七月二日

 いま寮にいるのは四人と三年生だけとなった。

 三年生といっても、実家に帰る人は帰っているので全員ではないけど、たった四日の休みのあとに、一ヶ月連続の実習があるのだから準備だのなんだの、逆に実家に帰っても勉強から逃げられるわけではないとおもうので、この時期に実家に帰るというのは、事情というものだろう。

 ワビさんは実習も余裕でこなせるから、実家に帰っても問題はないんだろうな。

 で、下級生は帰る家がない二人と、私に付き合ってくれた一人と、実家からもう戻ってきた一人の四人だ。

「スイちゃんは、帰らなかったね」

「……新潟ですし、この時期はオボン近くで忙しいそうですので、邪魔になりますから」

「お盆が日本の文化にあってよかったわ」

「……?」

 えっへっへ。

「すいちゃんが独り占めできる」

「……え、はい」

 恥かしいんだか、照れているんだか分からない表情を浮かべている。

 こういう感情の経験がすくないのかも、いいねぇすこしづつ一緒に学ぼう。

「お邪魔」

「おう、きーちゃん」

 副寮長のきーちゃんが来た。約束通り新百合ヶ丘のFLOで買ったチョコレートケーキを冷蔵庫から出して手渡した。

「おう、甘いのはいいよな」

「甘いのはいいけど、きーちゃんは良く太らないね」

 きーちゃんは男らしくケーキの箱を開けて、そのままチョコレートケーキにかぶりついた。

「普段から節制してるし、ご褒美の日くらいたまには設定してる」

「うらやましい、私なんかちょっと食べ過ぎただけで体重計に響いちゃって、去年と比べて四キロも太ったし」

「太った?」

 きーちゃんが手ですいちゃんにおいでおいでする、話の中においでおいでだ。

「すーちゃん、さきちゃん太っている様に見える?」

「……いいえ」

「だろ」

「いや、太ったんだよ四キロも」

 四月の健康診断の結果、ちゃんと前年比で四キロ増えている。

「ウェストはどんだけ増えた?」

「正直言うと、ほんとに二センチも増えたよ、だたでさえ腹筋ふにゃふにゃなのにさ!」

「ウェスト二センチ程度で四キロも増えるか!」

 きーちゃんは私にちかよってきて、私を睨んだ。私の顔でなくて胸の方を。

「で、胸のカップはいまいくつよ?」

「……G」

「去年は?」

「……F」

「おっぱい分じゃねぇか、イヤミか!?」

「おっぱいだって脂肪の塊じゃん」

「うるさい、半分よーこーせー」

 きーちゃんが私の胸をわしづかみにする。 

「ぎゃ」

「そもそも今日水着買いにいったのだって、去年のカップサイズじゃあわなかったからだろ。お前のそういう余計な気遣いが、一部の女子を傷つけている現実を知るがいい」

「だって、大きくって得したことなんかないよ!?」

「おっぱいが大きければ男と間違われることもないだろうし、世界の半分がチヤホヤしてくれるだろ、ほんと重いなこれ、ほんとに脂肪の塊か」

 きーちゃんが下から支えるように胸を持ち上げる。

「あー、クーパー靱帯が重力から解放される-。きーちゃんそのまま持ち続けて」

 すごいわ、肩が本当にラク。

「ねぇきーちゃん」

「なんだよ」

「半分あげるっていったら、おっぱいもらってくれる?」

「やだ、モデルしてる間はいらねぇよ」

「毎度疑問なんだけど、モデルって胸あったほうがいいんじゃないの?」

「グラビアの方はな、男性読者向けなら綺麗で胸あったほうがいい」

「ああ、きーちゃんはファッションモデルだから?」

「ファッションショーとコレクションだけな、ウィークとか雑誌とカタログは出てないけど。こっちの方は中身よりも服が主役だから、服のライン壊すような胸は邪魔なだけだし、必要なら詰め物すればいいだけだし」

