033 ブラザーフッド

 アレン兄様が降りてきた。何処か吹っ切れたか様な、表情で。

 ジェイムズ兄様が手を上げて。アレン兄さまも、察したみたいで。


 ――パンッ、とハイタッチをする。


 何か、羨ましい。私も登れたら、同じようにして貰えるだろうか。そんな事を思って。


 (あ――)


 気付く。そういえば、最近。上手くいったときのことを考えていなかった。駄目だったらとか、どうせ無理だとか。そんな考え方、ばかりだった。


 (考えた末の一手、か)


 思う。アレン兄さまの言葉。それは何も、クライミングの事だけを言っているわけじゃ無くて。

 どうすれば上手くいくかを考えずに、成り行きでどうにかしてきたことなど、今までも無いのだから。だから――


 (そうだ。駄目でも、どうにかすれば良い)


 私の人生が、一回こっきりの転機で、全部終わってたまるものか。腹が決まった。


 「私は、単純かもしれないです」


 ジェイムズ兄さまに話しかける。

 すると、ジェイムズ兄さまは、柔らかく笑って。


 「単純も、悪くないんじゃないかな?」


 確かに、言うとおり。前向きになって、悪いことなんて在るはず無いから――




 「私、もう大丈夫です・・・・・・・


 二人に言う。そしたら、アレン兄さまが口を開いて。


 「じゃあ、登らないとな」


 そう言った。だから私も。


 「はい! 登らないとですね――」


 そう返して。

 先ずは、一手。考えて――




 シエラが、登り始める。下から登るのは、此れで二度目。

 けれど、アレンの登りをよく解釈したのだろう。前回から、見違える程、良くなって。


 「――上手い」


 思わず、アレンが唸る。別に、同じ手足を使って登っているわけじゃ無くて。だからこそ、やり方を上手く飲み込んでいる。


 「正対がよく出来てる。膝も開くところ、そうじゃないところ。使い分けてるね」


 ビレイをとりながら、ジェイムズが言った。

 確かに。まだ洗練はされていないけれど。壁から腰が離れず、上手く足に荷重を乗せている。


 一手。二手。三手。見る間に、進んでいく。何より、落ちることへの恐怖が薄れたか。それとも――


 「怖くても、一手」


 ジェイムズが言う、その通り。恐怖心は抱えたままだろう。それでも、上へ、上へ。登るんだという、意思が見て取れて。

 そして――


 「垂壁パートだ」


 アレンが言う。来た、垂壁パート。一回目は此処で落ちた。だから、違いが本当に出るのは、此処から後。

 



 「ふっ――」


 シエラは息を吐いた。もう、パート入り口から二手は取っている。次の、あの遠い右手を取るのが、バラしても殆ど出来ていなかった。しかし。


 (右足……)


 そう、右足。アレンが乗せていた場所。ちゃんとは覚えていないけれど、間違いなく在るのだから。

 下を向く。――怖い。高度感を感じてしまう。でも。


 「大丈夫」


 シエラは、声に出して。そして、よく確認し――在った。二手前に持ったホールド。

 右足を乗せる。バランスが悪いように感じるけれど。それでも。


 「大丈夫!」


 もう一度、声に出して。万が一落ちても、ジェイムズ兄さまがどうにかしてくれるからと、足一本で立ち上がって。


 「あ――」




 ――すんなり、取れた。

 出来てしまえば、こんなに簡単だったのかと。でも、これで終わりじゃない。まだ、核心に触れてさえいないのだから。


 「よし!」


 やると決めたんだ。必要なのは、考えた末の一手だけど、それで終わっちゃ、いけないから。

 伸ばす。右手、左手と。続く垂壁だって、ちゃんと掴むところがある。兄さま達が言う、ムーブがどうとかは分からないけれど。でも、自分なりの登り方でも、ちゃんと通用するんだ!


 「やっぱり。兄さま達は、優しいですね!」


 止まらない、独り言。誰も聞く人なんて居やしないけれど。いいのだ、こうやって口に出してるだけでも、活力になる!


 「アレン兄様はお手本を見せてくれるし! ジェイムズ兄様も、ちゃんと私が出来るところをやらせるんだから!」


 いつもよりも口調が砕ける。興奮しているから仕方ないし、そんなことっ、気にしてなんかられない!


