第9話

太陽も沈み夕暮れから夜の時間に入るころレイとケイは街を徘徊していた。


「毎日、目的もなく歩いてるみたいだけど、いつもこうなの?」


ケイのやや後ろを歩くレイはたずねた。


「……」


ケイは答えなかった。


ケイは日頃から無口で必要なこと以外は話さない。


くだらない冗談や世間話など一切ない。


レイもあえてそれに合わせていた。


ケイが一切の感情を持たないと聞かされていたからだ。


「少し走るぞ」


ケイが走り出す。


「ちょ、なに!」


遅れてレイも後を追う。


4つほど角を曲がった所でケイが足を止めた。


体力には自信があるレイだがケイの後を追うのはさすがに息切れがする。


「何なの! いきなり……」


いつの間にかケイの右手に銃が握られている。


『敵!』


それに気付きレイも胸のホルスターから銃を抜く。


路地の前後を確認するが人影は無かった。


天死が現れる時の黒い塊も見当たらない。


路地に人が隠れるような場所は見当たらない。


「姿を消しても無駄だ」


ケイが誰もいない路地に向かい引き金を引く。


何も無い空間で弾丸は金属がぶつかる音がして弾かれた。


「俺の目は熱を感知する。姿は消えていてもお前の輪郭は見えているぞ」


ケイのレベル1から3の能力は次の通りだ。


レベル1 結界

レベル2 身体能力向上

レベル3 視力強化


視力強化は動体視力向上に暗視、熱感知が追加される。


「熱とは。これは注意不足だったようだ」


まるで蜃気楼から現れたかのようにグレースーツ姿の男が現れた。右手に黒いカバンを持っている。


見た目は普通の会社員のようだ。


「何者?」


レイの質問にケイが答える。


「ヨハネだ」


「え?」


レイはヨハネを小説にでも出てくる邪教集団のように考えていた、フードで顔を隠しローブを纏うアレだ。


「奴らは普段は一般人と同じ生活をしている。普通に家庭を持ち会社で働く。オカルト集団でもなんでもない。どちらかと言えばテロリストの方が近い」


普段は一般人として生活していてもいざとなれば牙をむく。


一番厄介な犯罪者だ。


「2日前からつけていたな」


「やはり気づいてましたか、エージェントにしては隙だらけだと思ってましたよ」


2日前といえば2人が街を徘徊し始めた頃だ。


「もっと早く仕掛けてくると思ったがな」


ケイは尾行されていることを知ってわざと街をあてもなく歩き回りヨハネが仕掛けてくるのを待っていた。


「わざと隙を見せているだろうとは思ってましたから……」


自分の知らないところでケイはヨハネとの心理戦をしていたとレイはようやく気づいた。


「そちらの女性を渡してもらえませんかね」


「こいつか? 欲しけりゃ奪ってみな」


ケイの両手に銃が現れていた。


「人間てのは戦いやすい。弾が当たれば死ぬ。天死は追い返す事はできても殺せないからな」


元警官のレイからすればいくら凶悪犯でも基本的に逮捕が優先される。


日本では最初から射殺を前提にした犯人との対峙はありえない。


結果として射殺で解決した事件はあるがその権限は限られた部署の者達だけだ。


「いきなり撃つから、ほらカバンに傷がついたじゃないですか」


男が持つカバンには先ほど弾丸を防いだ時にできたであろう傷がついていた。


「その為のカバンじゃないのか? 弾丸を弾くカバンなんて普通は売ってないぞ」


ケイには珍しい軽口だ。


「さっさと始末したいところだが、丁度いい動けなくしてヨハネの情報を手に入れるとしよう」


ケイが男に向かい走りだした。


本来、銃は距離をとることに優位性がある。


相手の間合いの外から攻撃できる、これは戦いをする上で大きなアドバンテージになる。


そのアドバンテージを捨てるかのようにケイは男に近づいた。


銃は使わずに右足で蹴りを入れる。


男は一歩下がってそれを軽く避ける。


