第5話

「俺は抜けるぞ」


獅子神はそう言うと部屋を出ていった。


彼にも直接聞きたい事もあったが引き留めるタイミングを失った。


「どこから話すべきか……」


遠山が迷っているので麗華から話の切り口を提案する。


警察で聞き込みをする時のテクニックの1つだ。


「あの蟻は何ですか?」


遠山は一瞬質問の意味がわからなかったようだ。


「蟻? あっ、そうか君を襲った使徒のことか」


「使徒?」


「奴等の使いっぱしりみたいなもんだ。聖痕スティグマが刻まれた者を襲い生け贄とする」


「聖痕とはなんですか」


「奴等が生け贄に刻む目印の事だ。聖痕を捺された生け贄の血で聖杯を満たす事が奴等の第一の目的だ」


すでに意味のわからない言葉がいくつもでている。


使徒。

聖痕。

生け贄。

聖杯。

そして奴等とは。


「君は終末論をしっているか?」


「世界滅亡ってあれですか?」


「その終末論は、世界中のどの宗教でも語られている。不思議じゃないか? 崇める対象はそれぞれ違うのに人類が滅亡する事に関してはどの宗教でも同じなんて、まるで決定事項のように。


それ以外にも人類滅亡は予言と呼ばれていくつかの書物に記録されている。


なぜこれほど終末論が語られるのか。


実は簡単で、意図的に人類は滅亡するものだと奴等に導かれているからだ。


実際、人類はこの終末論で語られる滅亡の危機に何度も直面している。


何千年も前から人類は滅亡の危機に立ち向かってきた。


その戦いの中心が我々の組織、13機関だ。


1年は12カ月、1日は24時間それを午前と午後に分け12時間とする。このように人の生活は12という数字の中で流れていく。


その流れの外にいるのが13の数字を持つ我々の由来らしい。


まぁ、いまさら組織の名前などさして意味をなさない。


では13機関は何の組織なのかについてだが


我々は天死と戦い、人類を滅亡から守り続ける事を紀元前から繰り返してきた組織だ。


あ、今、テンシと聞いて、天の使いって字を考えたと思うが、僕らは、天の死と書いて天死と呼ぶ。」


さすがに話がとびすぎている。


「待ってください。じゃあ、あなた達はその天死とやらと戦い人類を滅亡から守っているという事ですか」


「そのとおり、僕が直接戦ってるわけじゃないが、一応は組織の一員として働いている。戦っているのは獅子神たちレベル2以上のエージェントになる」


「エージェント?」


「その話しは少し後にしよう。その前に天死の話を聞いてもらった方が話が理解しやすい。


そもそも君が考えた天使と、我々が戦う天死は同じものをさす。


死んだ善良な人々を天国に導く神の使いってやつだ。


まぁ、実際には自分で殺しておいて天国に導くんだがね。


じゃあ、天死が実在するなら悪魔はどうか、悪事を働くのは悪魔ではないのか? そう考えないかい?


確かに悪魔も実在する。


しかし、悪魔が悪事を働く悪という考え方が、すでに天死たちの影響力の大きさを物語っている


悪魔とはかつて神に逆らった天死が堕ちた姿の事だ。


つまり、天死も悪魔も元は同じ神の使いだ。


まぁ、自分たちに逆らったものを悪としたい気持ちもわからないでもないがね。


では何故彼らは神に逆らったのか。


それは、神が人類を滅ぼすと決めたからだ。


当時、天死の中でも巨大な力をもっていた彼は人類を神の裁きから守るため反乱を起こした。


そして敗北した、そして地獄と呼んでいる結界の中に閉じ込められた。


だが、これにより天界は直接人類の住む世界に手が出せなくなった。


悪魔として天界を追放した彼らを天界に再び進入させない為、自らも結界を張ったからだ。


地獄を形成している結界と天界を守る結界は繋がっているらしく片方のみ残してってことはできないらしい。


そこで天死は人類側から天界への扉を開かせる事にした。トンネルみたいなものと考えればいい。


その扉を使い天界とこの世界をつなぎ人類滅亡の為に進行しようと考えたんだ。


そうなると人類側に扉を開かせる兵隊とその媒体が必要になる。


天死は、宗教というものを広め、その中で終末論をすりこんだ。


終末論をすりこまれた人類の中に滅亡こそ導きと考える者が現れる。


それが兵隊だ。


次に媒体だが、扉を開くには膨大なエネルギーが必要になる。


これを人の魂から集める事にした。


聖杯と呼ばれる天死によって造られた器だ。


これに人の魂を注ぐ、聖杯が満たされるまで人の魂を生け贄から集めるんだ


「つまり、私はその生け贄に……」


「すまない、昨日の時点で君にはすでに聖痕が捺されていたのに、記憶を消しただけで君を帰してしまった。急な作業でバタバタしていたのは言い訳にしかならない。獅子神から聞き急いで君の保護を命じたわけだ」


