042 そばにいるもの
昼時のマーシャル邸、リビングのソファに、三人並んで腰掛けて。仲良くランチ。その様子を、微笑ましそうに家政婦のメアリが眺めて。
こういう風に、兄妹が同じ場に居る機会は、あまり多くない。其れに、あと数月もすれば、ジェイムズもシエラも、完全に家を出てしまうから。こういうことが許されるのも、今の短い間だけ。
「どうでしょうか? お昼ご飯だから、少し厚めに焼いてみたんです!」
そう言って、シエラが二人に感想を聞く。
今日のメインはガレット。スクランブル・エッグと、ベーコンを乗せたもの。たっぷり掛けられた胡椒が、遠くにまで香って。
「旨い。食いでが有って、俺は好きだな」
アレンが口を開いた。
薄めに焼き上げて、カリッ、と音を鳴らすガレットも好きだけれど。厚くて頬張れるのは、昼飯には丁度良くて。其処から、ベーコンの脂と卵の味が、噛む度に染み出してきて。なかなか、具合が良い。
それに――
「――ジェイムズも夢中になるくらいだ。味は保証出来る」
そう言って、ジェイムズを指す。
見れば、口いっぱいに入れたガレットを、咀嚼して。無くなったら、すぐに齧りついて。気付けば一枚目を食べきって。
「おかわり」
そう言った。
「ジェイムズ兄様、相変わらずですね」
シエラがそう言いつつ、ジェイムズの皿に新しいガレットをよそる。心なしか嬉しそうに。
まあ、そうだろう。美味しそうに食べてくれるだけで、作り手は嬉しいものだから。
「そんなだから、体重が増えて泣きを見るんだ」
――アレンの言葉に、ピタッと。ナイフを動かすジェイムズの手が止まる。
そう。実家に帰って、ジェイムズは肥えた。向こうにも家政婦が居るから必要もないのに、花嫁修業だとシエラが張り切り。負けじとメアリも気合を入れて料理を作って。結果、ジェイムズの体には、しっかりと肉が付いた。
でも。
「まあ。動くから大丈夫」
ジェイムズはそう言って。またガレットを頬張り始めた。
動いてるのに太ってるから問題なんだろと、アレンは思うけれど。ニコニコと、シエラが余りに嬉しそうだから。放っておくことにした。
そうして。ランチが終わって。食後に、牛乳多めのカフェ・オ・レも飲んで。他愛もない会話も楽しんで。
場所は、ジェイムズの部屋――
「――自分に甘いんだか厳しんだか、分からないな」
アレンが言った。
その先に、ジェイムズ。窓際のベッドの上、片手の二本ずつ、浅く掛けて懸垂をしている。食後の運動と言うには、少しどころじゃなくハードだろうけれど。
「甘いと思うよ。何せ、好きなことしかしていない」
平然と、ジェイムズは言って。
二十回目、きっちり数えたらベッドに降りる。でも、休むわけじゃない。バランスの悪い、ベッドの上。そのまま片足で、スクワットを始める。
「なら、良いんだがな」
アレンが漏らす。
この弟は、少々我慢強いから。かなりキツいときでも、大丈夫の範疇に入れてしまう。美徳ではあるけれど、欠点でも有って。
「もし
別に、負けた勝負の結果に、未練がましくなった訳じゃなくて。弟のことが心配なのだ。家族で、兄なのだから。
「だから其れまで――」
アレンは続ける。
ジェイムズも、トレーニングは止めないけれど。耳、しっかり傾けて。
「――頑張ってこい。誰よりも」
自分が成れなかった夢を、押し付けてるのかもしれない。自分に区切りを付けたかったのかもしれない。其れでも、言わずにはいられなかった。それが正しいかは理解らない。
でも、ジェイムズの返答は、実に頼もしくて。
「――勿論。アレン・マーシャルの弟が、中途半端で終わるワケが無いからね」
皮肉も入ってるかもしれない。けれど、西日で照らされるジェイムズの姿は――とても眩しくて。
少し歳の離れた、弟と妹。アレンは、もう少しだけ自分のそばに居て欲しかったと。そう思った。
夜更けのクライマー 大和ミズン @MizunYamato
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