実食、エッグスープ

 三人で席に着き、いざ頂きますと言おうとした時だった。

 確認することがあると、私は気がついた。


 最初に私に見せた、一万円札のことだ。あれはどこから手に入れたんだろうか?

 まさか魔法でコピーしたものなのか。もしそうなら、立派な犯罪だった。


「あのお札なんですけど、あれもコピーしたんですか?」


「んにゃ? 今、聞くことにゃ?」


「気になってるんです。もしコピーしたお札なら、受け取れません」


 きっぱりと、私は宣言した。

 前もって言っておかなければ気が済まなかった。


「けっこう堅物なんにゃ。ま、悪いことではないけどにゃ」


「……安心して。あのお金は、レムガルドで両替したものだから」


 私は小首を傾げた。あれ、レムガルドは二人の故郷のはず。

 完全な異世界で接点なんかないと思ってたけど、日本の通貨が流通してるの?


「実はレムガルドと地球には交流があるのにゃ。ほんのちょっとだけど、日本のお金も手に入るのにゃ」


「ええっ!? そうなんですか!?」


 驚いてばっかりだ、私。状況が状況だから、仕方ないけど。

 でも初めて知ったよ、そんなこと。まさか知らないところで異世界交流があったなんて。


「お金の偽造が重罪なのは、どこでも一緒にゃ。そのあたり抜かりはないにゃ」


 確かにちゃんと両替したお金なら、問題はない。

 本当は両替にも資格とかないと駄目だったりするかも知れないけど、そこは目をつむろう。


 予想外の答えに、私は口をむぐむぐとつぐんでしまった。

 そうするとアリサが、スプーンを穴が開きそうなほど見つめながら小さな声で呟いた。


「……もう、食べてもいいかな」


「そ、そうだね! いただきますっ!」


 物欲しそうなアリサの声だったので、私も慌てて言った。


二人もいただきます、と合わせるとさっそくスプーンを持って食べはじめる。

 やっぱりかなりの空腹だったのか、勢いよくどんどんと具材を口に放り込んでいく。


 ちらっと見ていると、ニナは一口ごとに「おいしいにゃ~」と言って、ごろごろと猫なで声を出していた。

 アリサもほいほいっと一切止まらずに、黙々と食べ続けている。


 門前払いの出来ではなかったので、一安心だった。


 私も食べはじめようっと。

 まずはスープだけをひとすくいする。


 色はまず良し。黄金色、小麦色の半透明スープが揺らめいている。

 口に近づけると、ふんわりとした香りに唾液が出る。


 そのままそっと、口に含む。うん、しっかりとした鶏の出汁にレモンの酸味がにじむ。

 オリーブと卵のまろやかさも何とも言えない。


 二口目はじゃがいもとコカトリスのもも肉をすくいあげる。

 じゃがいもは十分に煮えていたけれど、もも肉もこのぐらいで大丈夫なようだ。


 じーっと見てもおかしいところはない。

 ぱくり。うーん、なんて濃厚な味わい!


 市販の鶏肉より、数段味が濃い。身体の芯から熱が広がっていく。

 野性味というか、こってりとしている味のせいかな。

 じゃがいもと香辛多めのスープならコカトリス肉の方がいい!


 もしかしたら、ラーメンとかにも合うかもしれない。

 例えるなら、華やかな俳優が何人も並んでいるような。

 それでいてぶつかりあうことなく、まとまっている感じだ。


 初めての食材にしては、相当うまくいったんじゃないかな?

