040 滑らかに
ジェイムズが、壁面を駆け上がる。
動き一つ一つ、さして速度感は与えないけれど。その繋ぎまでもが滑らかにこなされて、気付けば、遥か頭上まで。
足を上げてフラッギングで出せば、次はそのまま正対でアンダーを取って。すぐに、空いた足を上に置いての、ダイアゴナル。
「――凄え」
久しぶりに見る、本気の弟の登り。否、アレンが以前に見たのは、何年も前。その間に成長していない筈が無いのだから、必然これ程のジェイムズの登りは、初めてであろう。
感嘆をもって見る程の、クライム。けれども、ジェイムズにとっては、当然の結果である。もう既に、ムーブは固まっていて。そうしたら、偶然に左右される様なパートでは無い。唯一、ジェイムズを悩ませるのは。
(ホールドが、デカい。疲労が来るのが早いかもしれない……)
未だ、気にするほどでは無いけれど。それでも、確実に後半には伸し掛かって来るだろう。
そう、思いつつ。右手のアンダー、体を上げて。予定通り、ニーバーを入れる。
「フッー……」
一先ず、レスト。両手を離すには、いまいち掛かりに不安が有るが。片手ずつシェイクするには、問題ない。
――交互に、腕を下げて、振る。少し長めに、完全に腕の硬さが取れるまで。
(そろそろ行けるか)
腕の状態を見て確認して――大丈夫。ニーバーを解除して、次の手へ。左ピンチから始まって、何手かを軽く超えて、気になっていたパート。
左手ガバを持つ。右手をクロスで伸ばして――
(抜けるなよ――)
右足を、左手の位置まで上げる。左足をフラッギングすれば、体が倒れてサイドに体重が掛かる。けれど、その動作の最中に右手が抜けてしまえば、下まで真っ逆さまだ。ファーストクリップも未だである。緊張しながらも、淀み無く足を動かして――
「――うん」
成功した。右手も上手く掛かっている。右足一本でそのまま立ち上がって――左手を出す。
また何手か。デッドやアンダーピンチの、パワーパートも無事に抜け。そうして、やっと。
「ヒュッ、フ――」
――ファースト、クリップ。インサイドフラッギングで、安定させつつ。クイックドローをボルトに下げる。
逆クリップになんかなったらお終いだ。きっちり、下からロープを通して――カチッ。音を鳴らして、一回目のクリップが終わた。
「よし……」
一先ずは安心と、休みつつ。けれども、此処からが本番である。
頭上に、目をやって――
――天井が、そこに有る。一つ目のホールドは、ツララ。けれど、其処から保持可能なコルネまでは、距離が有って。
(いきなり、ランジなんてさ……)
きついにも程あるだろう。でも、止めなくちゃあ、先には行けないから。
(――落ちるものか)
ルーフの落とした影の中で。ジェイムズの目だけが、ギラついている。
先ずは、ツララを握って。上げた足を畳み。そして――
「――ッダアァッッ!!」
ジェイムズの体は舞い上がり。――コルネの先。分厚いピンチを、止めた。
アレンは祈っていた。弟が、無事に帰る事を。それと、もう一つ。
(頑張れよ、ジェイムズっ……)
アレンの欲を断ち切って。このルートを制覇する事を。
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