よみうりランド前の天使
二、三日もあれば、それなりに整理整頓も心の準備だって出来る。
四、五日もあれば、過去に出来る。わけがない、十六歳の小娘がそんな達観なんぞ出来るわけが無いだろ。
ラウンジや食堂でワビさんと会うことも出来たし、すれ違いざまに簡単な話をすることも出来たけれど、もう二人で肩を寄せ合うことも手を握る事や同じベッドに眠ることはもうない。
話しかけたくて、その他の場所……図書部屋で出会っても、人気者のワビさんの周りには必ず誰かがいるし、学校でも生徒会のメンバーに囲まれている。当然、図書部屋は会話厳禁だから話しかけることも出来ず、出来るのは、ただすれ違いざまに頭を軽く下げるくらいだった。
部屋にもどって、ほんの少しだけ目頭が潤み鼻奥が熱くなってしまう、ひとまずその程度の寂しさで済んでいる。
という自分を見てると、ため息出るわ。
世の中は短い春休み、これから新一年生の入寮も始まる。
そうだ、本当の私はさっぱりした性格で、ネガティブな感情をを引きずったりはしないのが長所だ!
あー、ごめん、嘘、私はそんなに強くない。
でも割り切らなきゃいけない事があるのも分かってる。
昨日は引っ越し業者が持ってきた、新入生の荷物を食堂に運びながら、五十音順に並べて何十件という受け取りに、Pパスさせられた。
それと新寮長としての初めての仕事でもあるから、忙しくて悲しんでいる場合なんて無い、と自分に言い聞かせて、翌日はバスに乗りやってきた新入生を食堂へ案内していた。一人だけ遅れているとの話だけど、一人のためにみんなを待たせるわけにはいかないので、はじめてしまおう。
『本日から入寮される新入生の皆様こんにちは、私が寮長の坂東美咲です』
だだっぴろい食堂では、ハンドマイクを片手にしゃべるしかない。まぁ集会場でもあるので、壁を全面スピーカーモードにすれば、聞こえない人はいないだろうけど。
『それではこれから、入寮のしおりに書いてあるアルファベットにあわせて、前に置いてある箱からクジを引いてもらいます、それがこれから一年間皆さんが生活する部屋の番号です、何か質問は?』
「寮長すみません、質問です!」
『どうぞ』
「昨年は、入学試験の成績順での部屋割りだったと聞いています、なんで今年はくじ引きなのですか?」
『部屋割りの明確なルールは、学校のルールにも寮のルールにもありません。今回の部屋割り方法については、前寮長と前副寮長が決定し、生徒会にも学校側にも認可されています、他に質問が無ければ早速抽選に移りたいとおもいます』
なぜだろう、なんか私の返答が分からなかっただろうか、質問してきた新入生が睨んでいる気がする。まあ気のせいだろ。
さて部屋割りについての説明をしよう。通常、寮の部屋というのは同学年の二人で一部屋というのが普通なのだけれど、この学校では二年生と一年生が一部屋というルールになっている。
こんなふうになった理由については色々と言われているけれど、一番説得力のある説明では、一年生は勉強の分からないところを上級生に聞く事が出来る。そして上級生としては、相手に上手く伝える、教えるにはどうしたら良いかという勉強をすることが出来る。そして学校や寮での生活のルールなどを伝えていくには丁度いい。
という説が一番有力である。
去年はさっきの一年生が言ってたとおり、入試成績順そのまんまだった。でもって、なんともワビさんらしいというか、変化とか変革とかお祭りが大好きな前の寮長は、そのまんまでは面白くないと、例年と違った部屋割りのルールを作ったのだ。
大きくは一年生と二年生が同じクラス同士である事。
つまるとこ一年A組なら二年生もA組の生徒って意味、クラスは全部で五クラスA組からE組まであり成績順だ。一年ごとにクラス替えがあり、成績によって入れ替わる。
なので、いま新一年生が持っている、入寮のしおりに書いてあるアルファベットは、そのまま新一年のクラスである。でもこれでは成績順と変わりが無い。
変わっているのはその次。一年生は、クラス毎に二年生の部屋番号がかかれたクジを引く。一クラス二十人なので、A組のクジは一番から二十番まであって、そこでシャッフルが行われるのが例年と違うところだ。
補足するなら、実力優先の高等看護学校でも、席次が公開されてそれが部屋番号と紐付けされているのはB組までだ。C組からE組は席次公開されていないので、C組の一番からE組の二十番は、だれなのか分からないようにはなっている。
さて、くじ引きもすすんでいって、紙で出来たお手製の三角クジを引き、その数字の部屋の二年生が荷物を抱えながら、次々と一年生を部屋へ案内していっている。
私のクラス、A組の番号札の三角クジもどんどん引かれていく。
私、板東美咲の部屋番号は一番、二年生で一番成績がよい生徒で、二年総代で、寮長である。なのでA組の箱の一番クジ。
すでに一年生のほとんどが部屋に行ってしまい、どんどん寂しくなるこの食堂の中。なぜかA組の二年生が二人、一年生が一人という状況になってしまう。
つまり二年生である私ともう一人の二年生の彼女(名前なんだっけ、みたことはあるんだけどなぁ)、のどちらかがここでポツーンっと、遅れてきている新入生を待つことになる。
で結果は、もうあっという間よ。
自分が一人寂しく食堂に残るって分かったのは。
だって、新入生の子はそのままC組のクジを引いたんだから。
新入生と一緒に出て行く二年生の(名前はやっぱり思い出せない)子が私の方を見て、ニッコリわらって頭を下げた。
なんかムカツクも、私も苦笑混じりでバイバイと手をふってやった。
