ワビとスイ=一触後編=

=美田丘水サイド=


 一年A組ホームルーム。

「みなさん、今日一日授業お疲れ様でした」

 一年生の教室に現れたのは、寮長と副寮長に寮の風紀長さん。廊下にはそのほかの生徒の姿も見える。

「自宅を離れての寮生活、集団生活になかなか戸惑うこともあるかとおもいます」

 寒気がした、気温とかじゃなくて板東さんの雰囲気が変わった。

「同室の先輩方も、昨年の今、皆さんと同じように何も知らない生徒でした。しかし同室の先輩方のアドバイスに何回も救われました。同じように二年生となった私たちも、皆さんが看護師として資格のある人に導くこと、それも先輩である私たちの役目です」

 ふぅと一つ息を吐いて。

「私たちはただ看護の資格を取得すればいいだけではありません。看護を担う人間として卒業してすぐに、患者さん達からプロとしての期待を受けます、清廉であり不屈を胸に博愛の精神をもって日本の医療の現場へ入ります」

 その板東さんの演説に、一年生全員が静かに聞き入っていた。

「残念ながら、集団である以上一部の残念な生徒がいることがあります」

「……!?」

「人の痛みを感じること無く、人を傷つけることを罪と感じること無く、そんな醜悪な自分に気づくこと無い生徒がこの中にいます」

 板東さんが教室のなかを一望する。

「長田千種さん発言を許します、言いたいことはありますか?」

 教室内がざわついた。

 長田さんは前を向いていたけど、視線が泳いでいる。

「わ、わたしがイジメをしているとでも?」

 バン!

「イジメなんて優しい言葉を使うのはやめろ、お前がやってるのは人の心に対する傷害だ。私たち二年生全員、人を傷つける人間を許さない、認めない、今日はその決意表明だ」

 言っている事はとても強い、だけど口調が冷たいせいで、誰もが息する音さえ立てられないほど場は凍り付いていた。

「わ、わたし、わたしが? 証拠は!?」

「……イジメはありません」

 私は立ち上がり、ありったけの声で叫んだ。

「一年A組に、イジメはありません!」

 長田さんだけじゃない、全員、教室にいる全員が私をみていた。

「……板東さん、お伺いします」

 思えばそんな勇気が自分にあったのが驚きで、後から今日の事を話の種にされるたびに、恥ずかしい思いをしている。

「……誰がイジメられてるんですか?」

 板東さんの表情は変わらない。

「美田丘さん、同級生をかばうのは分かります。でも彼女はもうあなたではなく次のターゲットを選んでました。そんな人をあなたはかばうのですか?」

 大海さんの事だろう、でもそれも今日の朝の事。きっとクラスの中に二年生に伝えている人がいるのだろう。

「……私はイジメられていません、このクラスにはイジメをする人はいません」

 私は教壇前まで歩き、板東さんの前に立って見上げた。にらみつけた。つもり。

「じゃあ、クラスの皆さんにお伺いしましょう、イジメの現場を見た、仕方なく荷担したという人。当然、見て見ぬフリをしたこと、荷担をした事は許される事ではありませんが、自分から告白をするのであれば、自責の念があった事と考えます、いまな……」

