手習い短編集

篁 藍嘉

第1話 お題:縁側で西瓜

 雲ひとつないそらの頂に眩く輝く日輪から燦々と降り注ぐ陽光を受けて、きらきらと光る庭木の葉が風に揺れる。


 まるで星の瞬きのようにも見えるそれを眺めながら、榑縁くれえんの艶やかな葡萄色えびいろの縁板に腰を下ろした。


 開け放たれた木製の雨戸が、納められた戸袋の中に吹き込む風にときおり乾いた音を立てる。


 その微かな音を掻き消すように、南国の花に似た薄紫の大輪をいくつも咲かせた木槿むくげの高木の幹にとまった蝉たちが鳴き声を競い、ただ座っているだけでじわりと汗が滲む暑さを増長させていた。


 額に滲んだ汗が目尻に垂れてくるのを無造作に手の甲で拭う。


 古びた平屋の日本家屋は、全ての引き戸を開け放てば驚くほど風通りが良いけれど、日輪が天頂付近にあるこの時間は、その風すらもどこか生温く感じられる。


 陽の光の届かない縁板の、腰を下ろしたすぐ傍に置かれた木製のたらいには、水が張られ西瓜が涼し気に半身を沈めていた。


 手を差し込めば水温はまだ幾分冷たさを残して涼を誘う。


 両の手で西瓜を抱え上げる。滴り落ちる水滴を盥の隣に置いた手拭いで拭って、その大きな球体を俎板まないたの上に置いた。


 俎板に向かって座り直し、手にした菜切り包丁を縞模様と垂直に押しあてる。


 力を込めれば鈍色にびいろの刃が皮をぷつりと断つ感触と、金属がタンと俎板を打つ小気味のいい音とともにふたつに割れて中から真っ赤に熟れた果肉が顔を覗かせた。


 瑞々しく甘い香気がふわりと鼻腔をくすぐる。


 ほのかに青臭さの混じった甘さの薫りを深く吸い込んで、半球のひとつを水滴を拭った手拭いの上に置いた。


 俎板に残った半球の片割れの断面を彩る紅い果肉に浮かぶ黒く艶やかな種たちが描く模様は、まるで夕空に上がった昼花火のようにも見える。


 ざくざくと躊躇ためらいもなく包丁を入れていく。


 紅い華のように放射状に広がった西瓜の傍に包丁を置いて、花びらのようなひと切れを手に、にじって縁板の縁まで進むと足を外に投げ出した。


 ゆらゆらと行儀悪く足を揺らしながら、手にした紅い果肉に齧り付く。


 じわりと溢れだす果汁を零さないように気を付けながら頬張れば、瑞々しい甘さが口腔いっぱいに広がった。


 口に残った固い種を口唇をすぼめて庭先に向かって吐き出せば、乾いた地面に落ちた艶やかな黒が降り注ぐ陽光を受けてきらりと輝きを放つ。


 蝉の声と眩い陽光、色を添える木槿の花。


 変わらない夏のひととき。


 そこには、種を飛ばすと行儀が悪いと眉をひそめた貴方の姿だけが――足りなかった。

 


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