美田丘上陸。


「私が死ぬまであなたの側にいるから」


 髪の毛は軽くウェーブしてナチュラルなブロンドの髪の毛。色素が薄い薄紅色の肌。鼻が少し高くて睫毛が長くて、日本人離れした顔立ち。

 なんかどっかの国のお人形さんを見ている気がする。

 一目惚れってあるじゃない? あれってこんなインパクトを受けることだと思うのよ。

 だから前後不覚にも、自分の脳を通らず脊髄で思わず言葉をもらしてしまった。

「……!……?」

 笑顔見せたかと思いきや、困惑した表情、そして疑いの目。

 そりゃ初めてあった人間に、こんなこと言われたら私でも困るわ。

「えっと、菅高等看護学校の板東です、新入生の迎えに来ました」

 気を取り直し、そんな事いってません的な優等生のオーラを漂わせながら、警官さんにお礼を言って、新入生を連れて交番の外へでた。

 春風は心地よいけど、もうちょっとすると長い雨期がくる。普通の桜はとっくに散ったし、入学式の定番、薄墨サクラが咲くにはもう少し時間が必要。

「初めまして、二年生の板東美咲です。寮長やってます、それとアナタのルームメイト」

 右手を差し出すと、ちょっと私を見上げて右手を出してきた。そんな仕草だけでも、本当に可愛いっす。

「……美田丘……水です」

 純粋な日本人みたいな名前だった。あれか、外国の血が入ってるけど日本生まれの日本育ちとかかな。あーでも、しゃべり方は片言だし。

「綺麗なブロンドだね、ハーフ?」

「……」

「あ、言いたくなければ聞かないから、ごめんね」

 美田丘さんは小柄なせいか、普通のカバンも大きく見える。歩くスピードも彼女にあわせて横を並んで歩いてた。

「……母が、ロシアで、父は日本です」

「そっか、お母さん似なんだね」

「……はい」

 ちょっとだけ微笑んでくれたけど、頬がすっかり赤くなってる。心なしか息も切れてるみたいだし。寮から駅までは、ほぼ下り坂だけど逆の駅から寮は全部上り坂だもんな。

「それ持つね」

 私は彼女の持っていた鞄をつかみあげて、美田丘さんが驚いて鞄を取り返しに来る手を握った。

「上り坂ばかりだし、ね?」

「……すみません、重たいの持たせてしまって」

「体力には自信があるのよ、だからいつでも頼ってね」

「……はい」

 無事に到着したことを、寮監のお姉さんに報告して、食堂に残された美田丘さんの荷物を担ぎ上げた。

「……あの、私が」

「ん、あ大丈夫よ。荷物少ないだね、このくらいなら余裕」

 食堂はテーブルや椅子を元の位置に戻す作業は終わって、新入生と在校生の寮案内で賑わっていた。

「おー、咲ちゃん。その子が遅れてきた子?」

 副寮長のきーちゃんだった。その横には抽選の前に私に質問してきた子、そっかきーちゃんの部屋になったのか。

「そう美田丘さん、えーっとこっちの眼鏡が副寮長のきーちゃんね」

「あだ名で人を紹介するなよ、しかも眼鏡とか雑すぎんだろ。武田美貴だ」

「……よろしくお願いします」

「はい、よろしく。それと同室の」

 その一年生は、紹介されるよりも早く美田丘さんをにらみつけて。

「長田です、同じクラスですね美田丘さん。すみません、荷ほどきがまだですので、部屋に戻らせて頂きます。よろしいですか副寮長」

 と言ってきびすを返してしまった。

「もう何かあったの?」

「さぁ、咲ちゃんが原因じゃね?」

 思い当たる節が無いのが複雑な気分だけど、聞き上手のきーちゃんならそのうち聞き出してくれるかもしれない。

「その件まかせていい?」

「まあ同室だし、そのうちな」

 きーちゃんがその場を去ってから、後を追いかけるように荷物を部屋に運び込んだ。

「……さっきの、長田さん」

 荷物の一個目を開け終った時だった。

「ああ部屋わけの抽選会のときにね、なんか質問してくれたんだけど、私の態度きにくわなかったのか、ちょっと嫌われたかも。クラスで何か言われるかもしれないけどごめんね」

