アーキトレーブ 5.13b

035 理解、不理解

 「婚約者の話、聞いたか?」


 アレンが聞いた。

 今は、マーシャル宅のリビング。テーブルを挟んで、ジェイムズとアレンの二人。

 家政婦メアリの入れてくれた、ローズマリーティーを含みつつ、他愛もない話。


 「聞いたよ。散々……」


 もう、嫌っていうほど。

 ジェイムズは、顔をしかめつつ。


 「顔が格好良くて、声が格好良くて、服も洒落ていて。もう、そんなことばかり」


 「ありゃあ、惚気というか、贔屓の類だ」


 アレンもそう言いつつ、続ける。


 「まあ、向こう側も気に入っていたし。暫くは安泰だろう」


 暫くは・・・。それも仕方ない、同棲しないと、解らないことなんて、山ほどある。


 「うん。ここに来て、顔合わせで文句言いながら帰って来るよりは、よっぽどいい」


 そう。結局、婚約に前向きでいるのだから、今はそれが全てでいいだろう。 

 でも、今はそんなことより。




 「――それで、兄さん。メアリをけてまでさ、どうしたんだい?」


 そう、わざわざ人除けをするくらいだから。他愛も無い話じゃあ、終わらない。


 「まあ、察するよな」


 アレンも隠していたわけではないし。それに。


 「メアリも、本当は居てくれても良かったんだ。だけど、穏やかな話ではないし、一応な……」


 穏やかではない。その言葉が、ジェイムズの心を擽る。詰まる所、それはジェイムズが穏やかでいられなくなるという話であり。と、いう事は――


 「――やめろ、と言うんだね。僕に、クライミングを」


 ジェイムズが言った。見た目では、そう変わらず。ローズマリーティーに口を付けながら。

 でも確実に、心まで静かでは無くて。その動きは、怒りのようには登らず。きっと深い、沈みに向かって。


 「結果的には、そうだ」


 アレンが肯定する。

 少しの含みはあるけれど、正解で。


 「突然だね。兄さん」


 少し、キツイ言葉になってしまって。でも仕方ない。ジェイムズも、困惑していて。


 「こっちとしては、突然じゃないんだよ。前から言おうと思っていた。でもそんな折に、シエラの婚約騒ぎが有ったから、何が正しいのか分からなくなってな」


 言った言葉は、後ろ向きでも。口調も顔も、弱気じゃない。昔と変わらず、強い兄さん。


 「理由は?」


 ジェイムズが聞いた。

 何にしろ、根拠をもった考えに依ってこそ。大事なのは、相手なりの考え。


 「簡単だ。ウチの会社にお前が欲しい」


 率直な答え。


 「お前は、職人達に慕われている。靴作りへの理解もある。ソール素材のノウハウに関しては一番だし。何より、考えられる・・・・・


 ああ、兄さんが。そんなに見てくれていたのかという感慨も有っても。今は嬉しいこととは思えなくて。


 「経営陣に有能な人間が欲しいのは、普通のことだろう。完全な血族経営になるのは良いことでは無いが、実力が伴うなら別だ」


 アレンが続ける。こちらの反論を、先に潰していくように。

 でも、一つ。忘れてはならないこと。


 「うん。でも、それを僕が受ける必要は無い」


 そうとも。兄なりの理由は分かった。でも、ジェイムズが受けるメリットは無い。


 「応とも。だから、勝負をしよう」


 端からそれは分かっていると、言うように。だけれど、こっから先はまともな理屈を通す気など、更々無くて。


 「じゃあ、行こうか――」


 この後場所を変えるのは、最初から決まっていた。二人立ち上がり、向かう先は――

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