第2話 お題:穴場で花火

 色とりどりの浴衣をまとったひとで溢れ返った喧噪の中を、その流れに逆行して進んでいく。


 押し寄せる人波の間をぶつからないように縫って歩けば、徐々にすれ違うひとの数は減って、息苦しささえ感じるような人混みから抜け出していた。


 堤防の土手に向かうひとたちの姿はもうまばらで、駅前の商店街を抜けてしまえば他に人影も殆ど見えない。


 市街地を抜ければ、視界に広がるのは穂の出始めた稲の戦ぐ一面の田園地帯だった。


 宵闇にぼんやりと浮かび上がる灯りの点らない学校は、昼間とは違ってどこか不気味さすら感じる様相をしている。


 正面に見えるそれをなるべく視界に入れないようにしながら、手にした懐中電灯を燈して足元を照らし、舗装のされていない畦道へと進路を変えた。


 昼間の熱の籠った田んぼから立ち上る草いきれにせそうになりながら、あぜの先に続く細い獣道に足を踏み入れていく。


 緩やかな斜面になった雑木林の中を足元に気を付けながら進めば、いくらもしないうちに林を抜けて開けた丘に辿りついた。


 見下ろせば、堤防に並んだ屋台の提灯の灯りがまるで道のように連なっているのが見える。


 先程まで空の半分を彩っていた茜色は濃紺に塗り替えられて、地平線の際にほんのりと名残を残すばかりとなり、すっかり夜の色に染まった天頂には、ちかちかと星が瞬き始めていた。


 爽やかな風が髪を揺らしていくのを感じながら、柔らかな緑の絨毯の上に腰を下ろす。


 川べりの喧騒も届かないこの場所は、現世から切り離された様にさえ感じられる。


 汗の滲んだ火照った躰が程よく冷えて、風に漂い薄くなった草いきれを胸いっぱい吸い込んだ。


 青い草の薫りが心を和ませる。


 ほぅっと息を零した途端、細く消え入りそうな笛の音にも似た音の後、大輪の紅い華が濃紺に浮かびあがった。


 きらきらと光の欠片が煌めいて濃紺に消えていく。


 直後に響くどーんという太鼓のような音が空気を揺らした。


 それを皮切りに、次々と細くたなびく光の帯が空に駆け上がっては、色とりどりの華を咲かせて消えていく。


 夜空を彩る刹那の輝きに目を奪われながら、風に乗って微かに匂う火薬の焼けた匂いが鼻腔を擽るのを懐かしく感じた。


 わざわざ斜面を登って出店からも遠いこの場所に足を運ぶひともなく、まるでひとりだけのために打ち上げられた花火を見ている気持ちにさえなってくる。


 秘密の場所だぞと笑った、鬼籍に入って久しい祖父も、この空のどこかでこの輝きを眺めているのだろうか――。



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