第24話
来た時と同じ道なのに、違う世界のよく似た道路を走っているように感じるのは何故だろう。
指宿の動物病院でぶっ倒れて、気がつけばベッドの上。そこは長期滞在する湯治客向けの「温泉病院」と呼ばれる医療施設で、自分はどうやらインフルエンザで高熱を出していたらしい。とうに引退していてもおかしくないような年齢の主治医は「下手をしたら脳にまわって、えらい事になってましたよ」と脅してくれた。
たぶんペクを連れて出発する前に感染していたのだろうが、道中のトラブルが積もり積もって高熱に結びついたのか、或いは既に病状はあったのに、あれやこれやに気を取られて判らなかったのか、その辺は自分でも覚えがない。
生まれつき身体は丈夫な方で、
ともあれ、病院に運びこまれたのが土曜日の昼前で、目を覚ましたのが日曜の午後、そして有給休暇は月曜だけなので、どうにかして月曜のうちに帰宅しなくてはならないのだった。いや、それ以前に、紗代子に連絡しなくては。
下手をしたら脳がえらいことに、どころか、本当にちょっとやられたのではないかと思うほど、陽介は病院に担ぎ込まれるまでのあれこれを忘れかけていた。暇さえあれば話しかけてくる、同室の老人二人をなんとかあしらいながら、自分がすべき事の一つ一つを思い出してみる。紗代子に連絡する前に、まずは動物病院にペクの様子を聞いて、どういう治療ができて、どれだけ入院するのか確認だ。
しかし外と連絡をとろうにも、肝心の携帯電話がない。それを看護師に訴えると、「ご家族にはもう連絡ができていますから、心配なさらずにゆっくり休んで下さい」と言うだけで、とりあってくれない。かろうじて判ったのは、月曜の朝に熱が下がっていれば退院できるという事だけだった。
そこからまだ食い下がることもできたかもしれないのに、少しでも気を抜くと睡魔が取り憑いてきて、何だかもう全てが面倒になってしまい、陽介は布団をひっかぶって眠ることを選んだ。
果たして月曜の早朝、検温の時間になると、陽介の体調は嘘のように好転して、平熱に戻っていた。同室の老人たちは口々に「やっぱり若い人は違うねえ」とほめそやしてくれたが、ろくすっぽ彼らの相手をしなかったので、少々後ろめたいものがあった。
とはいえ、これでなんとか今日中に帰宅できて、明日は予定通り出社できるわけだ。朝一番で主治医の診察を受け、退院の許可を貰ってすぐに、陽介は病院が預かってくれていた荷物を受け取った。しかしどこを探しても携帯電話が見当たらない。看護師にきいてみても、最初からなかったと言うばかりで、どうやら動物病院で落としてきたらしい。どうせレンタカーはあそこの駐車場に停めっぱなしなのだから、帰りに寄って確かめるしかないだろう。
そして支払をしようと会計窓口へ行くと、向こうはけげんそうな顔で「もうお済みですけど?」と言った。
「いや、誰か別の人と間違えてるんじゃないですか?
