029 Fuck’n Limey

 「こうやって出かけるのも、久しぶりですね! アレン兄様も一緒なんて、本当に――」


 嬉しそうに、はしゃぎ回るシエラ。三人は、工場の裏山に来ていた。裏山と言っても、徒歩で行くには億劫な距離である。麓までは、トラックで。其処から、少々の歩き。


 「元気だな。アイツは」


 アレンが漏らす。もう、六年は事務所に引きこもっていた。弟と分け合って持つ荷物が、酷く重く感じる。

 衰えるのは分かっていたけれど、シエラの方がよっぽど登れそうじゃないか。そう思うと――


 「負けていられないでしょ、兄さん」


 ジェイムズに振られる。まさしく、その通り。末の妹にまで負ける長兄なんて、恥ずかしいにも程ある。


 「ああ。お前にもな、ジェイムズ」


 どうにも、最近では珍しく、気持ちが入る。前向きな気持だ。薄暗く心を覆っていたものが、まるで無かったかのようだ。それも、何処かに押しやっただけなのだろうけれど。


 「其れは無理だよ」


 ジェイムズがクスリと笑う。

 アレンは思う。こういう時くらい励ましてくれよ、と。




 「――カッコイイですね」


 シエラが口に出した。此れ・・を見てカッコイイという感性は、婦女子の常では無いだろう。まさしく、マーシャル兄妹の一員であるからこそ、その言も道理である。


 「そうだろう。カッコイイんだ、こいつは」


 アレンが言った。彼が、岩壁に魅せられた理由。ここを登ってしまいたいという、強い欲求が、彼の原点であった。

 そう、引き付けられた。以前の俺も。今の俺も・・・・――


 「石灰岩は。柔らかくて、侵食を受けやすい」


 ジェイムズが、語る。喜々として。既に荷を肩から降ろして、準備を始めている。


 「だから、脆くてかけやすいけれど。反面、変化に富んだ形状を形成するから、幾らでも楽しめる」


 ジェイムズはアレンを見る。そう、この言葉は。昔アレンが口にしたのと、全く同じ。だから、今日やるのも――




 「覚えてる? 兄さんが作った、ルート」


 クラブで、本格的にクライミングを始めた兄さんが。初めて僕らを連れてきたこの岩場。そこで、ジェイムズとシエラが初めて登ったルート。それが――


 「――ブラザー、フット」


 アレンが口にした名前。

 あの日からシエラは。ほんの少しだけ、我儘になった。やりたいことをやる兄達が、余りにも楽しそうだったから。そして。


 ジェイムズは、引きずり込まれたのだ。この道に。




 「無様な登りは、許さないからね――」


 ジェイムズは、笑う。いつもの様な、柔らかなものじゃない。サディスティックで、凶暴な笑み。

 兄も妹も、まとめて根性叩き直して、泣き言を言えなくする腹だった。かつて自分が、そうされた様に。

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