第7話

3日後、麗華は悩んだすえに遠山へ連絡をとった。


選んだのはもちろん13機関の一員になる方だった。


最初から道は一本しかなかった。


一生、閉じ込められて過ごすなどまっぴらだった。



遠山と待ち合わせしたのは意外な場所だった。



東京スカイツリー。



その展望台だ。


少し時間に遅れて遠山は現れた。


「すまない。少しバタバタして遅れた」


「事件ですか?」


警官らしい質問だ。


「え、あ、いや、事件じゃあないんだが……」


「そうですか」


「しかし、返事が早くて助かったよ。あまり遅いと管理部がうるさくて」


どういう意味かと聞き返した。


「管理部とは?」


「ああ、会社でいう総務部みたいなところだ。いやね、君の護衛にかかる経費がどうとかうるさくって」


「はぁ? お金の話しですか!」


驚いた。


世界を守る組織が運営費用で小言を言われるとは。


「確かに予算が無尽蔵にあるわけじゃないし、一応は給料も出さないといけないからね。特に最近はものいりでね」


「予想外です。国家予算並みに資金があるのかと思ってました」


「昔はね。それこそ国からお金をもらってたから気にしないでいたらしけど、今は機関のグループ会社が稼いでいるのが現状だよ」


「待ってください。機関は国にも隠されているんですか」


「今の総理は知らないはずだし、大臣もほとんどが知らないかな」


まさしく影の組織ではないか。


「まぁ、日本の場合、おさえる場所はそこじゃないから」


「どういう意味ですか」


「選挙などという、感情に左右される仕組みで選ばれた政治家に機関の存在を教えられるわけがない。真にこの国を納めているのはその手足だよ」


確かに政治家になるには選挙で選ばれる必要がある。


日本は地元意識が強い。


たとえ他の地域では何故あの人がという政治家が当選することも多い。


世話になったからなどという、今ではなく過去を選ぶ土台にしている場合や、親の政治家が優秀だったからその子供ならといった根拠のない選び方すらされる。


「国を動かしているのは各省庁の職員だよ。国の予算を含め実際に日本を支えているのは彼ら実力で今の仕事をしている連中さ。そこに機関のメンバーを入りこませば、後はどうとでもなる。それ以外にも主要な産業企業の役員とかね」