「……武田先輩は、モデルさんなんですか」

「人数会わせの端役だよ、レギュラーとはちがうアルバイトさ」

「……尊敬します」

「え、じゃあ私もモデルする!」

「その胸ひっこめたらな、そこに注目されたら服が目立たなくてデザイナーから声かからないし」

「えー私もスイちゃんに尊敬されたい」

「……もう、してるから大丈夫ですよ」

 なんていい子なんだろう。

「すーちゃんはいい子だな、もうすこしコイツ疑った方がいいぞ。頭はいいし運動もできるけど、基本バカだから」

「……気をつけます」

 おいおい。

「じゃ、駅まで千種迎えに行ってくるわ」

 Pパスから千種ちゃんが乗ってくる電車が下北沢を出た情報が流れた。

「ほい気をつけてね」

 美貴ちゃんが寮を出るのを見送る。

 私の小学校からの親友、理解者。それだけでも得がたい友達なのに、本気で心配してくれて、私が間違えているときは本気で叱ってくれて、怒ってくれて、一緒に泣いてくれる。百七十五センチの身長から、伸びる細い腕と長い足、決して抱きしめてくれたりはしないけど、守られているのがはっきり分かる。茶色味かかったショートヘアに、色気のない黒ブチ眼鏡のせいで男に間違われ、スカートが苦手でスパッツを履いてる。

「さてと、明日の準備をせねば」

 と部屋にもどり紙袋から明日の水着を取り出して、商品タグを外す。

 そんな中、自分用にしては小さいブラとパンツを見つけた。

 見つけたというか自分で買ったんだから、ここに入っているのはしっているのだけど。

 取り出したのは、水色ストライプのブラとパンツのセット。もちろんすいちゃん用のだ。

 なんというか、すいちゃんの下着は実用性だけに趣がおかれていて、こうオシャレではないものばかりで。あー宗教的に華美なものを使用できないってのもあるかも知れないから、早まったかも知れないが、成長期でもあるのだし、いつまでもジュニアウェアのままでは不都合もあるだろう。

「ねぇすいちゃん」

「……はい」

 すいちゃんは夏休みの宿題をしていた手をとめて振り向いた。

「こういう下着、もってる?」

「……いいえ」

 どうみても私用の下着ではないのだから、すいちゃんも気づいたのか戸惑っている。

「じゃあプレゼント」

「……でもこれ、透けませんか?」

 夏休みちょっと前、雨期が終わった時に夏服に替わっていた。ブレザーの上着とベストは着用しなくなって、長袖の夏用ワイシャツとチェックのスカート、それとネクタイだけになっている。この夏用ワイシャツというのが、汗とか濡れると透けるのだ。まぁ女の子しかいない学校だから、別に見られて困ることはないけど、教員には当然男性もいるので、透けブラ程度で劣情を催す教員なんかいないとは想うが、確かに抵抗はある。

「普段は着ない、勝負下着ってことでどうかな」

「…………!?」

 Pパスで勝負下着を検索して、すぐに顔が赤くなった。

「……勝負下着って、えっ、えっ」

「ああじゃなくて、そんな下心からじゃなくて、やっぱ女の子ならお洒落な下着のワンセットくらい必要じゃないかとおもうのよ」

「……あ、ありがとうございます」

「こういうの着けたことある?」

「……いえ、ありません。私、小さいから子供用のしか持ってないし」

 しってる。なんで知ってるか聞かれるの怖いから、口にはださなかったけど。

「じゃあ、ちょっと実演しましょうか」

 正しいブラの装着は、女の子にとって大切なことなのだ。

 じゃないと私は体育の授業で死ぬ。

 水を入れたバレーボールを、ダクトテープで肩に留める様な感じ。

 それを上下に揺らしてみよう、キミも巨乳のつらさが体験できる。体育のときはスポブラつかうので、胸は固定されて普通に運動ができるけど。ナイトブラつけずに、ノーブラのまま階段降りただけでそのつらさたるや。

「ブラにはエアパックが入っていて、着けた後にカップからでてる肩紐の根元、ここの部品をプッシュすると、ブラから空気が出て行って丁度良い圧のところで止まって胸を固定してくれるの。カップの所、えっとすいちゃんのだとわかりづらいけど、わたしのこれでいうと」

「……大きい」

「個人差だよ、うん。どうせ年とったら垂れるだけだから。」

 ブラの構造なんて、説明したところであれだけど。カップの部分はウロコ状になっていて、カップ全体を包み込む強さを調整できる。フルカップブラだとバラの花みたいになってるし、ハーフカップだと羊とか蓮とかいわれている。この発明のおかげで女性の肩こりの七割が解消されたらしい。下着メーカー曰くだけど。