「……いえ、嫌われているのは、私のほうかも。睨まれていましたから」

 確かにそうだけど、坊主憎けりゃってヤツなんじゃないかと。

 あ、そんな事より。

「美田丘さん、Pパスは何つかってるの?」

「……えっと、これです」

 美田丘さんが手のひらを差し出すと、その手のひらの上にシステム画面が浮かびあがる。

「一つ前のだけど、いいとこの使ってるね」

 だけど、その画面はあまりにも真っ白で。

「アプリが何も無いね」

「……機械苦手で、支払いにつかうくらいで」

「なるほど、それで駅から寮までの行き方もヴィジフォンの番号も分からなかったのね」

「……すみません、入寮案内をダウンロードし忘れてました」

 今までは親元だったから、大丈夫だったんだろうけど。これから生活するなら色々と便利アプリは必要だろう。

「よし、私が使ってるアプリを転送しよう」

 あれだこれだとストアから持ってくるより、ストアで機種間一括認証うけて写しちゃった方が早い。買い換えの機種変とちがって、割高にはなるけど一番手っ取り早い方法だ。

「手のひらこっち向けて」

 美田丘さんと正座して向かい合わせになる。

「……あ、はい」

 小さい白い手に、私の手を重ねた。

「じゃあ私の動きに合わせてね、コネクトスタート」

「……コネクトスタート」

「Pパス有線接続、生体認証解除。解除のパスをいれてね」

「……はい、解除しました」

「アプリ転送開始、機種間一括認証パス入力」

「……チケット受領、解凍します」

「これでよ、ああ。ごめん、ちょっとコントロールもらうね、ヴィジフォンのアドレス帳まで行っちゃった」

 ほんの一瞬だったから、中は見られないだろうけど、アドレスをストレージでなく、機種内アプリで管理してたので、それまで転送されてしまった。さすがにまずい。

「削除完了、使い方は使いながら憶えてね」

「……分かりました、ありがとうございます」

「じゃあ、生体認証を再設定して、アプリの中に秒単位で認証パスを変更するのがあるから、それ使うと便利よ」

「……はい、使ってみます、あの」

「なに、生体認証がわからない?」

 美田丘さんがこっちをじっとみながら、少し照れている。

「……いえ設定しました、手もういいですか?」

 手のひら合わせだったのが、いつの間にか私が美田丘さんの手を握りしめる形になってた。恋人つなぎ見たいな形で。

「このまま握ってたらだめ?」

 お日様の下でみると、肌が本当に白くて目が青くて、でもこうやって近くでみると首の静脈の青さとか、睫毛の長さとかよく分かる。見れば見るほど可愛い。うーむ、ただの可愛いだけの西洋人形なら、ためらわず抱きしめてしまうのに。生身相手だと、ただのセクハラになってしまう。

「……えっと、困ります」

「そうだねごめん、はやく荷物をほどこう。二段ベッドはどっちにする?」

 美田丘さんが上のベッドを見つめる、なるほど一人っ子だったか。

「私、下つかうから上でいいかな?」

「……はい」

 すごい嬉しそう、そうだよね兄弟いなければ二段ベッドなんて使わないだろうし。

「じゃあ寮の案内をしよう」

 寮は四階建て東館と西館に別れている。

 一年生と二年生の二人寮のある東館、三年生になると入れる西館。

 三年生は二人部屋と違って、ユニットバス付きの個室になる。一年生と二年生が西館に入ることは許されない、唯一の例外は新三年生になる先輩の引っ越しの手伝いの時くらいだ。生徒全員の出入り口は東館にあるけど、西館に入るには三年生の学生証が必要になる。

 三年生が特別扱いなのは、基礎学習と事前演習が主な学びの一、二年生と実習漬けの三年生とは生活のパターンが変わる、一日の生活パターンの異なる未成年の集団が混在することは、全体として著しい能力の低下を起こすことも知られているから。

 東寮の一階には寮監の住居の他、食堂兼集会場。さらに奥に図書室があって、西館との連絡通路の途中にラウンジもある。

「お風呂とシャワールームは四階、クラス毎のローテーション。学校月報にでてるからPパスに登録しておいてね」

「……本当に、広い」

「自分の人生に必要な幅なんて実際は小さい物よって、先輩の言葉」

「……板東さんの言葉ですか?」

「いやいや、私のルームメイトだった人」

「……三年生なんですね」

「うん」

 そう言いながら、たぶん今いるだろう西館を見上げる。

 いったん部屋にもどり、教科書やら辞書を本棚に片付ける手伝いをした後に、夕食の時間になったので食堂へ降りた。

「夕食はビュッフェ形式、すきなだけとってね」

 今日の夕飯は鳥の唐揚げだった。

 鳥の胸肉から、カリカリじゅわーっとあふれるアツアツの肉汁が、下味のニンニク醤油と絡み合いながら口の中に溶け出してくる。そのままでも美味しいけれど、レモン汁、柚子胡椒、岩塩とあわせてもこれまた美味しいのだ。

 美田丘さんは口の中を焼けどしながら、はふはふ言って食べてた。こんな仕草も、なかなか可愛いでは無いか、初やつめ~。

 部屋に戻って、お風呂に入って横になってた。今日は二年生から先にお風呂だったので、美田丘さんを送りだして、ぼんやりと新学期の時間割をみてた時だった。

「……戻りました」

 はやくね?

「はやいね、ちゃんと洗った?」

「……はい、シャワーだけですので」

 それにしても早すぎるけど、髪の毛は濡れてるし身体も温まっているように見えない。

 とはいえ、本人がこう言っていることをしつこく聞いてしまうのもどうかと思う。

「そっか、今度はパウダールームでちゃんと髪の毛乾かしてから戻っておいで」

 バスタオルで美田丘さんの、長くウェーブのかかった髪の毛をふいた。

「……はい」

 シャンプーの匂いがしないのも気がかりではあったけれど、あまり過保護になるのもよくないかも知れない。

 そんな心のどっかに、ちょっとだけあった、私の嫌われたくない根性が、後に美田丘さんとの喧嘩になるなんて、このときは思っていなかった。

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