Scene10 美しき女性像
だが、僕の葛藤をよそに、夏美はそっと寄り添ってくる。僕は、たちまちカオスに包み込まれる。甘い香りも苦い味も、すべて包括した
今まで耳元で聞こえていた『ダニエル』もフェードアウトしていく。
次の瞬間、交響曲のシンバルのような大音量が響き渡る。重いシャッターが降りたのかもしれないし、ギロチンが落ちたのかもしれない。
いずれにせよ、何かが吹っ切れたようだ。身体が宙に浮いたように楽になっている・・・
僕は本能のささやきに従って、夏美の両肩を抱き、長い髪を耳に掛け、一直線に唇に向かう。これが夏美本人なのかどうか半信半疑のままに、唇をむさぼる。
彼女の舌は、最初ためらいながらも、そのうち僕の口の中にしっかりと入り込んでくる。
初めて触れる夏美の身体は、思っていたよりもずっとやわらかく、あたたかい。
そのぬくもりが体内に入ってくるにつれ、失われていた時間と停止していた感覚が、少しずつ、確実に、蘇ってくる。
唇を付けながら、夏美の頬を撫でる。それから手を下へとずらし、彼女の胸で止める。きちんとしたブラジャーの下にはやわらかな乳房がある。
夏美は別の魂が宿ったかのように、小さな声であえぎ、まるで神体にでも触れるかのように僕の身体を手で確かめてくる。
「先輩・・・」
口の中に夏美の声が響く。
ワンピースの背中のジッパーを下ろし、キャミソールを脱がせると、白いブラジャーだけになった、か弱き女性が目の前に映し出される。いかにも恥ずかしそうにしながら、その姿を隠すように、夏美は僕に抱きついてくる。
その身体を強引に引き離し、僕はブラジャーを外す。
ふっくらと垂れた乳房の先には、小さくとがった乳首がこちらを向いている。
その彫刻で作られた美しき女性像のような裸を、僕はうっとりしながら眺める。
僕の中には依然としてカオスの残像がある。したがって、すべての動作が無意識だ。かつてこんなにも強く乳房を揉んだことなどないくらいに、無我夢中で彼女の体をむさぼる。
目的が何なのか分からない。そんなことはどうでもいい。
すっかり固くなった乳首に舌を押しつけると、夏美は感電したかのような声を上げる。学生時代に自分を慕ってくれた後輩の声と、人生のはかなさを知った大人の女性の声が、複雑に混ざり合っている。
「夏美・・・」
「先輩・・・」
彼女を完全に裸にした後、助手席のドアを開け、シートを完全に倒してから、下半身に顔を埋める。
出会ってからおよそ10年。初めて知る夏美のすべてだ。彼女は全身を蛇のようによじらせながら、今度は、まるで号泣するような声を出す。
声は、打ち寄せる波に逆行して、沖の方へと消えていく・・・
そうやって、かつての後輩とのコミュニケーションを継続していると、再び『ダニエル』が流れてくる。
僕は、今がいったいいつなのかを見失う。
ただ、一方で、何かが壊れてゆくのをはっきりと感じている。たぶんそれは、僕たちが共有してきた1つの時代だ。
長い時間をかけて作った砂の城がもろくも崩れるかのように、僕らのまぶしい想い出も波に消されていくのだ。
今後僕たちはもう2度と会うことはないと悟った瞬間、どうしようもなくいとおしくなってくる。
哀しき衝動のすさびに、僕はついに彼女の中に入る。
夏美はさっきまでとは質の違う嗚咽を上げる。愛の喜びの声にも聞こえるし、悲痛のうめきのようにも聞こえる。
夏美を強く抱きしめると、彼女もそれ以上の力で抱き返してくる・・・
結局僕たちは3回交わった。
魂はすべて燃やし尽くされた。
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