「……いません! このクラスにイジメはありません、無いことを強要するのは先輩の皆様の博愛なのですか?」 

「美田丘さん」

 冷たい瞳、見下ろす視線。お父様が私を見る目に似てる。

「あなたが責任を取りなさい」

「……どういう意味ですか」

「あなたは、このクラスにイジメが無いと言い切った。ならば今後、私たちの耳に少しでもイジメの事が聞こえてきたら、同じ言い訳は聞かないわよ」

「……分かりました」

 板東さんが左手を挙げると、教室を取り囲んでいた二年生達が引き上げていく。

「……板東さん」

「なに、用事はもう無いんだけど質問?」

「……はい」

「手短に」

「……あなたは、あなたは誰なんですか?」

 私の質問を聞いていた一年生の全員、それと副寮長と寮風紀長が怪訝な顔をしていた。

「板東美咲、寮長です」

「……そうじゃなくて、あなたは誰なんですか」

 なんと言えばいいのだろう、いい日本語が浮かばない。学校内ではPパスの機能は制限されている。翻訳機能は使えない。

「……あなたは板東さんではありません、本物の板東さんはどこですか?」



=長田千種サイド=


 かばわれた。

 イジメはする方とされる方がいる。する方がしていないと言い張ることがあっても、されている方があんなに堂々と言い切れるのだろうか。

 もし自分が逆の立場だったら、私は私をかばっただろうか。

「美貴さん」

 寮に戻って同室者の武田美貴さんの帰りを待って、私は頭を下げた。

「よし、じゃあ次は何をすればいいのか、千種なら分かるよね?」

「はい」

「一緒について行ってあげよう」

「ありがとうございます」


=板東美咲サイド=


「た、だ、い。ま~」

「……お帰りなさい」

 おっかなびっくり部屋のドアをあけると、美田丘さんは机に向かって復習中だった。

「ごめんなさい美田丘さん」

 ドアを閉めた勢いで、部屋の真ん中までジャンプして土下座。

「イジメの件を任せるとか言ってたのに、本当に済みません」

「……あの、私の方こそすみません、小野寺さんにお伺いしました。毎年の恒例行事でイジメの撲滅の生徒会と自治寮の活動だと」

「でらちゃんが言うとおり、上級生が全員毅然とした態度で下級生に示すって意味なんですが、なんかマウンティングみたいであんまり好きじゃ無いんです、その、やると決めたら、なりきっちゃったというか、すごく冷たいヤツだと思われたりすると、それは本意じゃないというか」

 美田丘さんは土下座する私の前に、同じように正座をした。

「……でも最後はちゃんと私に任せて頂きました」

「えっとね、みんなの寮長だったり、二年生の代表だったり、板東美咲だったり、面倒くさいやつですが同じ部屋になってしまった手前、あきらめてというのは何ですけど、ご迷惑を色々とおかけいたします」

「……あの、私もごめんなさい。板東さんが演技してると知らず、あんな暴言を」

「あー、あなたは誰なんですかってやつ? それは大丈夫、よくきーちゃんにもでらちゃんにも、なんかスイッチが入ると人が変わるって」

「……よかったです、いつもの優しい板東さんに戻ってくれて」

 おいおい、優しいとか言われちゃうと照れるよ。

「そだ夕食まだでしょ、行こうか」

「……はい、でも。武田さんと一緒に板東さんがお戻りになられたなら、もうちょっと部屋にいた方がいいと思います」

「なんで?」

 という私の言葉と同時にノックの音が響いた。


=美田丘水サイド=


 板東さんと武田さんが一緒に帰ってきたということは、きっと長田さんは武田さんと一緒にこの部屋に来るに違いない。

 それも結構な勇気と覚悟で。

 なのに部屋に誰もいないとなったら、苦痛を長引かせてしまう。それは嫌だ。

「ごめんなさい、イジメなんてしてごめんなさい」

 武田さんに付き添われ、長田さんが頭を下げた。

「……長田さん、私のことが嫌いですか?」

 その質問に長田さんは、涙をこらえながら横に首を振った。

「じゃあなんで美田丘さんをイ……」

 板東さんの質問を私は手で制した。

「聞かないの?」

 長田さんの声は震えている。

「……たぶんですが、私の考え通りなら、きっとここで理由は言いづらいとおもいます。そのうち御飯でも一緒にたべながら、教えてください」

「許してくれるの?」

「……同級生じゃないですか、助け合わないと」

「ご、めんなざい!」

 きっとあんなに大勢に囲まれ、しかも糾弾されさぞかし怖かっただろう。確かにこの話が全クラスに広まったのなら、イジメは無くなるだろう。だけどコレが正しい方法なのか、私には理解できない。