避けた男に向かいケイは銃を撃つ。


右手のカバンでそれを防いだ男の左手には長さ10センチ程のナイフが握られていた。


それをケイに向かい投げつける。


体をひねってケイが避ける。


再び男の手にはナイフが握られている。


お互いの手足が届く距離で銃とナイフが交差するがどちらの攻撃も当たらない。


「なかなかですね。さすが日本のNo1エージェントだけはある」


「あんたもな。と言いたいところだが……」


突然、男の左脚から血が噴き出した。


「何! どこから!」


右脚からも血が噴き出す。


男はバランスを崩してその場に膝をついた。


ケイは男の額に銃を当てた。


「残念だがそんな動きで俺の弾丸は避けられない」


男は額に汗を流して唸るようにケイを見ている。


「確かに避けたはずだ。どうして……」


ケイが男の額に当てていた銃を上に向け引き金を引いた。


男の左腕に激痛が走る。


「残念だが俺の銃から出た弾丸は俺の意思で曲げる事ができる」


「な、なに……」


「いい気になって弾丸を避けてるから気づかない。もっと周りに注意すべきだったな」


男の顔が怒りと屈辱で歪む。


「く、くそっ。少々甘く見てたのは認めよう」


男の雰囲気が変わった事に気づきケイは後ろへ跳んだ。


「だが、これで勝ったと思うなよ」


まるで操り人形が立ち上がるかのように男が起き上がった。


「両足を打ち抜かれているのにどうして!」


レイから見ても立ち上がれるような傷ではないはずだった。


「こいつ、聖痕者か」


男の背後に黒い塊が現れる。


「どういうこと?」


「自分を生け贄にして天死を呼び出したようだ」


黒い塊から銀色の鎧を着た人影が現れる。


右手に同じく銀色の剣を握っている。


「デュナミスか」


ケイが銃を構える。


「デュナミス? あれも天死なの?」


「ああ、お前に聖痕を刻んだやつの上位天使だ」


銀色の天死が剣を突き出し男を貫いていた。


男の胸から銀色の剣が生えているように見える。


デュナミスが貫いた剣で男を起こしたのだ。


「ひひひ、俺は先に逝く。せいぜいその女がこいつに殺されないよう頑張ることだな」


男の胸に刺さった剣から銀色の何かが男の体全体に広がっていく。


やがて全身が銀色のマネキンのような姿に変わった。


剣が抜かれると男だったソレは両手をだらりと下にさげやや猫背で立っている。


「なんだ連れ去るのは止めたのか」


「何? どうなったの?」


「使徒だ。ああやって天死は人間を自分の兵隊にできる」


マネキンが膝を曲げ力を込める。


「おい、こっからはお前の世話をしてる余裕は無い、自分の身は自分で守れ」


レイの手に汗がにじむ。


あの蟻の時とは違う。


マネキンが跳躍した。


ケイが銃でそれを撃つが弾丸は弾かれずにその体に飲み込まれていく。


「完全にエネルギー化したか」


マネキンはケイが立っていた位置に着地した。


ケイが前に出た為、レイの前にマネキン、その奥にケイ、その奥にデュナミスといった並び順になる。


レイは教わった方法で結界を張る。


結界といっても自分の体をピッタリ包むように薄い膜があるようなものだ。


だがこれで精神的な攻撃はある程度防げるし多少ではあるが物理的な攻撃を弱めてくれる。


ケイの銃が効かなかったことからレイのもつ小型の銃は役にたたないことは確実だった。


レイは右手の銃をマネキンに向けたまま左手でズボンのポケットに入っているスマホに触れた。


応援要請の緊急ボタン。


スマホ画面のわかりやすい位置にそれは置いてある。


画面を見なくとも何度か付近をタッチしていれば反応するだろう。


後は応援が間に合うかどうかだ。


マネキンが銀色の窪んだ眼でレイを見つめていた。

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