「オシャレ用でもいいし、大切な人の前で身に付けるでもよし、自由に使って」

「……はい、あのお金払います」

「いいよ、私が勝手に買ったんだし、そのプレゼントで」

「……だめです、美咲さんは、お金がないって言ってました、今月大変だって。だから払います」

 断るよりもはやく、スイちゃんはPパス立ち上げて、私の手を握った。

「……ね?」

 こんな側でそんな顔されたら、断れるワケがない。

「わかった」

 私もPパスを立ち上げ、スイちゃんからの入金を受け入れる。確かにまだ今月はじまったばかりだし、次の入金は二ヶ月分まとめて来月早々だし。

「……あの、値段わからないんですが、足りましたか?」

 上下のセットだから、ちょっとだけ足りないけど。

「大丈夫、十分だよ助かった」

「……あと」

 髪の毛の甘い香りに、柔らかい唇の感触を頬に感じる。

「……私なんかのために、ありがとうございます」

 おつりとしては、破格のおつりを頂いてしまった。

 うひゃー、本当に恋人同士みたいになってきたっ。 


七月二日朝

「やっぱ人少なくていいな」

 小学校、中学校の夏休みはもう二週間遅い。高等学校も同じくらいだとおもう。なので今はただの平日だ。それでも繁忙期に比べればまだ少ない程度で、ここ数日間の猛暑でプールに来ている人は多い。何せ東京の四大プールのうちの一つだし。

 なぜかここは川崎市なのに東京の四大プールである。なんかしらないけどここだけ稲城市になるのだ、けど川崎市の高等学校の体育単位指定もされているので無料は無料だ。夏期しか営業してないけど二十四時間営業なので、夏期単位(つまり夏休みの宿題)の三単位分の六時間と、体育水泳の二単位分の四時間をまとめてやってしまおうという腹なのだ。朝一の六時に入って、四時に上がって御飯を食べたら、ずっとスイちゃんと約束していた観覧車に乗る予定にしている。

 プールの事務所で入場時間の証明書を発行してもらい更衣室へ向かう。

 私は赤ベースのビキニ、薄いピンクのオーバーレイはきーちゃんからの借り物。

 千種ちゃんは水色のワンピースに大きめの白いTシャツ。

 きーちゃんは、やっぱ目立つ。

 白いワンピース、お腹と背中が大きく開いていて、ローレッグのホットパンツから伸びる自慢の足を惜しげも無く晒している。それに白いオーバーレイは私のオーバーレイの色違い、きっとどっかのデザイナーからもらったものだろう。

「うっはー、やっぱかっわいー!」

 スイちゃんに選んだのは、白のワンピースだった。コンセプトはフィギュアスケートの衣装。Vカットに見える胸元は、肌の色と同じ布で無縫スパンコール、背中は大きく開いているけどこれなら胸の傷は見られることはない。それと三枚重ねペチコート風のスカートは取り外しが可能。

 ああ何て完璧。

 お互いに日焼け止めのスプレーを吹きあい、パラソルを借りてプールの隅っこを陣取った。泳いだことのないスイちゃんを千種ちゃんにお任せした。


=板東美咲x武田美貴=


 四月以来、あの二人は仲がいい。

 普通のプールの方に向かう二人を見送って、パラソルの下で横になった。

「仲良くなったね、あの二人」

「悪い子じゃないから千種は、受験終わって入学してちょっとバランスを崩して、自分とか色々見失ったけど、今は本当の千種になった感じかな」

「いい先輩が同じ部屋にいるからねぇ」

「まあね、先月に本当の自分を見つけたのにずいぶん迷走してるじゃねぇか、いい親友は」

「……本当の自分をもてあましてる、どう演じていいのか分からない」

「演じたら本当の自分じゃねぇだろ、そんなに強烈なのか素のサキちゃんは」

「正直、自分でも、怖い」

「まあしゃあない、無理のない程度に猫かぶれよ、合わせてやるから」

 サングラスの奥からウィンクしてくれる、男前の友人である。

「感謝」

「で、あの男とも上手くいってるの?」

「……考えたくない」

 先々月といい先月といい、あの男のせいで色々とゴタゴタしたのだ。

「いいけどさ、私は応援している事を忘れないでね」


=板東美咲x長田千種=


「スイちゃんと仲良くしてくれて有り難うね」

「いえ、同級生ですから」

「それとね、謝らなきゃいけないよね千種ちゃんに」

「何のことですか」

「私に会いたくてこの学校に来たんでしょ、なのに入寮式のときに冷たくあしらっちゃって」

「!? 美貴先輩からですか」

「きーちゃんを悪く想わないでね、鈍感な私がいけなかったんだから」

「先輩が」

「ん?」

「先輩が卒業するときに、伝えて重い思い出にしようと思ってたのに」

「こわっ」

「ふふふ」

「正直言うとね、私の同室の先輩がいるんだけど、今の生徒会長ね」

「土岐島先輩ですか?」

「そうスゴイ人で、スゴイ人から頼まれたら、期待されているとおもって、全力で完璧にやろうと思ったら、周り見えなくなっちゃってた」

「私からしたら板東先輩もスゴイ人なんですけどね」

「私なんか、勉強できるだけで人間としてまだまだ」

(ギフテッドか。頭がいいだけで想像力と知恵のないやつは、周囲だけ不幸にしていくだけだ)