 私は長田さんを抱きしめた。

 ブラウスに長田さんの涙がしみこんで、温かさが広がる。

「……怖かったでしょう、大丈夫、私が許します」

 しばらく泣いたあと、長田さんは武田副寮長に付き添われ部屋にもどった。

「じゃあ夕食食べに行こうか美田丘さん」

 だけど板東さんは、きっと長田さんの気持ちには気づかないだろう。

 私の考えが正しいなら。

 でも今日の件で、お互いの事を少しは理解できたのかな。


=板東美咲サイド=


 落ち込んでいた。

『……あなたは、あなたは誰なんですか?』

 あの言葉がずっと自分の中でグルグルと回る。

 昔から、その役割を演じるのが上手い方だと思っていた。

 クラス委員長でも、先生にとって優等生でも、話しやすい相手でもこなしてこれた。

 本当の私って何だろう。

 考えると頭が痛い。

 生まれてからずっとこうだったっけ。

 保育園とかの時は、そんな事は無かったと思う。小学生の時は成績も普通だったし、あれ? 私はいつ小学校卒業したんだっけ、中学入学の時は、何組だった。

「……板東さん?」

 夕食のナポリタンの中に、顔からツッコみそうになってたところを美田丘さんに声をかけられて我に返った。

「うぉっと、顔がトマトだらけになるところだった」

「……大丈夫ですか、顔色わるいです」

 フォークを置くとため息をつく、少し頭が痛い。

「大丈夫、ちょっとね頭が痛くて、風邪の引き始めかな、先に休むわ。これ美田丘さんにあげる」

 半分も減ってないナポリタンと、手を付けていない白アスパラのサラダを美田丘さんの前に追いやった。

「……ゆっくり休んでください」 

「うん、ありがとう」


=美田丘水サイド=


 板東さんが残したパスタを食べきってお腹が痛かった。今日のお風呂は一番最後の方だったので、まだ時間がある。いま部屋にもどると板東さんの寝入りばなに騒がしくしてしまうかもしれないので、食堂の横にある談話室に来ていた。Pパスを使って一日一杯まで無料の紅茶を煎れて日本語の勉強のために、今日の新聞を読み取って読んでいた。

「あの美田丘さん」

「……長田さん」

 後ろに武田さんの姿は見えない、私をみつけて一人で私の所に来てくれた。

「あの私は」

 談話室の四人がけのテーブルに面と向かっていた。

「……大丈夫です、きっと長田さんは私じゃ無くて板東さんに、私はきっとえっと」

 寮ではPパスの翻訳機能が使えるので、すぐに検索して伝える。

「……坊主ぬくけりゃ、袈裟までぬくい。ですから」

「正解、だけどぬくけりゃじゃなくて憎ければね」

「……だから大丈夫です」

 また長田さんが涙目になってくる。

「私、何のためにここに来たんだろう。寮長さんに初めて会って、一緒に学ぼうって言われたときに、親に決められた以外の生き方が出来るかもって思った。板東さんと一緒になら、新しい自分が見つかるかもって」

