第7話 お題:中秋の名月
とろりと溶けた
リーン……リーン……と恋を
かさりと不自然に揺れた尾花の硬い尖った葉の隙間から月に似た黄金色が覗く。
暗く沈む夜の陰に浮かぶそれは
かさかさと揺れる葉の陰から漆黒の天鵞絨を纏った
柔らかな草紅葉の上に座ったその背中は凛と伸びて、黒々とした艶やかな被毛が月光を受けて淡く光を放つ。
身動ぎもせずに己の瞳と同じ色の月を真っ直ぐに見つめる
止んでいた鈴虫の音色が、またもの哀しく響き始める。
――今日は中秋の名月と言うんだよ。まあるいお月さまが綺麗だろう? おまえの瞳と同じ色だね。……ほら、お月さまのあの影はうさぎが餅を
低く優しい響きの声とともに、温かな掌が濡れ縁に伏せた艶やかな背をゆうるりと撫でる。
繰り返し触れる体温の心地よさに、扁桃の瞳を細めた。
インクルージョンのような星の輝きと、月に浮かぶ影すらも綺麗な夜空が細めた瞼の隙間から見つめる。
彼には月に浮かぶ影がうさぎが餅を搗いているようには見えなかったけれど。
――眠ってしまったのかい?
優しい声と温もりに瞼がゆっくりと落ちて、冷たく輝く月の光を隠していく。
――次の中秋の名月は一緒に見られないかもしれないな……。
微睡みの中聴こえた淋しげに呟かれた言葉は撫でられる温もりに溶けて、彼がその意味を理解することはできなかった。
あのときに見た月と同じまろみを眺める彼の傍に、大好きなあの温もりは無い。
うさぎには見えない月の影に
にゃーんと小さく温もりを呼ぶ彼の声に応える声はなかった。
諦めたようにゆっくりと歩き始めた小さな背中は、芒野原の奥に広がる月の光の届かない黒々とした林の木々の中に溶けるように姿を消していく。
朧な月の光に照らされた野原にはリーン……リーン……と恋しいひとを呼ぶ鈴虫の声と細やかな葉擦れの音だけが淋しげに響いていた。
手習い短編集 篁 藍嘉 @utakatanoyume
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