Scene3 東京タワーとせつない思い
❶
大学時代、夏美は僕の紹介で中澤という男と付き合っていた。中澤は僕にとっては高校の後輩で、偶然にも同じ大学に入学してきていたのだ。
あの男は僕とは違って、青竹を割ったようなぱりっとした好青年だった。
サッカー部の主力選手でバイタリティに満ちていたし、ユーモアのセンスもあり、そこにいるだけで自然と周囲に笑いをもたらすこともできた。
夏美と中澤は出会ってすぐに意気投合した。一緒に授業を受け、お揃いの服を着る。中澤はスカイブルーのパーカ、夏美はレモンイエロー。
いつしか2人は夏美のアパートで寝食を共にするようになった。
僕の目から見ても2人には何かしら特別な絆があるように感じられた。たとえば前世からの宿縁によって結ばれているのではなかろうかと、本気でそう思わせるほどの完成されたカップルだった。
大学を卒業すると同時に、2人は揃って上京した。
中澤は北品川の総合商社に、夏美は護国寺の事務機メーカーにそれぞれ就職した。僕は結婚式の招待をいつ受けるものかと待っていた。
ところが4年前に2人は別れてしまった。
ある夏の日の夕方、夏美の父親が、仕事を終えて
急性のくも膜下出血だった。
幸いにも一命はとりとめたものの深刻な後遺症が残り、長期のリハビリ生活を余儀なくされることとなった。
夏美は4人兄妹の下から2番目で、末っ子以外はすべて女だ。
長女は仕事でアメリカに渡っていたし、次女は検査技師として横浜の医療センターで働いていた。末っ子の長男はまだ高校生だった。
母親は、彼女が高校生の時に子宮がんで亡くなっていて、家事は高齢の祖母がやっていた。
悩みに悩み抜いたあげく、大分に戻ることができるのは自分だけだという苦渋の決断をした。家族と郷里を捨てるわけにはどうしてもいかなかったのだ。
何はともあれ帰省して父の介護に専念し、容態が落ち着いてから再び中澤の元に帰る。夏美は心を鬼にしながら、そんな青写真を描いた。
中澤も、その時は夏美の決断を尊重してくれていた。夏美が戻ってくるまで必ず待っているからと誓ったはずだった。
だが、夏美が東京を離れた翌年に中澤はあっさりと結婚してしまった。
招待状をポストから取り出した時、それが何かのいたずらではないかと目を凝らして何度も確認したほどだ。
しかしそこにあったのは中澤の名前と、それから僕の知らない女性の名前だった。
披露宴の会場は芝公園を臨む瀟洒なレストランだった。公園の緑の向こうには東京タワーが青空に向かってすらりと伸びていた。
新婦は合コンで出会ったキャビン・アテンダントで、いかにも都会人らしいスマートな感じの女性だった。夏美よりも背が高く、目元はきりっと引き締まっていた。
彼女は終始幸せそうな笑みを浮かべ、ケーキカットの時には濃厚なキスまで披露してくれた。
僕はというと、中澤の隣に夏美以外の女性が立っていることにどうも馴染めないでいた。新婦のシルエットにどうしても夏美を重ね合わせずにはいられず、完全に幸せそうな中澤の表情に、怒りさえ覚えた。
あんなに後味の悪い結婚式は、後にも先にも、経験したことがない。
❷
「ところで、お父さんの体調の方は、どう?」
僕はそう言い、カップホルダーの缶コーヒーを取り出して、口をつける。
「だいぶよくなりましたよ。今はもう歩行器なしで自力で歩けるようになりましたから」
「夏美の看病が利いたんだな」
「お父さんは、何というか、ガッツがあるんですよね。昔は体操の選手だったんですけど、体育会的な根性主義で育ってますからね」
「たしか、学校の先生だったっけ?」
「ですね。病気で退職しちゃいましたけど。まだ定年前だったから、そりゃ無念だったと思いますよ」
夏美はジンジャーエールを口にして、キャップをきちんと締めた後で、スカートの裾を整える。
それから細く長いため息をつき、窓の外に視線を投げる。
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