「はい、高田陽介様、先ほどお連れの方が来られて」
これだから年寄相手ののんびりした病院は…と、陽介は天を仰ぎたい気持ちになった。まあ、それでいいならさっさと失礼するところだが、後になってあれこれ連絡されても面倒なのだ。
「俺は一人で入院してたんですけど」と、できるだけ穏やかに反論していると、後ろから肩をたたかれた。
「ごめん、言うの忘れてたけど、支払いは済ませてる」
呆気にとられている陽介に向かって、
「もしかして、俺はもう死んでるのかな。だからこういう、超常現象が立て続けに起こるとか」
温泉病院の駐車場に停められた、自分が借りた筈のレンタカーに乗るべきかどうか、一瞬ためらいながら、陽介は既にハンドルを握っている亨に確かめてみた。
「まだ死んでない。俺の運転がまずくて、途中で死ぬ可能性はあるけど」
「それはまあ、不可抗力だな」
その言葉に亨は一瞬にやりと笑い、「乗れよ」と促した。
「とりあえず俺が一番気になってるのは、連れてきた犬のことなんだ」
助手席に座り、まだドアも閉めないうちに陽介はそう切り出した。
「だからちょっと、なのはな動物病院ってとこに寄りたいんだけど」
「それは必要ないよ。もうあの犬、ペクか。あいつは入院したし、これから手厚い治療をうける。詳しい事は病院から紗代子さんに連絡済みだ」
それだけ答えると、亨は車を発進させる。
「どうしてそれを知ってるんだ、って顔してるけど、あそこにあの犬を連れてったのは俺だから」
「俺だから、って、どうしてそんな事になる?ペクを連れていったのは、佐藤カオルって女なのに」
「だから俺がその、佐藤カオルなんだよ。まあ、偽名だけど。俺が
「はあ?」
亨の言葉は、間違ったピースを無理やり組み合わせたジグソーパズルのようだった。
「なんでお前が大野さんのこと知ってるんだよ」
「ちょっとややこしいけど、空港に着くまでには話し終わると思う」
「それじゃお前ら、ぐるになって俺のことハメてたわけ?必死で海に飛び込むの見て、大笑いしてたわけ?」
「いや、それは大野さんの思いつきで、俺は知らないけどさ。まあとにかく、俺は大野さんとは一種の知り合いで、彼女の無茶な計画をどうにか防ごうとはしたんだけれど」
「無茶な計画?」
「高田陽介を離婚させて、自分と結婚させる」
突然、隣でハンドルを握っている旧友が見知らぬ相手のように思えて、陽介は「車、停めてくれる?」と声を尖らせた。しかし向こうはそれも折込み済みといった様子で、速度を落とさない。その態度に見下されたような気分になった陽介の口から「俺が
亨は黙って前を見つめたままで、その横顔の向こうを知らない街の景色が流れていく。もう十分に春の気配を含んだ外の日差しとはうらはらに、彼の眼には海の底のような昏さがあった。学生時代の彼からは全くといっていいほど感じられなかったその昏さは、この世の半分を形作っている闇だ。その事で亨の印象は以前よりもずっとくたびれたものになってはいたが、それは要するに、彼が陽介よりもっと深い場所を通り抜けてきたという証だった。
「ごめん、言い過ぎた」
陽介は深呼吸をした。
「たぶん俺は、自分で思ってるよりずっと混乱してるんだ。もう一度はじめから、ちゃんと説明してもらえないかな」
亨がちらりとこちらを見る気配があって、それから「大野さんの事だけどさ」と言葉が続いた。
「彼女の話をする前に、俺がそもそも今、何を仕事にしているのか説明する必要があるな。まあ非常に物好きだと思われても仕方ないけれど、ネットで呼びかけられた集団自殺を防ぐのが主な仕事だ。自分でもはまった癖に、とは思うんだけれど、結局のところ、俺はまだそこから抜け切れてなくて、だからつい同じ場所に戻ってしまったんだろう。
まあそれは澪にしても同じことで、この仕事はそもそも彼女が自分の資金で立ち上げたものだ。形としては会社になってるし、表の顔もきちんとしてるけど、しかしその実態は、って奴だな。俺はだから、そこに雇われているという具合」
なるほど、と口では相槌を打ちながら、陽介は心のどこかで亨が「というのは全部冗談」と言うのを待っていた。
「うちにはあと何人かスタッフがいて、それぞれに得意な分野がある。まずはネットを監視して、自殺を呼びかけるサイトを見つけたら接触して、仲間に加わりたいと意思表示する。向こうが信用してくれて、具体的に話が進み出したら、そこからが先が何の特殊技能もない俺の出番だ。さあ一緒に死にましょうと集合しておいて、全てを台無しにして逃げてくる。
