コカトリスとじゃがいもエッグスープ
いくぶんか釈然としないけれども、私は料理を作ることにした。
ベッドのある部屋を出ると、廊下も新しい家の雰囲気がすることに気づいた。
佇むような森の静けさが感じられる廊下は、少しも汚れていなかったし、人が住んで傷つけた跡もなかったのだ。
「新築の家をコピーしたにゃ、とっても綺麗にゃ?」
ニナはぺたぺたと、私を案内しながら喋った。なんだかすごい話だった。
建築会社が聞いたら卒倒しそうだ。そういえば電気もちゃんと通っている。
さらに水道もガスもちゃんと使えるようにしてあるらしい。万能すぎる魔法だった。
でも、ふと思い当たる。魔法で料理も作ればいいんじゃないのだろうか?
家一軒作るより大変な料理なんてない。
中世では聖歌隊を乗せた料理とか、とんでもない料理もあったらしいけれど。
「キッチンも適当にコピーしたんだけどにゃ、中々のはずにゃーよ」
「……食材はあるんですよね」
「冷蔵庫だっけにゃ? 中のものもコピーしたからあるにゃ。でもレムガルドの食べ物と全然形が違うし、私たちは火が怖いのにゃ」
「レムガルド……?」
私は小首を傾げた。少なくてもニュースで聞いたことがない単語だ。
地名だとは思うんだけど、地理関係の授業でも覚えがなかった。
「……レムガルドは、日本とは違う異世界。私たちはそこから来た」
「ふーん……って、ええ!? 魔法使いって話は!?」
「だから異世界の魔法使い。そもそもこっちの世界の人に、私のような人はいない」
アリサが尻尾をぴょこっと動かす。
あざとい、可愛い! じゃない、言い切られてしまうと、返す言葉もなかった。
アリサの犬耳と尻尾、喋る猫であるニナは確かに別世界だ。
「ま~、あんまり気にしないで欲しいのにゃ。この家は東京に出入り口があるけど、異空間なのは確かなのにゃ」
「正直、便利な空間ですね」
「それも魔力があればこそだけど、もう無理……」
ふらり、とアリサが倒れかける。慌てて、私はそれを受け止める。
ぎゅっと私の袖を握りつつ、アリサが上目遣いに声を出す。
「ちょっとくらくらするだけ……まだ大丈夫」
「んにゃー、でも確実に魔力欠乏症にゃ。早く魔力を摂取するのに越したことはないにゃ」
「ええ、早くレムガルドの食材を調理してもらわないと……」
「調理ばっかりは、私たちには不向きだにゃ。私は猫にゃし」
「私は……包丁持ったことない」
なるほど、料理がぱっと作れそうな気はしない。
火が怖いとも言ってたし、動物的な本能が邪魔をしているのかも知れない。
「調理はできなくても、料理はコピーできるんじゃ?」
「魔力を含む料理を、魔法でコピーしたら赤字にゃ。大赤字にゃ。五の魔力を得るのに、十の魔力を使うようなものだにゃ……」
うーむ、うまくいかないものだなぁ。それだと外部の手を借りるしかない。
だから私みたいな人を呼ぶしかなかったのか。
きっとアリサの手が冷たかったのは、魔力とやらがもうないせいかな。
もう一つ、気になるのはレムガルドの食材だった。
何が出てくるのか、どう調理させるつもりなんだろうか。
そもそもちゃんとした食材なのかなぁ。
もんもんと考えながら、私たちはリビングについた。
そこで私はリビングを一目見て思わず、感嘆してしまった。
リビングだけで、なんと自宅の数倍の広さがある。
白と枯木色でまとめられた家具の数々が落ち着いた空間を生み出していた。
キッチンも立派なものだ。ぱっと見ても一般家庭よりも遥かにの調理器具は揃っている。
レトロな大型キャビネットもある。棚も所狭しと置いてあり、料理を作るんだ!という意志が伝わってくる。
棚類だけでも数十万はするだろう。
調理器具も良く見れば、かなり高価で最新のものばかりだ。
備長炭の保温釜とか、簡単にハンバーガーとかができるマルチプレートもある。
普段だと他人のキッチンを使うのは気まずさがあるけど、完璧に真新しいキッチンだった。
一人暮らしを始めるときに欲しかったけれども、泣く泣くあきらめた器具もある。
悲しいことにちょっと趣味が近いのもあって、心が弾んでしまう。
これだけの設備があれば、たいていの料理は作れるだろう。
「調理してもらいたいのは、このお肉にゃ」
手も触れていないに冷蔵庫のドアが開き、<何か>が飛び出してくる。
地味に心臓に悪い。そのまますーっと私の目に前に来る。
そうしてふわふわと浮くのは、ひと塊の鶏肉だった。
下処理はちゃんとしてありそうだが、塊として切り方が悪いのかすこし不格好だ。
異世界の食材というよりは、見慣れた鶏肉にしか見えなかった。ちょっと拍子抜けだ。
「どうみても鶏肉のように見えるんですけど…」
「……でも紛れもなく、レムガルドの食材。コカトリスのもも肉で、魔力が貯めこまれてる」
「私はこっちの世界の料理しか作れませんよ」
「下処理はニナがしてるから問題ない。普通の鶏肉として扱って大丈夫。あなたが食べても、何も起きない」
アリサはそこで言葉を切り、ニナの背中をゆっくりと撫でる。
ニナはごろごろと喉を鳴らし、ニナにすり寄る。
「あと、私とニナへの料理は人間基準で構わない。たまねぎとか、貝とかも大丈夫……」
犬と猫は人間よりも食べ物のタブーが結構多い。
ニナは見た目完全に猫だけど、魔法使いだから人間と同じでいいということなのかな?
