第6話 お題:薄野原

 山毛欅ぶなくぬぎといった落葉樹が、広げた枝に生い茂る早苗色さなえいろの葉を黄檗きはだ似紅にせべにの化粧で彩り始めた雑木林の小道を、伸びた下草に足を取られないように気を付けながら進んでいく。

 木の葉に遮られて陽の光の届きにくい林の中は、ひんやりとした空気に満ちて、湿り気に満ちた土の匂いが広がっていた。


 踏みしめた土から薫る匂いを懐かしく感じながら、下草の中から控えめに己も紅い花だと訴えかける吾亦紅われもこうや、藤袴ふじばかま女郎花おみなえしなどの花々が顔を覗かせている様を楽しみながら歩を進める。


 仄暗い雑木林を抜ければ小高い丘になっていて、眼下には一面の榛色はしばみいろが、陽光を燦々と浴びて煌めいていた。


 吹き渡る風にざわめくように揺れる尾花の群れから、微かに匂う乾草に似た薫りが鼻腔を擽っていく。


 斜面の下草の上に腰を下ろして、一面に広がる榛色の穂が右に左にそよそよと靡くのを見つめれば、天を仰ぐ稲のようなすっと伸びた葉が、隙間から顔を覗かせていた。


 疎らに見える深緑は萩だろうか。


 目を凝らせば、小さな薄紅色の可憐な花が見えた。


 そよぐ風にはねを広げる赤蜻蛉が、柔らかな穂先の波間を舞うように飛んでいく。


 番う相手を見つけて連なった赤蜻蛉が、ふわりと目の前を横切った。


 遠くから聴こえる鳥たちの囀りと目の前の光景が、現世から隔離された幻想の世界のように、わたしを魅了してやまない。


 草の上に躰を横たえると、漣のように揺れる煌めく絨毯の上に寝転んで、天を仰いでみたらどんなにか心地よいのだろうかと想像する。


 そんな夢のようなことを考えながらそっと瞳を閉じて、さざめく尾花の語らいに耳を傾けた。


 柔らかな風が頬を擽っていく。


 まるで大地の一部になったような不可思議な感覚に、わたしの意識はいつしかその心地よさから深い眠りに落ちていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る