的を獲てはいるがあきれた話だ。


警官の時に政治家のバカさ加減に頭を悩ませたこともある麗華には納得できる話だ。


「なんでこんな話になったんだっけ?」


「いや、私の護衛費用がどうとかで」


「ああ、そうだった。とりあえず君が決めてくれたおかげで余分な費用がかからずに管理部からの小言も無くなるってことだ」


「それで私はこれからどうすればいいんですか」


「まずはあの部屋を出て機関が管理するマンションへ移ってもらう。そこは対天死用に作られているし他のエージェントもいるから安全だ」


「どうして最初からそこに私を連れていかなかったんです?」


「機関のマンションじゃ、隔離されてるのと同じに感じられると思ってね。君が落ち着いて考えられる環境がまずは先だった」


落ち着いてとは言われても簡単に落ち着くなどできはしなかった。


麗華はそこで気になっていた事を切り出した。


「何故ここで待ち合わせしたのですか? 警視庁の方が……」


「このスカイツリーを建てるのにいくらかかったか知ってるかい」


何故その話がと思いながらも


「いいえ」


と答えた。


何百億なのは確かだが結局いくらかかったかまでは知らなかった。


「建設費で約400億、総事業費で約600億だ」


「そうぞうつかない額ですね」


「確かに。だが実際には後500億ほど追加でかかっている」


総額で1100億がこのスカイツリーに使われた計算だ。


「この500億が表にでることはない」


「まさか、機関が……」


つまりこのスカイツリーも警視庁のビル同様、機関の施設という事だ。


「ヨハネの動きが活発になり、次の標的が日本とわかった時点で我々もそれなりの準備をしなければならなかった」


「やはり地下に……」


「その通り、じゃあ行こうか。13機関日本支部の中心へ」




地下に向かうエレベーター内で麗華は遠山にたずねた。


「実際、日本にはこんな建物がどのくらいあるんですか?」


「政令指定都市には全てで、こんな設備じゃないが、一応は県に1つは何らかの拠点がある。」


「エージェントも同じように?」


「いや、エージェント2は今の日本には18人しかいない。さすがに全ての県には配置できない」


「つまり、18人で天死やヨハネとかいう組織と直接戦っているわけですね」


少ないと思う。


職員的な人は、はるかに多いだろうが、実際に戦闘をする人数が圧倒的に少なすぎる。


「心配かな。そんな人数で天死と戦うことが」


「心配というより不安です。本当に勝てるのか……」


「勝つか……、実際には天死と戦うよりもヨハネの行動抑制の方が主な任務だから毎日戦闘をしているわけではない。それに天死が大量に現れるとしたらもう少し先の話だ」


「大量にですか」


「ああ、ヨハネの高位天死降臨に向けての準備が進むほど天死のこちらへの干渉が大きくなってくる。今は1体の天死が通れるほどの召喚陣しか組まれていないが、これが大規模な召喚陣を組まれると複数の天死が一度に具現化されてしまう」


そこでエレベーターが到着し扉が開く。


まだ聞きたい事もあったが麗華は黙った。


目の前に透明なガラス製に見える扉がある。


扉の右側壁に四角い金属プレートがはめ込まれている。


麗華の胸の高さ暗いの位置だ。


エレベータに付いていたあのプレートに似ている。


「このプレートにスマホをかざしてから手のひらをあてる。それでゲートが開くようになっている。入れない場所ではスマホをかざした時点でプレートが赤くなって教えてくれる。一応、設備によってはセキュリティが厳しい場所もあるからね」


遠山がスマホをかざすとプレートが緑に光る、そして手のひらをあてる。


扉が左右に開いた。


「ここのフロアは事務的な仕事用だ、上からのエレベーターはここにつながっているが、ここから下は別のエレベーターを使う」


通路の途中に2基のエレベーターが見える。


「便宜上、ここをN1と呼んでいる。N1には訓練施設と簡易の事務部、N2にコントロールルーム、N3に医療施設と簡易居住スペース、最後のN4はサーバールームだ」


それ以外にも倉庫や食堂など生活に必要な施設は用意されているらしい。


「さて、今後君が一番使う部屋に案内しよう」


エレベーターを通り過ぎ2つ目の右の扉に入る。


扉には、2番のプレートがはめられていた。


すでに部屋の中に人が居た。


椅子に座っているのが2人、右の壁に寄りかかっている獅子神が目に入った。


麗華は黙って獅子神の前に立つと


「2度も命を救ってもらったそうで、そのお礼は言うわ。ありがとう。だけど勝手に人の記憶を消したことについては納得できませんから」


そう言うと振り返り遠山を見た。


「彼がどんなに優秀かは知りませんが、私は彼のようなやり方は承諾できません。今後も納得できない事には、はっきり意見を言わせていただきます」


突然の行動に他の3人はしばらく呆然としていた。


「ははははっ!」


椅子に座っている若い男が笑い出した。


同じく椅子に座っている若い女の子は手をパチパチと叩き


「ケイに面と向かって文句言うなんてすごいーっ!」


「ほんまや! 遠山はん、えらい女連れてきたもんやなぁ」


当の獅子神は何事も無かったかのように無表情だ。


「ま、まぁ、座りたまえ」


遠山も少なからず動揺しているようた。


麗華は頭を下げると


「立花麗華です。よろしくお願いします」


と挨拶をした。


「レイカ……じゃあ、レイちゃんね!」


女の子は楽しそうに言った。


「レイちゃん! 私はそんな風に呼ばれる年齢じゃ」


「歳なんか関係あらへん、仲間同士なんや、気楽にいこうや。なあ、レイちゃん!」


最後のレイちゃんがわざとらしい。


「しかし……」


麗華は遠山を見る。


視線を感じた遠山は輪に加わらないように視線を外した。


「くだらぬ話をしていないで仕事の話をしろ」


獅子神が言う。


「ちぇ! つまんないぞぉ、ケイはぁ」


「ほんま愛想の無いやっちゃ」


「そうだな。そうしよう」


遠山が上座のソファーに腰をおろす。


麗華はその向に座った。

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