うーん、しっかりしていそうなアリサが言うのなら、大丈夫かな。
思い出すとコカトリスはファンタジーでお馴染みの、ニワトリみたいなモンスターだった気がする。
手に取ってみても、鶏肉の手触りだ。早速、まな板の上に置いて包丁を入れる。
ちなみにニナとアリサは私が包丁を持つや、さっとリビングに姿を消してしまった。
一切、口は挟まないということらしい。
力を入れて鶏肉を切ると、ぐぐっと弾力が返ってくる。
力強い味わいが想像できる、いい鶏肉みたいだ。
出来る限り早く料理として出すのなら、多分スープ仕立てが早いだろう。
私は頭の中で、計画を素早く立てた。
まずコカトリス肉を一口大にスライスしていく。
すると、何もしていないのに不思議とふんわり香辛料の香りがした。
にんにくと胡椒のような食欲をかきたてる、肉によく合った匂いだ。もしかして、コカトリスだからか。
さすが異世界の食材だ。手応えからも、鶏肉としてかなりの上物だと思う。
すぱすぱと切っていくと、厚かった肉はあっという間に十切れくらいになっていた。
ラッキーだったのは、インスタントのブイヨンがあったことだ。
あとは冷蔵庫にハーブ類も豊富にあった。
きっと元の持ち主は、西洋料理が得意だったに違いない。
ありがたく使ってしまおう。
鍋に水を入れてブイヨンを溶かしながら、ローリエやタイムといったハーブ類もぱっと切っていく。
コカトリス肉だけじゃなくて、栄養の為というなら野菜も入れるべきだろう。
もとからあるにんにく風味を生かすなら、じゃがいもだ。
これも冷蔵庫に入っていたのはありがたい。
皮をむいてざくざくと切り、鍋に放り込んでいく。
鶏肉とじゃがいもの組み合わせは東西を問わず、健康的と言われている。
最後にセロリ、塩といった調味料を入れてふたを閉じた。
コンロの目盛を限界まであげて、強火にする。
ふうと一息ついて、薄い青ときらびやかな白で飾られたお皿を3枚取り出した。
ニナとアリサと、私の分。せっかくだし、私もコカトリス肉を食べてみたかった。
害はないってことだし、好奇心を抑えられなかったのだ。
ここまでやればあともう少しで完成だった。
ブイヨンが沸騰し具材が煮えたら、火を止めて皿に盛りつける。
コカトリス肉もちゃんと火が通っており、菜箸でつつくとほろほろの食べごろになっていた。
仕上げに卵を割り黄身を乗せ、少々のレモン汁とオリーブオイルで皿を一周させる。
できたっ、コカトリスとじゃがいもエッグスープ!
ぷりぷりとした黄身とじゃがいもが黄金色のスープを彩っている。
最後にかけたレモンとオリーブの匂いも料理を引き立てていた。
「……出来た?」
「すぐそっちに持っていきます。栄養満点ですよ」
「私も食べたいにゃー! すっごくそそられる匂いにゃ!」
湯気がリビングまで漂っているせいか、二人とも待ちきれない様子だ。
スープと、あと冷蔵庫にあったオレンジュースもさっと持っていく。
風邪なんかの時にいい、なかなかのバランスメニューじゃなかろうか。
「見た目も素敵にゃ。卵ときらめくようなスープにゃ……」
ニナはうっとりと目を細め、匂いを堪能しているようだ。
アリサもごくりと、舌なめずりをする。
尻尾もぱたぱたと振っている。なんとなく、動物ぽい仕草だった。
「早く……食べたい」
「うん、私も作っててお腹空いてきちゃったし」
「あなたを呼んだのは、間違いじゃなかった。素晴らしい出来映え、期待以上」
アリサは抑揚のない、平坦な声だけどしっかりと褒めてくれた。
ニナもうんうんと頷く。
大学生の身の上ではあるけども、人様へ作る料理にはプライドを持てと私は育てられていた。
自分で作った料理を褒められるのは、料理人としては何よりも嬉しい。
自然と笑顔になり、テンションが上がってしまう。
「じゃ、冷めないうちに食べよう!」
実は起き抜けからの料理だったので、私にも相当に効いていた。
皿から盛り付けてからの香辛料の刺激は強烈だ。
あと思ったよりも異世界食材のコカトリス肉が、良さそうな感触だった。
初めて食べる食材にわくわくするのは、料理人の性なのだ。
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