 ――次手、ちょっと遠い。でも、やり方は理解した。出す手の側の足を、正中線上に持ってきて。伸ばす、足も手も!

 これがダイアゴナルと呼ばれることなんて、知りやしない。けれど、大事なのは、名前じゃなくて、仕組みなのだから。


 「ふっ――」


 息が切れてくる。飛ばしすぎたかな、でもあと少しだから、と。もう、落ちることなんて考えてなくて。ただ上を目指して!

 それで、最後に迎える――




 「――薄被りだね」


 ジェイムズが言った。このルートの核心部。薄くても前傾壁、腕に掛かる負担は段違いで。


 「落ちるかもな」


 アレンも口を開く。それも仕方なくて。初めてのようなもので、フリールートをこれだけ登れるなら、十分だから。


 「そうかもね、でも――」


 ジェイムズが返す。


 「――登れるかもしれない」




 「何これ!」


 シエラが悲鳴を上げる。最初にとった右手。もう、その時点で、腕への負担が半端じゃない。一秒の停滞で、もう前腕がパンプする。

 だから、早く次の手を取ってしまいたいけれど。


 「遠い!」


 遠い、遠いのだ。さっきのように、ダイアゴナルで出したいけれど。ここまでの疲労を抱えた腕じゃ、引き付けられない。

 シエラは考える。どうすればいいと、考えて。考えて――


 「――!!」


 答えはすぐに。そう、さっきアレン兄様が見せてくれたばかりじゃないか!

 理解したなら、すぐに動く。迅速にやれなければ、手を伸ばすこともなく、落ちるだけ!


 「右足、左足!」


 順番に、置き換える。後に置いた左足の、膝を落として――!




 「うん。良いドロップニーだ」


 ジェイムズが言った。そう、キョン。ドロップニー。両足を着けて、上に行くための出力を得られる――だけじゃあない。

 両の足でうまく張れれば、身体はオポジションで安定する! ならば非力だが柔軟な女性でこそ、真価を発揮するムーブ!




 「っっ――!」


 それでも、腕に掛かる負担を、消しきれるわけではない。寧ろ、ドロッップニーならではの負担も、シエラを襲う。裏腿が、腰が、攣るような。それでも――


 ――シエラは、左手を伸ばして。落ちてたまるかと、覚悟するからこそ、足に体重を乗せて。

 出された、手は。とても安定していて、破れかぶれではもちろん無くて。それで、あのホールドを――掴んだ!


 「よしっっ――!!」


 でも、これで気を抜いて、落ちたら仕方無いから! ちゃんと、次手、次手と。丁寧に、出していって。


 「ああ――」


 リップを掴む。凄く、持ちやすくて。もう、安心だと、息をつくけれど。焦らないように、もう片手も、足も。順番に上げていって!


 「ああ!」


 両の足で、立ち上がる。今度こそ、大丈夫。そう――


 「登――れた」


 文句の付けようの無い、完登であった。




 そしてシエラが、降りてくる。上から降りるのだけは、ちょっっと怖くて。でも、こんなんで躊躇なんかしてられないと、飛び降りて――二人に怒鳴られた。


 「危ねえだろう!」


 とくに、アレン兄さまは、本気で怒ってる。今くらいは、許してくれたって良いのにと思うけれど。

 まあ、危ないのは確かだし。兄さま達は、心配してくれているから、怒っているわけで。そう思うと、文句は言えない。ただ。


 「兄様、分かりましたから! それは置いといて――」


 二人はまだ、叱り足りないみたいでも。お願いをする。


 「あれ、やりましょう!」


 そうやって、両手を上げる。仕方ないな、と。二人も片手ずつ、上げて。


 パアァンッ!! と、思いっきりのハイタッチ!

 うん、どう考えても、さっきやってたのよりも強くて! 掌がジンジンして! だけども嬉しくて!


 「やりました!!」


 ガッツポーズを決める。こんなことするの、初めてかもしれない。

 二人も、私に釣られたのか、笑顔になって!


 「「よくやった!」」


 揃って、褒めてくれた。

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