 いやなヤツからかけられた、いやな声を思い出す。

「謙虚なんですね」

「イヤミに聞こえたらごめん」

「好きですよ、そういう先輩も。いえ、好きでした板東先輩」

「いまはきーちゃん好き?」

「はい!」

「きーちゃん、いいよね」

「いいですよね」


=武田美貴x長田千種=


「美貴さん、あの事、板東先輩に言っちゃったんですね」

「うん、仲良くして欲しいから」

「恥ずかしかったですよ、さっきそれで板東先輩から謝られて」

「許してやった?」

「元々喧嘩してたわけじゃないですから、私が八つ当たりしてたのが悪いんです」

「千種、エライな」

 千種の頭をなでてやる。

「ふぐぅ」

「変な声だすなよ」

「すみません。それにしても、板東先輩すごいですね」

「頭?」

「……胸」

「あーあれな、すげえよな、小学生の時は全然無かったんだぜあれ」

「小学生の時なんて、みんな無いじゃないですか」

「千種も結構あるほうだからな」

「それよりも、中学時代の板東先輩もあんな感じだったんですか?」

「いや、中学時代はネクラだったよ、全然しゃべらなかったし」

「そうなんですか」

「仕方ないんだ、むしろ良く……この話はやめよう」

 千種も何かを察してくれたらしい。

「美貴さん」

「なに?」

「手、つないでもらっていいですか?」

「いいよ、千種が迷子にならないように、握っておいてあげよう」


=武田美貴x美田丘水=

「スーちゃん、飲み物買ってきて、私は粉物買ってくるから」

「……はい」

 十数分後。

「……困ります」

「スーちゃん、そっちの人は?」

「あ、この子のお姉さん? って日本人だから違うか、お友達? だったらさ俺たちも二人で来てるんだけど、一緒に昼飯どうよ。なんだったら今日一日遊び相手でもいいや」

 どうやら親切ナンパらしい。

 重い荷物を持ったり、パラソルたてたり親切にして、夜にセックスするのが目的の奴らだ。どうやらス-ちゃんのジュースを奪ったらしい。

 ロリコンでなければ、目的は私か。これだから野郎は。

「私ら高校生なんだけど、犯罪になるよ」

「遊びだけなら犯罪じゃないだろ、え、なに、夜に期待しちゃってたの?」

 ゲスいなこいつら。

「高校生なんてどうせ嘘だろ、こんな大人びた女が高校生のワケがない」

 学生証を見せるのもいいが、見せたとたんに画像保存されて悪用されるのがオチだ。

 もー蹴り倒してえ、けど両手に持った焼きそばが邪魔い。

「スーちゃん、先に戻ってな。話つけていくから」

「……助け呼びます」

「大丈夫だよ、ちょっと話してくるだけだから」

「なに、もっと友達いるの? だったら俺達も友達呼ぶからさ、夜に花火大会とかやらね?」

「うっせぇぞタコ野郎!」

 あまりの大声に周囲の人が一瞬立ち止まってこちらを見た。

「えー、彼女ひどくね? 親切な人間にタコはねーよ、俺傷つきそうなんだけど、癒やしてもらわないと俺のハートがPTSDなんですけど?」

「釣り合い」

「は?」

「てめえらゲスと、この私とじゃ釣り合いが取れないっていってるの、この金髪黒焦げエセマッチョのボウフラ野郎が」

「ちょ、俺完全に傷つきました、もうキレますね、こんな優しい俺を、傷つけたんだから殴っても正当防衛っすよね」

 男が拳を振り上げた瞬間、その手を掴まれひねられた反動で姿勢を崩し、膝裏にいられた蹴りがきっかけで空を舞いプールに落ちた。

「私のツレに何してくれているのかな」

 美咲が男達の後ろに立っていた。

「え、もしかして巨乳彼女も友達だったの? マジで、今日の超レアの二人がダブルでゲットできるの?」

「ねえ俺さ、手が痛いんだけど、プールに落とされたせいで水飲んじゃったかも知れない、人工呼吸して、チューしてチュー」

 みれば男は四人組か、平日にはあまりいないと思っていたけど、そのあまりに出くわしたか。

 係員に通報は行ってるだろうけれど、こいつら結構鍛えてそうだし。

「そろそろ、時間かな」

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