「正直、信じられません。ただ、遠山さんの話す事を全て否定する気にもなれません、実際、あの蟻を見た以上は……」


「今、この日本で扉を開こうとする組織がいる。我々がヨハネと呼んでいる組織だ。奴等は聖杯を手に入れ生け贄を集める為に日本中で召還陣を使い。使徒や下級天死を呼び出している。」


「召還陣?」


「天界とこの世界をつなぐ簡易的な扉だ。この扉は小さいため人類を滅ぼすほど力を持った天死はまだ通り抜けできない。」


「つまり、小さい穴を開けて、大きな穴を開ける準備をしているわけですか」


「その通り。エージェントの仕事にはその召還陣を塞ぐことも含まれる。話を戻そう。聖痕の話しだ。」


「私に聖痕が付けられたという事ですが、それは……」


遠山は自分の首右側を指で指した。


「君のここに聖痕が刻まれている。今はまだ目で見る事はできないが、エージェントには判る。最初に君が出会ったのが天死だったのだろう、それによって付けられたんだ」


獅子神が顎に手をかけ上を見させた意味が理解できた。


自分の手で首を撫でる。


「残念だがこれを消すことは我々でもできない」


「私はどうなるんですか?」


麗華は既にこれまで話が事実だと受け入れていた。


警官として働いた数年で嘘を言っているかどうか感じられるようになってきた。


信じられない話を聞いたとして嘘を言っているかいないかは判断できる能力が自然と身に付いた。


遠山が話してきたことは麗華がいくら否定したとしても事実なのだ。


それを含めて自分がどうなるか聞かなければならない。


「その聖痕は進行する。まだ見えないが進行レベルによってはっきり見えるようになってくる。進行レベルには4段階ある。君は今レベル1の状態と考えてほしい。レベル2になると幻覚が見えるようになり、時々意識が無くなる。意識の無い間は別の人格が君に現れる。ほとんどは理性の効かない獣のような状態、人格と呼べるかどうか怪しい状態だ。」


麗華は想像をしただけで額に汗が噴き出す。


おそらく薬物に手を出した者の禁断症状に似ているのではないかと考えた。


何度か見たことがあるが、正直手が付けられないほど狂暴になる場合もあった。


「そしてレベル3になると真逆だ。全ての感情を失ったかのように無反応になる。髪が白髪となるのが特徴だ。そして最終段階のレベル4。外見はレベル3とかわらない、だがこのレベルの聖痕者は非常に危険だ」


「危険?」


「ああ、このレベル4の聖痕者こそが天使を具現化できる媒体なんだ。つまり、レベル4の聖痕者の体に高レベルの天死が降りてくる」


「もしかすると聖杯とレベル4の聖痕者を揃えることが彼らの目的では」


「その通りだ、ただ先ほども言った通り、聖痕を押された者は生け贄として殺される。その襲撃から生き残れる人間でないとレベル4になることは無い」


「そんな人間がいるんですか?」


「ああ、その為の宗教だ。天死は宗教を使って人間の中でも霊力の高い者を選別している。つまり低級の天死ならば撃退できる力を持つ存在を育てているのさ。そして、そんな人間の集団が先ほど言ったヨハネだ。ヨハネは聖杯を満たす為の生け贄を増やし、高位の天使を降臨させる人間を育てている組織。聖痕とはそういうものだ。そこで君についてだ」


「わたしはこれからあの蟻みたいな使徒と呼ばれる者に狙われるんですね」


「使徒だけでは無い。場合によっては低級天使、先ほど話したヨハネからも狙われることになる」


麗華は苦笑いをした。


「通常、我々が聖痕者を発見した場合、監視施設に隔離することにしている。すまない、監視などとは言っているが牢獄となんら変わりは無い。なぜなら、そこに入った者は二度と出てはこれないからだ。その生を全うするまでその施設で生活してもらうことになる。もちろん隔離だ、外部との接触、連絡はすべてできなくなる」


遠山の言った普通の生活には戻れない意味が理解できた。


「私もその施設に送られるんですね」


「ああ、本来ならね」


遠山は体を前にグッと乗り出してきた。


「獅子神は非常に優秀なエージェントだ。だが、その彼が君の聖痕を見逃した。それは君が非常に高い霊力を持っていたからだ。最初はエージェントと間違えたくらいだ。それがオブラートのように君を包んでいたために彼は聖痕を見逃したんだ。素人とはいえそこまでの霊力を持つ君が聖痕を押されているとは彼も思わなかったらしい」


遠山は立ち上がると大きな机の上に置いてあった表紙が黒いファイルを手に取った。


ソファーに戻るとそれを開く。


「そして、君の記憶を消した施設で測定した君の精神レベルは我々エージェントのレベル2相当に値する。まったく驚く数値だよ、僕の数値をなんら訓練もしていない君が抜いているんだからね。肉体的数値からも問題は無い。後、君の経歴を加味すると……」


遠山はファイルをパタンと閉じた。


「どうだ、我々と一緒に働く気は無いか」


「はぁ?」


思わぬ提案に麗華はそう返すしかなかった。

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