037 登るワケ①

 ジェイムズ・マーシャルという青年が、クライミングを始めたのは、言うまでも無く、兄アレン・マーシャルの影響である。

 年が七つも離れていて。一緒に遊ぶと言うよりも、遊んでもらうことの方が多かった。


 兄はハイスクールに通う頃には、山に興味を持っていて。大学に入って、本格的にクライミングを始めた。

 その頃は丁度、フリークライミングに際して、グラウンド・アップの原則が無くなったころで。サクソン大学でクラブに入っていた兄は、当然の様にそれに親しんだ。


 「二人とも、付いて来な」


 そう言われて、行った先に。あの石灰岩の壁が在って。


 「石灰岩は――」


 そんなことを、つらつらと。

 ジェイムズも。シエラも。こんなところまで連れてこられて、蘊蓄を聞きに来たわけじゃあないのに。


 「じゃあ、登りな」


 そう言われて、登った。ああしろ、こうしろ。下から言われて、よく分からないまま。

 シエラは、すぐに諦めてしまって。座り込んでしまったけれど。ジェイムズは、根が真面目なのもあってか。登れないなら、登れるまでと、やり続けて。


 「――あ」


 一番最後。手を伸ばすのも怖い、薄被り。それをどうにか、力づくで抜けて。


 「――ああ」


 そこが、始まりだった。手から、体から。稲妻が走るかのような衝撃。

 そのまま、上まで登ってしまったら。


 「――うん」


 もう、取りつかれてしまった。

 元来、内向的であった筈だけれど。それは、確固たる自分の世界を持っている事に他ならず。そこにクライミングというものが、取り込まれた。

 降りるなりなんなり、兄を質問攻めにして。

 やれやれと。満更でもなく、兄は答えて。そこからジェイムズの生活は、クライミングを中心に回る。




 当時、フリークライミングは、アルパインクライミングのための手段であるか、その練習としての側面が強かった。確かにグレードを付けて、より難しいルートを登る人間は現れていたが。基本はビッグウォールの攻略が主眼に置かれ、一ピッチのリードクライミングや、ボルダリングを中心に活動するクライマーなんて殆どいなかった。


 「僕は、それが良いんだ」


 アレンは、弟もゆくゆくは山屋になると思っていて。頑なにフリーに拘るジェイムズが理解できなかった。

 説得しようにも、高難度の山岳登攀にジェイムズを連れていく訳にもいかない。その内諦めて、ふとした時に理由を聞いて、納得もした。


 「山屋は、ルートを辿った先の頂に、価値を見出すけれど。僕は違うんだ、ルートそのものを制覇したいんだ」


 アルパインクライミングだって、興味はあるけれど。予想し切れない怖さがあるし。それに――


 「好きなんだ。自分が研ぎ澄まされて、そのルートを登るためだけのモノに成っていくのが」


 狂気的にも思える程の情熱で、フリークライミングというものを愛していて。アレンも、そのスタイルに文句を言うことが出来なかった。

 そうやって齢11の頃から、今に至るまで。登ることに大半を費やして来たのが、クライマー・・・・・としてのジェイムズである。そこに紆余曲折は有るし、挫折も後悔も有ったけれど。根っこのところで変わることは無かった。




 ――でも、そうじゃないジェイムズの部分も、確かに在って。

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