第4話 紗由の過去
今からちょうど二年前の話。
名探偵くんが2038年から活動を始めたことは、歩美ちゃんも知っているでしょ?なんでこんなに話題になったか知ってる?
2020年代後半からその年まで、探偵のいない時代だったの。
2025年に、連続空き巣強盗事件が起こったんだ。狙われたのは、自動防衛システムを取り付けていない家ばかり。誰も食い止められなかったから、20件以上が連続して襲われた。その事件がおきて、全国の探偵が解決を試みたんだけど、誰も解決することができなかったの。
そのせいで、人々の探偵への信頼は失われて、探偵は次々と辞めていった。「探偵」という職業が消えてしまったの。
そんな中、私は小さい頃から、推理ものが好きだったの。よく学校に、推理小説とか推理ゲームとかを持ってきて、友達に見せてたんだ。
「紗由ちゃん、今日は何持ってきたの?」
「今日はね…シャーロック・ホームズの本持ってきたよ」
「わぁっ!私にも見せて!…でも、今時紙の本なんて珍しいね」
「…
ただ、時代の影響もあって、こんな風に私の話すことに興味を持ってくれたのは、茜ちゃんただ一人だった。
ある日、将来の夢について作文を書いた時があって…もちろん、探偵のことについて書いたんだけど。その作文を提出した二日後くらいに先生に呼び出された。そこで言われたのは、
「もう少し現実を見なさい」
っていう言葉だった。先生はきっと、私の将来のことを思って言ってくれたんだと思うけど、そのときの私は、先生の意図を汲み取ることができなかった。
「…どういうことですか?」
「今の時代には、探偵はいないのよ。探偵になったところで非難されるだけよ」
もちろん、私はカチンときて先生に大声で言った。
「…います…探偵はいるんです!!」
先生にそんな風に探偵について言われてすごく悔しかった私は、すぐに教室をとび出した。
「紗由ちゃん、待って!」
茜ちゃんは呼び止めようとして、追いかけてきた。私は屋上についてから、はあはあと息をきらしている茜ちゃんにたずねたんだ。
「…茜ちゃん…探偵、いるよね…?」
茜ちゃんはゆっくり微笑んでうなずいてくれた。
「うん。きっといるよ。私は信じるよ、紗由ちゃん」
「茜ちゃん…ありがとう…」
それでも、先生を見返したいと思った私は、探偵はいるという証拠が欲しくて、その日、空雲町中を歩き回って、探偵事務所を探したの。そうして見つけたのが、今、私の所属している川水探偵事務所。
中に入ってみると、パソコンのキーボードの上につっぷして寝ている女の人がいたんだ。
「…あの…」
「…んー…どなたー…?」
「…えっと…その…」
「…んぁ…?って、うわぁっ!びっくりした!お客さん!?」
その人はがばっと起きると、キーボードのあとがついた額を手で隠しながら、苦笑いをした。
「あはは…ごめんね、こんな状態で。えっと、お客さん?私に何か用?」
「…あの…探偵さん、ですよね?」
私がそう訊くと、その人はゆっくり首を横に振った。
「違うわよ。外に貼ってあったチラシ、見えなかった?」
「チラシ…?」
あわてて外に出てみると、チラシが一枚貼ってあって、そこには『探偵募集中!』と書いてあった。
「…あの、じゃあ、あなたは?」
「私はただの科学者で発明家。そんでもって、ここの所長」
「…じゃあ、なんで探偵事務所なんですか?研究所じゃなくて…?」
「私は何度も探偵になろうと思ったわ。でも、ムリだった。探偵になるには、毎年一回行われる探偵技能試験に合格して探偵ライセンスをとらなきゃいけないの。でも…合格点はとても高いし、問題は難しいしで、全く合格ラインには届かなかったわ」
なんで探偵のいない時代にそんなのあるんだろうと思ったけれど、それよりも私は探偵になるのがそんなに難しいということに衝撃を受けた。
「それに、何度も挑戦することもできないの。毎年合格点の難易度は上がってて、今年は9割合格だって言われてるわ…ま、それはいいとして、君は何の用だったの?」
「あの…私、将来の夢が探偵なんです。でも、今日、先生に探偵はもういないって言われて…それが悔しくて、探偵事務所を探していたら…ここにたどり着いたんです」
「そうなんだね。…期待に添えなくてごめんね」
私はその時、所長さんがちょっとしょんぼりしたように見えた。そんな顔をさせてしまったのが少し申し訳なくて、落ち込んでいると、私はある事を思いついた。
「…私、やります」
「え?何を?」
私が、探偵になればいいんだ。将来ではなく、すぐに。
「…私、探偵になって、ここの事務所で働きます」
「ちょっと待って。あなたまだ小学生よね?さっきも言った通り、試験は…」
「…大丈夫です。私は探偵はいないって言い切った先生を見返したいんです。…試験なんか…突破してみせる…っ!」