で、だれもいなくなってから、私は反則であるけれどA組のクジの入った箱を持ち上げた。
「え? あれ??」
不正防止のためのぞき込んだり触ったりしてはいけないけれど、きっと残ったクジが私のであるならば、不正しようもないので逆さまにして振った。
底に張り付いてるんじゃないかと、ポンポンと軽く箱のお尻を叩いたけれど出てきたのは箱を作ったときの段ボールのクズだけ。のぞき込んでも真っ暗でなにも見えないし、もうココまで来たら、遅れて最後に来た子はどうせ自動的に私の部屋なので箱自体を破壊した。
そしてクジの入った箱の底にぺったりと、私の部屋番号の書かれたクジが、張り付いて……いなかった。
「あれ?」
ちょっと昔、小学生の時に算数の教科書に載っていた、サイコロの展開図よろしく広がった箱の中は、見事にからっぽでスキマにも何も無かった。もしかしたら誰かが二枚いっぺんにひいちゃったのかと思うけれど、そんな事がないようにするため、引いてから開かなければならない三角クジを採用したのだ。
引き終わった三角クジを捨てた、ビニール袋の中の紙束を床にぶちまけ一番の数字の書かれた紙を探した。
各クラスに一番は一枚づつあるので、全部で五枚なければならないのに、どんだけ探しても出てきたのは四枚だけ。そして端っこに書かれたアルファベットで足りないのは、私のA組だけ。
「入れ忘れ?」
と困りかけた時、寮監のおばちゃんがやってきた。おばちゃんというのは適切ではないな、実際にはまだ三十歳の少し手前で、旦那さんもいれば、お子さんもいらっしゃる立派な人なのだから、言い直し。寮監のお姉さん。
「坂東さ~ん、あのね~今電話がかかってきて」
「えっと、遅れてきている生徒ですか?」
「そうなの~、それがねぇ~」
遅れますという電話があったなら、それでいいけれど。初日からすごい遅刻ではあるが。
「あとねえっとね~、私ったら生徒会長さんからの伝言を、坂東さんに言い忘れていてねぇ~」
「は、いえそれは非常に困るんですが?」
ちょっとイラっとして、口調が強くなってしまった。
「ごめんなさい~、お詫びは次につくったプリンで、ね?」
「間違いはだれでもあります、プリンいただきます」
寮監のお姉さんの言うことには、私の同室者はすでに先に決まっていて、校長から来た話を生徒会長が聞いて寮監のお姉さんに伝えていたけど、それをくじ引き係の人には伝えて、うっかり私に言うのを忘れていたそうな。
「ああ、そうなんですか」
「本当に~、ごめんなさいね~。それでね~、今電話がきてて~」
最初はこのまだるっこしいしゃべり方にイライラした時があったけれど、この速さが本人にとって最速のしゃべり方だと、約一年かけて理解した後なら聞いてられるようになる。
「電話って、本人からですか?」
「それがね~」
私はその電話の来た先を聞き、我が耳を疑った。
「……なんで駅前の交番から電話が来るんですか?」
「……さぁ?」
私は管理人室にある電話の転送ボタンを押して、自分のPパスの番号を打ち込むとすぐに私のビジフォンの呼び出し音が鳴った。
「かわりました、あ、はい……」
こうして私は駅前まで同室者を迎えにいかなければならなくなった。
警官さんが言うにはこうだった。
駅前の広場で旅行鞄を持ってじっとしている女の子がいた。話しかけても何も答えてくれないし、話を聞くために交番に来るよ言ってもウンともスンとも言わない。何かを待っている様だったので、そのまま見ていたが一時間経っても動かない、この時期に旅行鞄を持っているのはウチの生徒ではないかと、親切に電話をかけてきたらしい。
ここの最寄駅のよみうりランド前は、上から見ると前も後ろも道路に挟まれている。
駅の一個しかない大きな出口は旧道の狭い道の方で、学校や寮の方面にでているバスは、歩道橋を渡って線路を越えた逆側の大きな通りの方にある、それをしらない子が毎年何人か駅前広場で迷子になってしまうのだ。
しおりにはちゃんと、送迎バスの出る場所と時間がしっかり明記され、それに乗れなかったときの小田急バスに乗る場所と時間までかかれているのに。
しおりをちゃんと読まないのが悪いとはいえ、そのまま駅前の交番に保護されたままというのもよろしくない。私は寮監のお姉さんに、事情を話して部屋に戻り一枚上に羽織ると寮を飛び出した。
さて、この寮から駅に行くには三つの道がある。
一つは自然遊歩道を使う方法。駅前から近くにある遊園地へいく簡単な未舗装の山道だ。
二つ目が、日本女子大をぐるっと回る道、遊歩道より遠回りだけどバス通りだし舗装されてる分、靴が汚れなくて済む。
三つ目は……人の庭に入るので誰にも言わない内緒の道。
私は二つ目の道を早足で歩いた。駅まで十五分の道のりで寮を出てすぐに、高等看護学校の門があり、坂を下ると付属病院がある。なんと言っても学校も寮も山の上にあるため、駅に行くときはほぼ全行程下りなので楽だ。
逆にいうと、駅から来るならバスを使った方がいい。
踏切近くの交番の中に、おまわりさんと旅行鞄を持った女の子がいた。この子が遅れてきていた新入生に間違いない。
「すみません、高等看護学校の者です……」
「ああ、お待ちしておりました。じゃあ、お嬢さん気をつけてね」
「……(コクン)」
と女の子は駅員さんに軽く頭を下げた。
(なんだこの子……外国人?)
遅刻した生徒が私に振り向いた。
私はその時、天使を見た。
そしてその子は。
確かに、天使だった。
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