もちろんこの仕事では一銭も儲からないけれど、皮肉なことに表の商売である占いサイトは順調に売り上げを伸ばしてる。澪にはけっこうビジネスセンスがあるんじゃないかな。親がやってた仕事だって、別に旦那を頼りにする必要はなかったかもしれない」
そこまで言って、亨は少し気まずそうな顔つきになった。どうやら、一番口にしたくない人物に触れてしまったようだ。そのせいか、彼は少し間をおくと、言葉の調子を変えた。
「それで、だ。大野さんの話。彼女もまた、俺が自殺サイト絡みで知り合った相手だ」
「まさか」と、陽介は即座に否定する。
「大野さんほど自殺と縁遠い人もいないだろう。何かの間違いじゃない?」
「人って奴は腹の底で何を考えてるか、判らないもんだよ。そういう意味では、俺も人前では平然と過ごしながら、一方で死ぬ準備を進めていたし、澪だって似たようなものだ。でもそれは案外、気の休まる事でもある。何ていうんだろう、退職が決まった後に、カウントダウンで出勤する感じに近いかな」
「俺はまだ退職したことないから判らないけど。でもやっぱり大野さんは違うよ、あの能天気さは」
「彼女にとっては多分、そこが一番キツいところなんだな」
「キツい?」
「自分では判らないらしいよ、能天気というか、鈍感と思われてる事が」
「嘘だろ」
「いや本当にそうなんだ。例えば彼女が誰かにちょっとした冗談をしかけようと、持ち物を取り上げたとする。普通はほんの一瞬で、すぐに返したり、一応は謝ったりするものだけれど、彼女にはそれを切り上げるタイミングの見極めができない。だから気がつくと、相手は怒り狂っているのに、自分はまだふざけ続けている、なんて事が起きたりする。
子供の頃からそうだったから、親しい友達もいなかったらしい。仲良くしているように見えて、いつの間にか集団からはじき出されるという具合。子供ってのは異質なものに対する嗅覚が鋭いからな。でもまあ、彼女も自分なりに学習して、大学あたりからどうにか、周囲になじめるようになったらしい。ところが社会人になると、またどうもうまく行かない。特に女の同僚が苦手だ」
言われてみれば、大野さんは会社の女子とはそんなに親しくないかもしれない。部署の先輩である西島さんはかなり距離をおいていたし、マダム井上からは明らかに敵視されていて、同期の女の子ともプライベートでは付き合いがないようだった。
「仕事も性に合わないし、入社したての頃は何かと構ってくれた男の社員も、最近はそっけない。もう三十近いし、中堅としての働きを期待されているけれど、そんな責任は負いたくない。かといって結婚退職という予定があるわけでもない。あるのはただ、無限に続く緩い下り坂の日常。そんな面倒な事は、もう終わらせたい」
「それで、自殺サイトに?」
「彼女の場合、自分で呼びかけたんだけど。一人で死ぬのは寂しいからって。あの、俺が久しぶりに会おうって声かけた時があるだろ?」
「ああ、ホテルに呼び出された」
「あの時は彼女に初めて会うために来てたんだ。でもまあ、気まぐれな性分だから時間やら場所やら、あれこれ変更されて。いったんはもう自殺はやめた、なんて話に収まったから、こっちも気が緩んで呑気にお前の事呼び出したりしたんだ。ところが次の日になると、やっぱり死にたいなんて言ってきた。近所のマンションの非常階段を外から上がって、最上階から飛び降りるとかって」
「それ、夜になってから澪さんが一人でうちに来た時のことかな」
「そう。あの晩はお前にも迷惑かけたな。俺は大野さんに会いにいったけれど、飛び降りは見た目も悪いし、失敗した時が悲惨だ、なんて引き留めてたら、明け方近くになってしまった」
「俺の事は別に構わないんだけど」と言いながらも、陽介は自分が知っていたはずの大野さんと、亨の語る大野さんをどう重ねるべきか戸惑っていた。
「まあ皮肉な事に、あれがきっかけで彼女は方向転換したんだけど」
「どういう事?」
「あの次の日、彼女は会社休んだだろ?」
「さあ、憶えてないな。大野さんが休み明けにいきなり有給とるのなんて、珍しい事じゃないし」
