016 Foxey Lady

 「今日はどういった用向きで、いらしたのですか…」


 少女に、問われる。

 既に体は降ろした。未だ困惑はしているものの、異性に触れられた事に対しての、嫌悪などはない様子である。其処には一安心するが、彼女の抱えてるものは、もっと複雑であろう。


 (目、合わせないな)


 ジェイムズは気付く。一見、丁寧な対応だ。突然、接触してきた見ず知らずの人間を、丁重に扱おうとするのだから、教育・・は行き届いている。なのに、目を合わせないものだから、ちぐはぐな印象を拭えない。

 人見知りと言えば、其れまでだけど。


 「もし――」


 再度、話しかけられる。ああ、考えに耽ってしまった。人を、目の前にして、其れこそ失礼が過ぎる。


 「申し訳ありません。少し考え事を」


 そう、ジェイムズは謝る。謝って、彼女の問に、



 「そう、此処には岩を見に来ました。登ろうと思って」


 正直に答える。

 ただし。目の前の少女について、既に聞いていたとは言わない。其れもそうだ。自分の預かり知らぬところで、彼是あれこれ詮索されるのは、気持ちの良いことではない。だから、自分の事だけを、話す。


 「そうですか――」


 どうだろう、少女の顔が少し、綻んだようにも見える。ただ、相変わらず目は合わせない。


 「旦那様への用向き以外で、此方にお見えになる方は初めてす」


 そう、少女は言う。

 成る程。デヴィッドも、革工場に導入する機械についての視察に着いてきたとか、そういう話だった。

 ということは。彼女はその工場の、工場主のところの使用人であろうか。


 「それも、岩登りなんかに」


 ジェイムズが言うと、クスリ、と少女が笑う。つられてジェイムズも微笑む。


 「ごめんなさい。名乗りが未だでした――」


 確かにその通り。少女は、スカートの端を摘もうとして。自分が作業着で有ることに気付く。

 照れ笑いを浮かべて、体の前に手を組んだ。




 「アデノア・フォックスと言います。敬称で呼ばれる訳にはいきませんので、フォクシィと」


 「ジェイムズ・マーシャルです。クライマーをしています」


 お互いの名乗り。少女、フォクシィは、クライマーという職を不思議に思っている様だけど。

 一頻ひとしきり悩んで。クライマーですか、と納得した。羨ましがる様な、悲しそうな表情で。 

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