011 煮詰まったスープ
夜。聞こえる、虫のこえと、風の音。登攀のために揃えた一通りは、瞬く間に建てられたテントの中に仕舞われた。
男達は、引っ張り出した幾つかのコッヘルに水を注いで。ストーブに乗せて火を付ける。飯炊きの準備である。
「ああ、これだこれ」
そんな事を言いながら、チェスターは豆の缶詰と、乾燥麦を取り出して、コッヘルに突っ込んでいく。飯の煮炊きなんて誰に習った訳では無いから、所以大雑把なものになるのは仕方無いだろう。それでも、コンソメ顆粒を加えてやれば、
「「おおっ」」
声が上がる。穏やかな風が、腹を空かせた男達の鼻腔に、スープの匂いを届ける。全く偉大なものを発明してくれた、と一人は思った。幾つもの素材から抽出されたコンソメの旨味は、食欲を否応なしに増進させる。
そして、本日の主食となる、パンを取り出す。日をかけて乾燥させた其れは、そのまま食べるには硬すぎるだろう。しかしながら、スープを吸わせても存在感を失わない食感と小麦の香りで、食べるもの達を必ず満足させてくれよう。
「そろそろ大丈夫じゃないか」
ジェイムズが言う。未だ一度火の通ってる豆は兎も角、麦は時間がかかる。分かっているだろうに、
「未だだろう。パンでも齧って待っておけ」
デヴィッドは言う。冗談で在ったのだが、ジェイムズは大人しく従ってパンを齧り始めた。案の定、噛み切れなくて苦労している。まあ、元は学舎近くのパン工房で買ったものだ。
漸く噛み千切れて、ジェイムズは咀嚼を始める。頬を膨らませて噛み続ける様子は、まるで小動物か何かの様で。
「デヴィッド、いいか」
ジェイムズが飯に目が眩んでいる隙にと、チェスターが話しかける。デヴィッドは、其の内容に見当が付いて、了承し、少し席を離れる。
「お前、もう
チェスターの問いに、デヴィッドは口を開く。其れに気が付くのも、聞いてくるのも、チェスターらしいな、と思いながら。
「全く辞めるワケじゃないよ。趣味の範疇ではこれからもやる。別に珍しい話じゃあ無いだろう」
そう。デヴィッドはクライミングを辞める気でいた。原因は、学士となったその先の進路である。工学を専攻するデヴィッドは、その能力を買われて、機械メーカに声を掛けられた。卒業後は、其処に務める事を決めていたのであった。
「じゃあさ」
勿体つけたようなチェスター。そして、
「――何で、
「……」
チェスターが此方を見る。ああ、良い眼だ。未練が有るんじゃないかと、そう言いたいんだ。俺が
流石、俺達のリーダーだ。そう思いつつ、デヴィッドは返す。
「登れれば満足する。無理だったら、其れまでだったと諦めが付く。其れだけだよ」
「でも――」
チェスターが何か言おうとしたが、中断させられた。――ジェイムズが、此方を見ていた。
「二人共。もう、食べられるよ」
ジェイムズが言った。
ああ。見れば、スープの麦も丁度いい頃合いだ。旨そうな匂いが立ち込める中、飢えた奴らをこれ以上待たせる訳にはいかないだろう。
「本当だ。もう、行くよ」
そう言って、デヴィッドは立ち上がる。そして、歩き出す間際。
「デヴィッド。お前の事に、俺がこれ以上兎や角言ってもしょうが無いだろうけどさ」
チェスターが口を開いて。
「頼むから。自分が、納得しない結果にはしないでくれよ」
そう懇願するチェスターに、
「ああ。分かった」
デヴィッドはそう返した。
飯も食べて、談笑も終えて。皆満足したし、何より時間がもう時間だった。テントは二つ。最高学年と、後輩たちに別れてテントに入る。シュラフも引き終えた。寝る時は寝る。其れが山に関わる人間の鉄則である。
だから、寝に入る時に交わす言葉も、多愛も無いもののつもりで
「明日あれを登るのは、厳しそうだな」
デヴィッドは、そう言った。深い意味は無かった。けれど――
「厳しい。あれが?」
ジェイムズの返答は厳しいものだった。決して馬鹿にしている訳では無いだろう。こいつはそういう男じゃないと、デヴィッドは思う。けれど、隣で背を向けている親友の真意は読めない。此方の困惑を他所に、ジェイムズは言葉を続ける。
「忘れないでくれよ、デヴィッド。自分は二番目だと言うなら、確かにそうだろう。だけど――」
ジェイムズは少し息継ぎをして、すぐに。
「――世界で、二番目だ。間違えるなよ」
それに、返す者はいない
外を明るく照らす月には、綺麗な
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