027 マリッジブラック

 シエラ・マーシャルという、未だ若い少女について。彼女を知る者に、為人ひととなりを尋ねると、何と返るか。人の印象と言うものは、三者三様、様々が常であろう。だから、彼女について、外側から知ろうと言うのは無理からぬ事なのだ。

 だが、そう。彼女の世話をしてきた人々。父、母、兄。家政婦メアリや周りの大人。そういう人物に尋ねれば、こういう言葉が端に入る。


 ――聞き分けのいい子。と。




 「突然で、驚きました?」


 シエラは、目の前のジェイムズに声を投げかける。半年ぶりに会った二番目の兄様。前に会ったときよりも、聡明で、自信に満ちた、そんな雰囲気がある。

 でも、其れもそうだろう。スポンサーが付いたと言っていた。身の振り方について悩んでいた、半年前とは違うのだ。


 「まあ、それはね」


 ジェイムズの同意。シエラの歳は、結婚するのに別段早くはない。だけれども、ボーイフレンドがいるとか、そういう記憶は無かったし、ジェイムズがそれについて、何か思う機会は無かった。


 「其れより、もっと楽しい話がしたい」


 露骨に、ジェイムズが話を逸らす。そう、楽しくない話題。本人が乗り気であるのなら、家の空気が、これ程重くなっている訳はない。

 せめて、恋愛結婚ならば、ジェイムズや母は、両手を挙げて祝福したのだろうけれど。


 「正直が過ぎます。ジェイムズ兄様」


 注意する言葉とは裏腹に、シエラは笑っている。ジェイムズと兄妹であることを想起させる、柔らかな笑みだった。


 「私は、ジェイムズ兄様の話が聞きたいです。クライミングの話」


 シエラから注文が入る。ジェイムズとしては、やぶさかではないのだけれど。


 「長くなるよ。それでも良いなら」


 その話題は、夢中になってしまうから。シエラは良くせがむ話だけれど、何時も笑って相槌を返して。それが、人にとって楽しいことなのか、ジェイムズには分からない。


 「はい! 大丈夫です――」


 シエラがそう、返事をするから。ジェイムズは話す。


 「大学で、カーナーシスさんという人に会うことになった。それが鉄道会社の幹部の、すごい人で――」


 そうやって喋り続けるジェイムズを、シエラはニコニコしながら眺めていた。




 シエラの縁談の話は、実は突然では無かった。話だけなら、もう一年以上前から来ていた。最初は、父もアレン兄様も、乗り気でなかったから、とりわけ誰かにする話でも無かった。


 ――けれども。状況は変わる。


 海外に工場を置くメーカーが出て来た。そういう試みは前からあった。だけど、戦争が終わってから、国同士の格差がより増えたとも聞く。貧国で製造された靴は、関税を差し引いても安いものだった。


 父は、此処が転換点だと言った。決して大きくはないし、海外にコネクションを持たない父の会社は、同じ土俵では挑めない事を知っていた。

 幸い、ウチの職人は優秀である。仕立ての良さならば、国内でも上位だ。だから――


 「縁談の相手は、革工場の人間。長男で、跡取り息子」


 恐らく、相手も同じ危惧をしていたのだろう。血の縁は、何より強い契約である。お互いを裏切れない。そして――




 「――父は、踏み切った」


 縁談はまとまった。私は今年でスクールを卒業するから、時期としても丁度いい。

 アレン兄様は、反対していたらしいけれど、最後は折れた。時期経営者としての判断を求められたから。


 (私としても、家族の役に立つのは嬉しいから)


 別に、結婚そのものが嫌なわけじゃ無かった。ただ。


 ――工場。職人たちの聖域。勝手に入って、一緒に靴を作ったり。

 ――お抱えのデザイナーさん。来た時に、お話を聞きに行ったり、教わったり。


 自分は皆が思っているほど良い子じゃなくて。知ってるのは、ジェイムズ兄様ぐらい。だから。




 ――不安なのだ。私が何をしても、笑って受け入れてくれる此処の人たちの様な。優しい人間だけじゃないことを知っていたから。

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