「とにかくあの次の日、彼女は休みをとった。で、翌日出勤したら、お前にこう言われたらしい、やっぱり大野さんがいないとなんか寂しいね、って」
「いや、言ってない!」
陽介は全力で否定したが、亨はちらりと視線を投げると「たぶん微妙に違う表現だったんだろうけど、彼女にはそう聞こえたらしいよ」と言った。
絶対にそんなはずはない、と思いながら陽介は記憶をさぐった。
「大野さんがいないと静かだね、ぐらいは話の流れで言ったかも知れないけど、たとえそうだったとしても、お前が言ってるのと逆の意味だから。いないと静かでいいね、だ」
「まあいずれにせよ、彼女にはそう聞こえたんだから仕方ない。そしてこう思った、この男は自分に好意を持っている」
「ないないない!百パーセントない!」
「お前の考えには関係なく、大野さんはそう受け取ったんだよ。彼女それまでもずっと、お前のことは好きだったけど、家庭持ちだからって諦めてたらしい。けどそこからだ、自殺の代わりに、この男を不幸な結婚から解放してやるという、新しい目標ができたのは」
「大野さんにそう言われたの?」
「彼女の話をまとめるとそういう事になるな。まあ、とりあえず最悪の事態は避けられたと思ってたら、相手の名前が高田陽介ってところで初めて、彼女の勤め先とお前の職場が同じだって事に気がついた。悪いけど最初はちょっと疑ったよ。嫁さんがいるの後輩に手を出してるのかって」
「冗談じゃない」
陽介は憮然として答えたが、その実、澪とのことがあるので偉そうな口もきけないのだった。
「でも実際のところ、お前は犬の病気が原因で夫婦別居状態だと公言はしていたわけで、その事は大野さんの思い込みを深める裏付けになった。俺だって彼女には冷静に現実を認めるように言ってはみたけれど、また死にたい方に振れるのも困るし」
「迷惑な話だな」と言ってみたものの、亨に不満をぶつけるのは筋が違う気がする。彼は何とかして、大野さんを自殺から遠ざけようとしていたのだ。妄想とはいえ、自分との結婚計画が彼女を引き留める唯一の手段なら、それを見守るのは仕方のない事だったかもしれない。
「まあそれで、俺は時々彼女の様子をみるために、あの街に行った。表向きは自殺願望にとりつかれた三十男が、話相手ほしさに訪ねてくるという事にして。でもさ、やっぱりあそこに戻ると何だか学生時代が懐かしくて、お前に会いたくなったりするんだよな」
「いや、それは別にいいっていうか、嬉しかったんだけど」
「でもやっぱり、お前に会ったのはよくなかった。澪を連れて行ったのも、間違いだった。何か…浮かれてたんだな」
「でも、好きな人と思い出を共有したいのって当たり前の事だし、澪さんだって本当に楽しそうだったもの。間違えたというなら、それは俺の方だし」
亨はしばらく何も答えずにいた。ただ、低いエンジンの響きだけが車内を満たし、時折すれ違う車がそこにわずかな変化をつけるだけだ。前を走るスカイラインと、白く流れるガードレールと、空港までの距離を示す青い標識をぼんやりと眺めながら、陽介はあとどれだけの時間を亨と過ごせるのかと考えていた。
「そうだ、言うの忘れてたけど」
さっきまでとは違う、不自然に軽い口調で亨は再び話しはじめる。
「大阪に戻っても、空港の駐車場にお前の車はないから」
「ないって、どういう事?」
「移動させた。あの、動物園跡の市営駐車場に停めてある。病み上がりで高速とばして一人で帰るのもキツいだろうし、新幹線使ってのんびり帰れよ。チケットも用意してある」
何か言おうと思うのだが、胸の内で絡まりあったものにふさわしい言葉が見つからない。
「世の中、金の力で片付く事って色々あるんだ。そうするのが一番面倒が少ないし」
「いや、それはおかしいだろ。病院の支払いだって」
「でも今回の事は全部、俺がうまく大野さんを止められなかったのが原因だからな。まあとにかく、紗代子さんには余計な事を知らせたくないだろ?」
「それはそうなんだけど」
痛いところを指摘されて、陽介はシートに身を沈めた。
「でも俺、大野さんにその場しのぎの嘘をついたんだ。紗代子と離婚するとか何とか。彼女きっと、すぐに連絡とってくるだろうし、そうなったらごまかしようがない。紗代子はたぶん、大野さんが普通じゃないって事は判ってくれると思うけど、会社の方はそうはいかないよ」