「…そう。頑張ってね。私も応援してる。合格したら、私の所で探偵になってくれるのを待ってるわ」
「…はいっ!」
私はそれから約三ヶ月間、みっちり勉強した。普段あまり勉強をしない私がこんなに勉強しているのを見て、お母さんは驚いていたけど。お母さんや家族のみんな、そして茜ちゃんは私を応援してくれた。
そして、試験当日。
私が試験会場に行って驚いたのは、私の受験番号が002番だったことと、試験会場に机が二つしかなかったことだった。不思議に思いながら自分の席に座ると、隣の席に座っていた男の人が声をかけてきた。
「初めまして。僕は
「…安条 紗由です…。よろしくお願いします…」
「へえ!キミ小学生?すごいね!」
「…あの、あなたはどうしてこの試験を受けようと思ったんですか?」
「ああ、僕はね。探偵がこの世に復活したらいいのにって思ったんだ。それに、一度この世から失われたものをもう一度よみがえらせるってすごい事だと思うんだよな」
「…そうなんですか…」
その時、私は、このようにまだ、探偵に興味を持っている人がいることを知って少し嬉しくなった。
「お互いがんばろうな」
「…はい!」
そして、一週間たったある朝。私は緑川さんが試験に落ちたことを知った。でも、私の結果は翌週にもその翌週にも通達されなかった。
そして一ヶ月たったある日の朝。
私の家のポストに探偵事務局からの封筒が入っていた。もしかしてと思った私は、すぐに川水探偵事務所へ行った。
「…所長さん…っ!」
「はいっ!!どちら様…って、キミか。久しぶりだね。試験はどうだったの?」
「えっと…今朝結果が返ってきて…」
「お、見せて見せて!」
私がおずおずと封筒を開けるのを、所長さんが横で興味津々に見ていた。中に入っていた紙は…合格通知だった。
『合格通知 安条 紗由殿
探偵技能試験合格おめでとうございます。
ここに探偵ライセンスを同封しています。
あなたのご活躍を期待しております。
探偵事務局』
「へえ、すごいじゃない!今年は特に難しかったって聞いたのに!」
「はいっ、ありがとうございます!それで…あの…」
「うん、いいよ」
所長さんはゆっくり微笑むと私の頭の上に手を置いた。
「ここで働くんでしょ?前に約束したもんね」
「…いいんですか?…本当に?」
所長さんはそのまま私の頭をなでた。
「当たり前じゃない。探偵になって、先生を見返すんじゃなかったの?」
私の目から思わず涙が出てきた。
「…ありがとう、ございますっ…!…でも…」
「でも?」
「…私が探偵だって、他の人に知られたくないんです…」
「なんで?」
「…あくまでも、探偵がいるってことを先生に証明したいだけで…私が探偵だってことは…」
「…ふぅん。そっか。だったら、私の新作使ってみる?」
所長さんは棚の上に置いてあったメガネを取り出した。
「じゃーん!これは外見を変えることのできるメガネ。発動はかけた時だけ。これで男の子の探偵にでも変身しちゃえば完ぺきでしょ!!」
「はあ…って男の子!?」
「うん。絶対にばれないようにするには、そうするのが一番いいのよ。それに、このメガネはまだまだ試作品で、かけた人の性別を入れ替えた姿にするくらいしかできないから…」
「…で、でも…っ!」
「まあ、ある程度の男の子口調ができないといろいろ大変だと思うけど。声に関しては変声機で変えられるし。どうするかは紗由次第。…どうするの?」
所長さんは少し困った顔をした。私は少し申し訳なくなった。
「…大丈夫です。私、やりますっ…!」
「…本当に?できるの?」
「…できます!メガネ、貸してくださいっ!」
私は所長さんの手からメガネを取ると、すぐにかけた。
「…大丈夫?」
所長さんは横から心配そうに私を見た。私は所長さんのほうを向いて、笑顔でVサインをした。
「…大丈夫。僕はこのままちゃんと探偵として頑張るよ。所長さんのためにも、探偵が消えたこの世界のためにも!」
なぜか、すらすらと男の子口調で話せてびっくりしたのはこっちだったけど。
こうして、この姿が生まれたの。最初のうちはあまりせいかも上がらなかったんだけど、一年ぐらいたったら、だんだん上手くいくようになったきた。『名探偵くん』っていう呼び名がついたのはその頃からなんだよ。
紗由はふうっと息をはいて、歩美のほうを見た。
「…これで終わり。話、聞いてくれてありがとう…歩美ちゃん…」
「うん…」
歩美は浮かない顔をして、紗由のいる部屋を出た。
(…まだ分からないことがいっぱい…。紗由は、まだ全部話してくれてない…)
そんな歩美の様子を所長さんは不安そうに見つめていた。
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