「……新しい目標はどうかな」

「新しい目標って、そんな簡単に決められるわけないじゃない」

 紅茶の温かさを手のひらに感じながら、微笑んでみせる。

「……私と友達になって、一緒に勉強して、一緒に看護師になるのはどうですか」

「私、あんな酷いことしたのに。私の、友達になってくれるの?」

「……はい、よろしければですが」

 こうして私は学校で三年間を一緒にすごす、二人目の友達を手に入れた。 

 このあと長田さんは、A組全員の部屋にまわり頭を下げてまわった。特に彼女が巻き込んで私のイジメに加わってしまった人たちに、精一杯謝っていた。


=大海朱祢サイド=


「う、うん、私の所にも来たよ」

「……大海さんの言うとおりだった」

 お風呂で大海さんと一緒になった。

「お、お友達になったんだね、長田さんと。わ、私も美田丘さんとお友達になれるかな」 

「……私は、もう友達だと思ってたんだけど」

「ほ、ほんとに、あ、ありがとう」

「……早速なんだけど」

「う、うん何でも言って、と、ともだちだからね!」

「……現代国語、教えて欲しいな、日本語まだ難しくて」

 やっぱり美田丘さんは、笑うと可愛いな。

「……あと、それと」

「う、うん」

「……スイって呼んで欲しいな、友達だから」

「ス、スイちゃん! じ、じゃあ私はアカネって呼んで」

「……アカネちゃん」

 よかった、高等看護学校で友達できるか不安だったけど、お父さん、お母さん、ポン助、私、友達できたよ!

「ス、スイちゃん、それ」

 スイちゃんの胸に赤い線がみえる、怪我とかじゃなくて手術痕みたいだけど。かなり大きい。胸の真ん中をずっと下まで。

「……昔、手術したの。変な物見せてごめんなさい」

「へ、変じゃないよ、スイちゃんが頑張った証拠でしょ、もう大丈夫なんでしょ」

「……うん、日本で手術してもらって、元気になったの」

 スイちゃんも頑張ったんだね。


=美田丘水サイド=


 お風呂から上がって、一回部屋にもどったけど板東さんは布団のなかでもぞもぞしてた。なかなか寝付かれないのかもしれない。明日の予習を図書室ですることにした。図書室の電気は付いていたけど、私以外に使っている人はいなかった。

 二十二時まで図書室は使える、二十二時には消灯時間だからなんだけど。

「こんばんわ、一年生?」

 勉強をはじめて三十分いつの間に入ってきたのか、ずいぶんと大人っぽい人がいた。

「すごいわね、こんな時間まで勉強してるなんて」

「……ありがとうございます」

「自己紹介遅れてごめんなさい、生徒会副会長の大河です。寮の暮らしはいかがですか、不自由はありませんか?」

「……美田丘水です、初めまして生徒会長」

「あーん、もうバレちゃってたか」

 私はPパスから、学校広報のページを開いた。去年の広報で生徒選挙で会長に当選した土岐島和美さん、写真に出ている人と目の前の人は同じ人だった。

「なるほど、もう顔バレしちゃってたなら、最初からちゃんと名乗ればよかったわ~」

「……生徒会長、何かご用ですか」

 もしかしたら生徒会・自治寮会の伝統行事をダメにした事について、何かしらの弁明を求めているのかも知れない。少し身構えた。

「そんなに怖い顔しなくても大丈夫、あのね詳しい話きいたのよ、それであなたに興味がでたの、面白い子だなって、お友達になれるかな~と思ったんだけどね」

 この人、目も口も笑っているのに、笑ってない。

「美咲に、余計な事を言ってくれたって聞いてね、ちょっと気になってね」

「……私は間違えた事を言ってません」

「あなたの正しさが、すべての人の正しさではないのよ」

「……分かります、ただ自分の正しさを人に伝えただけで、決してそれを押し付けたりはしてません」

「合~格。だけどあなたは、美咲の心のドアをノックもせずに、そうね無自覚にバールでたたきつけたの、あ、でもあなたくらいの子だったら、分かっててこじ開けたのかも知れないわね」

「……そんな」

「あの子、夜に泣いてるでしょ。だけど朝になったら忘れている。そうね、もしあなたが美咲を守ってくれるなら、美咲の泣いている訳を教えてあげてもいいわ」

「……私が何もしなくても、武田先輩もいますし、小野寺先輩もいますから」

「私もね、思ったの。あの子とはじめて出会ったとき。美咲は一体誰なんだろうって、それにね」

 それは誰にも言ってない、だけど私と同じ。

「はじめてあの子と会ったとき。あの子がね、板東美咲が気持ち悪かった」

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