第5話 お題:曼殊沙華

 里山の麓に広がる田園地帯では、緑の葉の間から伸びた茎に黄金色に色づき始めた稲穂が重く首を垂れている。


 青々とした田は、徐々に黄金色へと変貌を遂げている最中で、吹き抜ける風もまた、熱気の籠った息苦しさを感じるそれから、涼しさを纏った爽やかな秋風に変わりつつあった。


 畔の叢からはマツムシの軽やかな音色が響き、緑の中に赤や黄色に色づき始めた草紅葉が色を添える。


 草紅葉くさもみじの鮮やかな紅葉こうようにも霞むことのない緋色の群生が、水路沿いの畔に我こそはと咲き誇っていた。


 天頂から降り注ぐ陽光に向かって凛と伸びた花茎だけが、草紅葉の中から幾本も高さを競い合うように並ぶ。


 輪状に並んだ小さな花は、細長く撚れて弧を描き、長いしべが天を仰ぐように伸びて、まるで菊花のような容にも見えた。


 緋色の絨毯のような花園は、まるで畔を燃やすほむらのようにすら見えて、妖しささえ感じられる。


 そよそよと風になびく姿は可憐にも見えるのに、冥界へといざなう篝火のような禍々しさもあった。


 その全てに毒を内包しているはずなのに、そんなことは関係ないとばかりに、蕊の頂を濡らして誘う蜜に蝶がひらりと寄り添って、一心に管を伸ばしては蜜を吸い上げていく。


 緋色の絨毯の間近に腰を下ろしてその様子をじっと見つめていた少女は、徐に手を伸ばして誘うように揺れる花茎に手を伸ばす。


 ――毒があるから摘んではいけないよ。


 ふと耳朶に蘇る祖母の声に触れる寸前で手をとめた少女は、それでも、目の前の誘惑に抗いきれずに花茎を手折った。


 ふるりと長い蕊が満足げに揺れる。


 手にした緋色に魅入られるように、少女は己の風に揺れる長い髪に隠れた耳元にそれを差し込んだ。


 ふわりと微笑むそのかおは少女の殻を脱ぎ去って、妖艶さを纏った女の表情に姿を変える。


 その変貌を惜しむかのように、マツムシの澄んだ音色が物哀しく響いていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る