三
「得体の知れない渡世人、だと?」
痩躯総髪の男は、勘兵衛の言葉にぴくりと眉を跳ね上げた。
壁に背を預け、朱鞘の長刀を大切に抱くように座っている。
「ああ。あんたよりは少し若いか。変な技を使いやがる。素手で、四人をあっという間だ」
「素手を切り倒しても、この
剣士--赤岩康之介は目を細め、七寸杯の酒を一気に干した。
「頼むぜ、先生」
勘兵衛は、笑いながら軽く頭を下げる。
傷の浅い手下たちも、その後ろで平伏する。
赤岩康之介は、用心棒だ。
他の手下どもとは違って勘兵衛同様武家の出。しかも、勘定方の役人だった勘兵衛とは異なり剣の腕を磨いてきた男だ。
世が治まり、戦国が遠くなれば「侍の本道」と懸命に武技を磨いても、それが役立つ機会どころか、名を上げる機会そのものが既にない。
舟島での二天一流宮本武蔵と巌流佐々木小次郎の決闘。荒木又右衛門が名を馳せた鍵屋の辻の仇討ち。いずれも十年以上も昔の話だ。
各藩の剣術指南役というごく限られた枠は既に埋め尽くされている。浪人として町道場を開くにも、剣に値打ちがないから門弟も集まらない。こちらで食えるのは、ごくひと握りだ。
だから身を持ち崩し、あるいは罪を犯した末に、腕を売る者を見つけるのはさほど難しくはない。
康之介も、勘兵衛がこの町に流れてくる途中で声をかけ、客分として迎え入れた男だった。
むしろ康之介という凶器を手に入れたからこそ、手頃な土地を乗っ取ろうと思い立ったと言ってよい。ただ、これまでは奥の手を使うほどの揉め事はなかった。
「……いずれにせよ、動くのは明日だ。今は酒が入っているからな。久々に本気で戦うのだ。感触は、素面で楽しまねばな」
「頼んますよ。あいつは、強え」
痛む痣を擦る
手には、鞘ぐるみの長刀。
「あ、いや、その……別に先生の実力を疑ってるって訳じゃ……」
怯えながら後ずさる破落戸を無視して、康之介は座敷の中央に置かれた火鉢の前に立つ。
煮え立った鉄瓶が、チンチンと音を立てながら湯気を噴いている。
親指で鍔を押して鯉口を切り、そのまま一気に抜刀。
「ふんっ!」
気合いと共に刀を振り下ろす。
ジュオオオゥッ!
爆ぜる音と同時に、白い湯気が周囲を満たした。
肉厚の鉄瓶が両断されたのだ。
それでいて、火鉢の方には傷ひとつもついていない。
「俺の
康之介は、薄い
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