ハートブレイカー V3
015 岩の上のストレンジャー
ジェイムズは山林を歩く。小高い丘の裾野だ。地元の革工場の工場主の、持ち物だというけれど。立ち入りが禁止されていたりとか、そういうことは無い。
尾根筋に厳しい傾斜は無く、ジェイムズでも労せず歩けている。右手にアプローチ図、左手にパンを持って。繁茂する低層をかき分ける。そうしていると、気付くこともある。
(やっぱり、ここを歩いている奴がいる――)
しかも定期的に。この時期の、植物達の成長は目覚ましい。こんな穏やかな尾根筋ならば、瞬く間に覆われていそうなものなのに。決して、道があるわけでは無いが、アパートへの通り道より、よっぽど踏み固められている。
此れが、件の少女のものであろうか。
(ドワーフ、ね)
ドワーフ。小人。奴隷として連れてこられた、ストレンジャーたち。
戦争が始まる前には、彼らも同じ国民である、と制定された。だから、奴隷という身分は今はないし、法の上では我々と同じ扱いの筈である。だというのに。
(そう言えば、うちの工場にはいなかったな)
ただ、それも珍しいことじゃない。うちの工場の働き手は、
(確か機械が導入された工場には多いと聞いた)
あとは、使用人とか、大農場のワーカーとか。どれにしても、彼らを下に見ることが前提の職だ。容易に立場を与えてはならないという、根強い差別がある。
(
歩みを止めずに、ジェイムズは考える。
ドワーフの特徴。低い身長。茶色い体毛。長めの腕に、大きい手。あとは力が強いとか。
(知能が低いという輩も多いけど)
それは眉唾ものだ。差別的な角度から生まれた幻想の域を出ないだろう。
総合的に考えて、大した違いじゃあ無い。ただ――。
(こういう考えをする時点で、他のドワーフ劣等論者共とさして変わりはしないんだろうな)
そう、結論付けた。
そんな考え事をしながら、小一時間。ジェイムズは、歩いた。相変わらずの緩やかな尾根筋。山道が嫌いという訳では無いけれど、単調な風景の連続は、気持ちのいいものじゃない。
そろそろ見える頃かなと、木々の隙間から奥を望む。
「有った!」
ジェイムズは声を上げる。成る程、ここからでも幾つかの巨石が見える。
デヴィッドは凝灰岩だというし、川の水に磨かれないこのあたりの岩が、どれ程登れたものかは分からない。だけど、それでも逸る気持ちを抑えられない。
ああ、自分で開拓したルートを登ることの、どれほど気持ちの良いことか――
ジェイムズは足早に、岩に向かう。最初は掃除から始めなきゃと、期待に胸を膨らませて。
「――――」
――いた。小柄な女の子が、裸足で岩の一つに取り付いている。ウェーブの掛かった栗毛に、灰色の作業服。後ろからじゃわかりづらいけど、確かにドワーフだ。
「ふっ」
短く息を吐きつつ、上を目指している。此方には気付いてい無さそうだ。
近くに行って、様子を見ようとして。
(ああ。次の手、遠いな)
壁面で逡巡する彼女の狙う先。ジェイムズならば立ち上がれば届くだろうけれど、140センチも無さそうな彼女の身長では、かなり厳しい。
反射的に、ジェイムズはスポットに入る。
「ッッ――」
少女が飛び出した。手足が伸び切ったままの跳躍で、満足な推力は得られない。碌に上がれないまま、重力に従って。
「――あ」
来るべき衝撃が来ず、困惑する少女。一瞬呆けてから、ジェイムズに、体を受け止められた事に気付く。
「こんにちは」
ジェイムズそう言って。
「ご迷惑、お掛けしました――」
抱えた侭の少女に、丁寧に謝られた。
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