030 スパルタクス
「やっぱり。変な靴」
シエラが言った。ザックに腰掛け、下を見て。足を通したシューズの紐を引きながら。
「此れ、窮屈です。ジェイムズ兄様」
クライミング、専用のシューズ。フラットソールと言えど、足先まで詰まるその靴は、履きなれ無い者には大きな違和感を感じるだろう。でも。
「ジェイムズよりも大分、足が小さいだろう。我慢しろ」
アレンが窘める。確かに、二人に渡した靴は、ジェイムズのもの。大学にいる間、ジェイムズは幾つも靴を作った。基本は自分で履くもの。それでも、要所で使い分けるから、大きさはまちまちだ。それぞれが履けそうな奴を、渡してある。
「うん。慣れないときついかもしれないけど、我慢して」
「分かりました。我慢します……」
二人が言うものだから、シエラも渋々引き下がる。
突然に登りに行くぞと言われ。付いてきたら我慢しろ。結婚を控えた妹にする扱いか、そう思うが。
(――まあ、良いか)
うん。そんなに嫌じゃないと。シエラは心の中で。
兄二人とこうやって遊べるのも、最後だろう。だからこそ、何時も通りの二人らしい言葉は、嫌味に感じない。そんな事を思っていて――
――シエラは、後悔した。
「シエラ、足を上げろ! それじゃ届かない!」
「に、兄様! むり、むりー!」
スタイルはトップロープ。上の木に、もう支点を取ってある。だから、シエラがするのは登ることだけ。でも、そんなの出来るわけ無かった!
「十年前のお前は、其処は超えてたぞ!」
アレンの叱咤。けれど、そんな身軽で怖いもの知らずだった子供の頃とは、違うのだ。
ホールドを、必死で握りしめる。最初のうちは良かった。80度くらいのスラブで、手も持ちやすい。思ったよりもいけると、調子よく上に向かっていた。だけど。
(怖い! 高い!)
高くなるごとに、襲ってくる高度感。更に、半分も来たら傾斜が変わった。もう、垂壁と言って良いだろう。それでも大丈夫と、数手出した途端に、此れだ。
「どこ!? どこですかー!」
「左上! そこだそこ!」
「むりーーー!!」
下からの激励に、半泣きになりながら足を動かすけれど。足を上げたことで、手への荷重は増える。それに、バランスも悪くなる。恐怖心に駆られて、足を戻してしまう。
「駄目! もうだめ!」
ずっとまごついていたら、腕がパンパンになってしまった。もう、持っていられない!
(でも、でも!)
下を見てしまう。地面が、二人が大分小さい。落ちる覚悟も決められないけれど。
結局そのまま消耗して。
「ジェイムズ兄様。無理です――」
衝撃を覚悟して。手を、離して――
「え――?」
シエラの体は上から吊るされている。落下を見越して、ビレイを取るジェイムズがテンションを掛けたから、殆ど落下していない。トップロープだから、スタティックビレイでも問題無かった。
「お疲れ。頑張ったけど、其処は超えないとね」
ジェイムズが言って。右手に持ったロープを、逆手側に巻いていく、片手だけれど、慣れた作業だから。ジェイムズは器用に熟す。
完全にロープがロックされたことを確認して、ジェイムズは言う。
「取り敢えず。休憩したら其処を超える練習をしよう」
「ジェイムズ兄様! お願いだから降ろしてーー!」
シエラの悲鳴が響くけれど。残念ながらその願いは届くこと無く。
無事に降りて来られたのは、自棄になったシエラが。開き直って手を出して、次手を掴んだ後のことだった。
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