あれ、ハジメちゃん。どうしたのこんなとこに」
一気にサキちゃんのテンションが下がっていく。
「姉から護衛を任されました、頭の悪い連中から皆さんをお守りするようにと」
それをデライに頼んだのは私で、約束の時間は十時だったのでお待ちかねだったわけだ。
「じゃあちょっと、始末してきます」
ハジメは十五分ほどして、パラソルの下で休憩していた、私たちの所に戻ってきた。
「あいつらどうしたの?」
「説明で納得いただけなかったらしく、殴られたのでそのまま管理室へ」
「ご苦労様」
「ご無事で何よりです、何かあったら姉に顔向けできません」
「……あの、美咲さん」
「あー、そうだ紹介するわ。ほらデライの……小野寺入閒の弟」
「小野寺初馬、長沢中学の二年生です、よろしくお願いします」
「で、私の彼氏」
『えっ!?』
小さいながらも頼れる男の子を抱きしめると、二人から声があがった。
スーちゃんがタオルを一枚、お店の人にお願いして氷の浮いたビニールプールの水でぬらしてくれた。
私はハジメを後ろから抱きしめながらタオルを、殴られたという左の頬にあてていた。
「全然会えなかったし、メールもくれないし」
「すみません、勉強のお邪魔をしてはと思いまして」
「年上が彼女だと、やっぱり迷惑?」
「武田さんみたいな素敵な人が彼女とか、自分には分不相応じゃないかと」
緊張しているのが、抱きしめてる腕を通じて分かる。
「告白してくれた時の勇気はどこいったの?」
「……断られると思っていたので、そこから先を考えて無くて」
「でも今はちゃんと彼氏彼女じゃん、自然消滅はやだな、出会えない時間が多い分さ、ちゃんと繋いでおいてよ」
「すみません、武田さんの事は本当に好きなんで、それは嘘偽りなく」
「美貴だよ」
「美貴さん」
「なに、ハジメ」
「は、早く大きくなって、美貴さんをしっかり抱きしめられるようになりますので、もうしばらくお待ちください」
今は二十センチ差があるけど、告白してくれた昨年よりもずいぶんと身長が伸びてる、きっと高校に入る頃には、私よりも大きくなってるかも。男の子だし、今が成長期だろうし。
=長田千種サイド=
「美貴さんに、彼氏がいたなんて」
よみうりランドのプールは巨大な流れるプールが有名で。
浮き輪に捕まりながら、三時間近くぼーっと流され続ける千種を、美咲と水はそっとしておくことにした。
=板東美咲サイド=
時間も過ぎたので、単位認定用の書類に承認を貰う。これで夏期単位と体育単位のダブルゲットとなった。で、このまま帰ればお話は終わりなんだけど、私とスイちゃんはきーちゃん、千種ちゃんたちと別れて遊園地へ向かった。
「……большой」
「近くで見るとなおさらね」
よみうりランドのランドマーク、大観覧車。学校からでも見えるとはいえ、近くで見ればその大きさに改めて驚かされる。入学してからちょっとしたとき、屋上の点検をかねて昼食会をした時だ、一年生の教室は一階にあるので気づかなかったらしいけど、屋上から観覧車を見つけたとき、スイちゃんが大興奮していたのだ。
だから仲直りの印として、一緒に乗る約束をしていた。
実はプールの入場券は、遊園地の優待券になる。夏は深夜営業もやってるし、プールで泳いだ後に訪れる家族やカップルも多い。なにせ園内では、夏限定で浴衣の貸し出しとか屋台が出ていて大賑わいなのだ。門限を考えると、さすがに園内で遊んでいる余裕はないので、それはまた別の日に
しよう。
二十分ほど待って観覧車に乗り込む、徐々に広がる視界と遠くに見える東京都内。
「……綺麗」
「そうだね、私も初めて乗ったけど……初めて? あれ」
チガウヨ、初めてじゃ無い、一緒に乗ったよ、忘れちゃやだよ、ねぇみさきちゃん……。
頭痛、吐き気、耳鳴り。
頭の中でカンカンと踏切の音が鳴り響く。
右手が温かくなると、次第にその音が消えていく。
「……大丈夫、私がいます。私が側にいますから」
横にいたのはスイちゃんだった、私の手を握りしめてくれている。
スイちゃんが私の側にいる。そう何度も頭の中で繰り返すと、頭痛も吐き気も治まっていった。
「ありがとう、もう大丈夫。そっかここに一緒に来たことがあったんだ、この景色を美里と一緒にみたんだ」
「……そうですか、思い出せて良かったですね」
「うん、よかった」
観覧車はもうまもなく頂上に着こうとしていた、前も後ろにも誰もいない。
「スイちゃんと、新しい思い出、ほしいかな」
スイちゃんの顔を見つめると、スイちゃんは笑顔で答えてくれた。
「……はい、作りましょう」
目を閉じるスイちゃんの頬にキスしたあと、スイちゃんの唇に自分の唇を重ねた。
ほんの数秒だったけど、私たちの思い出を一つ新たに追加した瞬間だった。
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