下手に大野さんが騒いだら、また異動とか、どこかに出向という展開になるかもしれない。亨もその辺は予想していたようで「まあね」と相槌をうった。
「でも俺たちだって、自殺はやめましょうね、ではさようなら、で済ませてるわけじゃない」
「どういう事?」
「しかるべき組織やプロに、後をつないでるって意味。まあその辺は俺じゃなくて、別の担当がいるんだよ。大野さんみたいなケースは初めてだけど、頼るあてはある。落ちつくまでに、少し時間はかかるだろうけど」
そして軽い溜息をついてから、亨は「忘れるとこだった」と言って、ポケットから何か取り出すと、視線は前に向けたままで陽介の方へと差し出した。思わず受け取るとそれは、失くしたはずの携帯電話だった。
「悪いけど、お前が病院で寝てる間に、少し触らせてもらった。特定の人物に関するデータは消したし、大野さんの電話は着信拒否扱いだ」
「特定の人物」が誰を意味するのか、陽介は即座に理解した。けれど亨はそれに含まれるのだろうか。その問いを見透かしたように、彼は「つきあいが悪くて申し訳ないけど、俺も特定の人物だ」と言った。
「別に、嫌だっていうなら連絡はしないから、番号ぐらい残しておいてもいいだろ?」
「もうあの番号は解約したから、残す意味ないよ」
陽介は一方的にゲームの終了を告げられた子供のように、亨の言葉を聞いていた。
「高田陽介はかなりそそっかしい人間だ。指宿の動物病院に妻の愛犬を入院させるという任務を完了させて気が緩んだのか、携帯電話をトイレに落としてしまった。おかげでまる二日、妻には連絡がとれず、空港近くの営業所でようやくリカバリーさせてもらった」
「…そういう話にするのか」
「お互いのために」
お互いではない、澪と、紗代子のためだ。そうは思ったけれど、陽介は反論せずにおいた。
「一つだけ教えてほしいんだけど、お前にとって澪さんは何なの?自分じゃただの雇用関係なんて言ってるけど、絶対にそうじゃないだろ?なのにどうして彼女をあの生活から救い出そうとしないんだ?」
「救い出す?」
「そうだよ。あんな結婚しててよく耐えられるなって、いや、耐えられないから自殺しようとか、そんな風になったんだろ?それを知ってて何もしないのは、彼女の旦那が怖いからか?」
陽介の挑発めいた言葉に、亨の横顔は却って冷静さを増したように見えた。
「彼女の旦那なんて別に怖くない。いちど死に損なって、それからは別に怖いものなんてないんだ。けど、そうだな、俺はやっぱり怖いのかもな。彼女にとって自分は必要な人間じゃないって、はっきりと知るのが怖いから、これ以上彼女に近づくことができないのかもしれない」
「死に損なったなんて偉そうなこと言う割に、馬鹿げた理由でびびってるよな。自分には彼女が必要だって、どうしてちゃんと伝えないんだ?彼女はきっと、その事だけでもずいぶん救われた気持ちになるはずだ」
一気にまくしたてるその一方で、俺はどうしてこんなに偉そうな言葉を吐いてるんだろうと考えていたりする。亨は亨で、少し唖然とした顔つきになったが、ややあってそれが苦笑に変わった。その横顔を目にして、一瞬ではあるが、またか、という気分になった。そう、亨の奴、いつも俺より少し冷静だという態度に出るのだ。
「学生時代にさ、俺がどうしてつきあってる女の子の事とか、お前に話さなかったか判る?」
亨は陽介が拍子抜けするほど、気軽な感じで尋ねてきた。
「いや、確かに何きいてもはぐらかして、絶対に教えてくれなかったけど。どうして今頃そんな事?」
「俺は何があっても、陽介には勝てないなって思ってたんだ。こいつどうしていつも女の子に対してっていうか、自分の気持ちにこんなに素直なんだろうなって。羨ましいけど、絶対に真似できないし、すぐに格好つけたくなってしまうし」
「それ、褒めてるのか馬鹿にしてるのかどっち?」
「褒めてるに決まってる。俺はもっとずっと早くに、お前にアドバイスを求めるべきだった。今度こそ、そうしてみるよ」
何だか急に決まりが悪くなって、陽介はただ口の中で「判ればいいんだよ、判れば」などと繰り返しながら、離陸したての旅客機が斜めに視界を横切り、透き通る空に溶けて行くのを見つめていた。
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