 三口目の前に、口直しとしてジュースを一口飲む。

 舌に残った味をリセットだ。


 いよいよ黄身を崩して、スープに広げる。これがエッグレモンスープの真の姿、真の味だ。


 頬張ってみると、また格別だ。

 一段とまろやかさが増しているし、うまみが舌を満たすのだ。


 弾力のあるコカトリスのもも肉からにじむ肉汁が、口内で絡み合う。

 ほう……と、ため息が出る美味しさだ。


 視界の端で、ぴょこぴょこ動いていたのはアリサだった。


 アリサは変わらず無表情だけれど、尻尾と耳が跳ねていた。

 完全に犬の仕草だったけれど、好評なのはすごく伝わってきた。


「コカトリスってこんな味だったのにゃ……。スープともよくあってるにゃ。香辛料がこんなに使われてる料理は、王宮料理でもないにゃ」


「……旅の間は塩漬け肉と、乾いたパンばっかりだった。このスープは、本当においしい」


「料理に関しては、レムガルドより遥かに進んでるにゃ。おかげで、かなり効率よく魔力を摂取できるのにゃ」


 べた褒めだった。二人とも上機嫌で、具材も良かったとか感想を言ってくれる。


 二人の話を聞く限りだと、どうもレムガルドは中世レベルの世界のようだ。

 なら、なおさら良かったはずだ。


 このスープは元々フランスの伝統料理でもあり、滋養強壮に良いとされている。

 コカトリス肉が持っているにんにく味も、マッチしていたと思う。


「ふう、ごちそうさまにゃ!」


「ありがとう……おいしかった」


 私もお粗末様でしたと返して、片づけを始めた。

 ニナとアリサも手伝ってくれると、あっという間に後片付けは終わってしまう。


「いきなり召喚してびっくりさせたけど、助けられたにゃ!」


「満足してくれたみたいで、良かったです」


「お礼を言うのは、こちらにゃ。コカトリスみたいな食材は、レムガルドでも調理できる人はほとんどいないにゃ。本当に助かったのにゃ」


 ぺこり、とニナが礼儀正しくお辞儀をした。

 全く猫らしくない振る舞いだけど、だからこそ感謝の気持ちが伝わってくる。


 私としては料理自体、実は難しいわけじゃないのが少し恥ずかしいところだけど。

 肝心のブイヨンもインスタントだったし。


 アリサも背筋を伸ばすと、直角に深々と頭を下げた。


 お礼なんだろうけど、小さい女の子が頭を下げているので、ちくりと罪悪感を覚えてしまう。

 そんなにかしこまる料理じゃ、本当にないのだ。


「これからも……お料理作って欲しい。また食べたい」


 アリサは頭を下げたまま、はっきりと言ってきた。


 やっぱりそう来たか。私は正直、迷っていた。

 なんだかんだ言って、もう数時間使ってしまっていた。


 割のいいアルバイトぽいけれど、今後は何を作らされるかわからない。

 加えて今日みたいに突発で呼び出されると、時間の融通もきかない。


 こっちの方がもっと問題だった。唸りながら考えていると、思い出しかのようにアリサが答えてきた。


「あ……この空間は時間の流れがちょっと変わってる」


「……へ!?」


「ここの一時間は、日本の五分くらい」


「正確には六分にゃ。つまりここで三時間使っても、東京では十八分しか経ってないにゃ」


「まじですか!? すごい! それじゃあ例えばブイヨンを半日かけて作っても、日本に戻れば一時間! 生地を寝かさなきゃいけないのもこっちで作ってしまえば……!」


「えーと、思ってもみなかった食いつきにゃ……」


 わなわなと両手を震わせ、私は頭をフル回転させていた。

 いままで時間がかかるからという理由で、作れなかった料理の数々が走馬灯のように駆け巡る。


「本当に何から何まで作ろうとすると、料理は時間がかかります。一日で試せる料理は限られてるんです。今のスープも出汁から作ったら、半日かかりますよ。そ、それがここなら……そういうの気にしないでつくれる!」


「あとキッチンも使い放題」


「そう、それもあります! 家の設備より断然こっちの方が器具が揃ってる!」


 あれ、なんかやってもいい気になってきた……。

 経緯は無茶苦茶だけど、メリットはまさにこの世のものとは思えないほど大きいんじゃないか。


 タイムイズマネーとはこのことかっ。いや、お金も貰うけどさ!


「いっそ睡眠はこっちでとるのもありなんじゃ……! 六時間寝ても、日本では一時間も経ってない計算になるんですけど」


「……一度に二十四時間以上いるのは、まずいと思う。戻るのに支障が出る……かも。肉体年齢をカバーする魔法があるから、加齢とかは大丈夫だけど」


「ここにいる分だけ、歳を早くとるようなことはないにゃ。でも居すぎるのは避けるにゃ」


 うぐ、やっぱり上限はあったか。でも十分過ぎる。


 大学生としては学業もこなしていかなければならないし、時間はいくらあっても足りないくらいだ。

 課題、料理、アルバイトとやることはたくさんあり過ぎる。


「でも、気軽に行き来ってできるんですか?」


「もう考えてあるにゃよ。鍵を渡しておくにゃ~。彼方ちゃんの玄関にこの鍵を差して入れば、こっちの玄関に繋がるにゃよ」


 そういってニナの手にぽんっと、眩しいくらいの銀の鍵が現れた。


 柄には細かく宝石がちりばめられており、七色の輝きを放っている。

 まさに魔法の鍵みたいだった。アクセサリー関係には疎い私でも、目を奪われる豪華さだ。


「……移動に副作用とかは、ないんですよね」


「アリサも言ってたけど、二十四時間近くいると魔力に慣れ過ぎて体調悪くするにゃ。あと電気ガス水道は通したけど、電波関係はダメダメにゃ~」


「電話やネット、テレビは駄目ってことですね。その程度ならいいかな……」


 頭の中で色々整理していると、袖をくいっと引っ張られた。

 いつの間にか、アリサが真横にいる。私の袖を持ちながら、純真な眼差しで見つめてくる。


「これからも、作ってくれる……?」


 出会って数時間だけれど、私はどうも、アリサのおねだりに弱いようだった。

 上目遣いに覗きこまれると、断れなくなるのを自覚する。


 気にするような副作用はなさそうだし、反対に大きなメリットがあるのもわかった。

 ここまで考えても断る理由は――もう、なさそうだった。


「はい……よろしくお願いします」


 私も二人に頭を下げた。


 こうして、私の異世界料理人のアルバイトが始まったのだった。

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