014 帰り道、行く先
「おら早く走れ!雨に濡れたくなかったらなッ」
チェスターが号令を出しつつ、先陣を切って林間を駆け抜ける。雷鳴が聞こえる。雨雲もかなり近い。
ぼさっとしていたら、あっという間に豪雨の餌食だ。そうなると、整備されていない小道は、通行はかなり厳しい。
「其処の二人ッ、遅れやがったら承知しねえかんな!」
最後尾で、やっとこさ着いて行くジェイムズとデヴィッドに、激が飛ぶ。
ああ、そんなことを言ったって。寧ろお前らが早すぎるんだよ。ジェイムズは弱音を浮かべながら足を動かす。
「クソッ。こっちは登り終えたばかりだぞ!」
隣のデヴィッドも、ふらつく体に鞭を打って、必死に遅れまいとしている。
チェスターは未だいい。だが、後輩共もどうということは無さそうに、悪い足場の中を走っている。こっちだって、一般人に混ざれば飛び抜けて早いのに、訓練を積んだ山野郎共の恐ろしさを痛感する。
木の根。大石。落ち葉。幾ら足場が悪かろうと、軽々飛び越え踏み抜けて、チェスターは走る。此れでも、後ろの連中の事を考えた、ペースとコース取りをしている。チェスターが本気で走れば、後ろの二人どころか、誰も付いて来れやしない。だから、狼のチェスター。でも――
(けど、まあ。下の連中も随分やるようになりやがった)
一個下の二人、マルクとエリックは兎も角、二個下のノエルさえ、余裕で着いて来ている。こいつらは、登攀だってかなりのレベルだ。もう、ルートによっては自分を上回っている。
チェスターは下を舐めずって、広角を上げる。
(登攀に、山岳歩行。幾つもの技術を習得した奴が揃ってきた)
チェスターは、止まぬ興奮に襲われる。十数年前までやっていた戦争のお陰で、国内外の地理データは飛躍的に集まっていた。其の中には、遠く離れた異国の、世界最高峰を有する山脈のものも有る。
この世界の頂を、此の足で。其のためのチームに相応しい候補が、続々と育っている。これ程に嬉しい事は有るだろうか。
そうすると――。
(あのクライミング馬鹿共がいて、本当に良かった)
後ろでヘロヘロになる二人に、チェスターは感謝を送った。
「そうっ。いえばっ。さ」
ジェイムズが、デヴィッドに話しかける。走りながらじゃ、息も切れ切れだ。一息に質問も出来ない。
「今ッ。言うことかッ」
此方も絶え絶えに、デヴィッドが返す。出来れば、帰ってからにしてもらいたい。そんな思いで見返すが。
ジェイムズは一度大きく息を吸って。
「続けるのかっ?クライミングっ」
落ち着けた呼吸で、そう聞いた。
驚いた表情で、デヴィッドはジェイムズの目を見る。真っ直ぐな目。そう言えば、察しは悪いやつじゃあ無かったな。そんなふうに思い返して、口を開く。返答は決まっていた。悩むことも無かった。
「そりゃあッ。魚を水から出したら、死んじまうッ!」
その返答を聞いて。ジェイムズは満足そうに顔を綻ばせる。
「やばい!降ってきやがった」
チェスターが悲鳴を上げる。雨粒は大きい。雷鳴も聞こえる。
先ずは、早く此処を抜けなければ。革のブーツで地面を強く蹴って。男達は前へ走り続けた。
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